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吟遊のリンネ ~魔力ゼロのはぐれエルフっ娘が俺様天才魔導士に弟子入りしたら、勇者と魔王の戦う世界を変えることになった件~  作者: 七日


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追想・2


「このガイコツ野郎! 今は戦争中なんだぞ!! こんなガキ一匹にかまける余裕なんかねーんだよ!!」


 そのスケルトンは、魔王軍の前哨基地に配属された魔物だった。

 彼に連れられて基地に辿り着いたセロニアスは、到着早々イノシシの獣人に絡まれた。


「い……いいじゃねぇかよ~、俺ら見張り役なんて言ってほとんど戦うことねぇしさぁ~。見捨てて野垂れ死にされたら目覚めが悪いだろ? だってこんなちっせぇガキだぜ?」


「食料はどーすんだよ!! 配給だって遅れてんだぞ!! お前はアンデッドで自分は食わなくても平気だからって甘く見てんだよ!」


「ガキひとり分だぜ!? 食料ぐらいなんとかならぁ!」


「チッ……俺は知らねぇからな!! 面倒かけんじゃねーぞ!!」


 イノシシ獣人はそう吐き捨てると、怒気もあらわにふたりの前から去っていった。


「ったく……あいつよぉ、前線のしんどい戦いしてるところから送られてきたやつだから、気ィ立ってんだよ、気にすんじゃねーぞ、ガキ」


「…………せろにあす」


「は!?」


 スケルトンは、セロニアスがあまりに小さい声で自己紹介するので一度では聞き取れなかったらしい。耳朶のついていない空洞を傾け、訊ねる彼に、セロニアスはもう一度名前を告げる。


「おれ、セロニアス……!」


「セロニアス……? ああ、名前か~! まあ、人間の子どもなら名前ぐらいあるか……」


「そっちは……?」


 恐る恐る訊ねると、相手はそんな質問など想定外だったとでも言うようにぽかーんと下顎を落とした。


「いンや……俺、名前とかないんだわ。ほら、俺スケルトンだろ? 俺を造った死霊術師がいたんだけど、そいつ戦死しちまってるから元の死体の身元もわからねぇし……ここでだって『お前』とか『そこの』で通ってるしなぁ」


 彼は顎の骨を押し上げて、しみじみと思いにふけるように答えた。

 それが彼の癖なのか、彼の〝元〟となった死体の生前の人格のものなのかはわからない。

 だが、セロニアスはその仕草を食い入るように見つめていた。


「……じゃあ、おれ……あんたのこと、〝テオ〟って……呼んでいいか?」


「テオ?」


「おれの………死んだ父ちゃん」


 小さく沈んだ声でそう告げる。

 言われた方は、再び口を開けて、驚いたような顔をする。


「俺に……名前くれるのか? しかも、そんな大事な名前……」


「………〝テオ〟は、ちょっと父ちゃんに似てるから……」


 やや気おくれしながらも打ち明けたセロニアスの言葉に、その一体のおかしなスケルトンは面食らってから、やがて吹き出した。


「ぷぷっ……! そりゃあオメー、人間なんて皮と肉剥ぎとれば全員こんな顔よ! しかしまあ、オメーの親父の顔は知らねぇが、なかなか男前だったんじゃねぇか~?」


 そう言ってカタカタと全身の骨を震わし、笑うテオ。

 彼の飛ばした冗談に、セロニアスは笑顔を浮かべた。

 父親を失い、故郷を追われたセロニアスは、テオの導きのもと、魔王軍の基地で暮らすようになる。


 それから、百年以上が経過した――。


「オㇻぁッ、ガキィ!! そっち行ったぞ!!」


 イノシシ獣人、ウーゴがだんびらを振り回して怒鳴り散らすように指示をする。

 その視線の先では、黒い巨山と見まがう体躯を誇る、熊のような魔獣が咆哮を上げて疾駆する。その巨体の背には、何十本という矢が突き刺さり、四肢にも数えきれないほどの刀傷を負って絶え間なく出血している。だが、傷つくたびに怒りに燃える魔獣は、前方の敵めがけて牙を閃かせた。


「ああ、任せろ! ウーゴ!」


 そこにはセロニアスが剣を構えて立っていた。

 小さかった背は高くなり、幼かった相貌は精悍な顔立ちに成長した。魔王軍の基地でテオとともに過ごし、この地域の治安を守るために日々戦う年月が、彼を育てていった。

 眼前に迫る魔獣に、セロニアスの剣は唸りを上げて宙を切り裂く。

 血に狂える狂暴なふたつの眼光、その狭い眉間に刃が達し、骨を粉砕して内部を破壊する。

 断末魔の叫びすらあげる暇もなく、魔獣はセロニアスの前に屈し、果てていた。


「おお~! やったなぁセロニアス~! いやぁ~、立派になったもんだ!」


 ひと仕事やり終えたセロニアスのもとに、喜びの声をあげながらカタカタとテオも駆けつける。

 彼だけではない。今や基地じゅうの魔物が、セロニアスを誇りに思っていた。


「やっぱよぉ~、俺の弓矢がダメ押しだったっていうの? しかし親父たるもの、息子に美味しいところくれてやらにゃあなぁ!」


 などとテオが冗談を飛ばすと、セロニアスは笑い、周りの仲間も小ばかにしつつ一緒に笑う。


「ったく、調子乗りやがって。俺にとっちゃまだまだ役立たずのガキだ。正面に誘導できたから倒せたようなもんだろ! 昔から稽古のとき、お前の持ち味はそのバカみてーな怪力だってさんざん言ったろ! なのに最初は足狙いでいきやがって。最初から本気で迎え撃ちゃあいいものをよ!! おかげで余計な労力使っちまったぜ!!」


 だが、唯一不機嫌そうにウーゴがセロニアスを罵る。

 その手痛い指摘に、セロニアスは申し訳なさそうに眉を落とす。


「ごめん、ウーゴ。みんなで倒すのが大事だと思って、戦略を意識していたんだ」


「ケッ、綺麗ごと抜かしやがって」


「まあまあ、良いじゃねーか! 倒せたんだし! ウーゴよ、お前さんもそろそろそのトゲトゲを抜いてもいいんじゃねーか? そろそろもうイイ年だろ」


「うるっせえ、テオ!! テメェみたいなアンデッドは加齢なんか関係ねぇからって気安く言うんじゃねぇ!」


 まあまあと宥めつつ、テオがなれなれしく肩に腕をかけてくるので、威嚇するウーゴ。

 そんないつものやりとりを見て、誰もが笑った。


 この基地は大陸の果てで、前線とは程遠い僻地にあった。一応、小さいながらも北に繋がる人間側の補給地である農村があり、そこの見張りを務めるという役目はある。

 だが、セロニアスが来てから数十年、人間側の戦況は芳しくなく、村を頼りにしていた補給路を絶って戦地を後退したと噂になった。それからというもの、セロニアスたちは、村を監視するという役割を続けながら、その村に近づく魔獣などの脅威を排除し続けた。


 きっかけは、小さなことだった。


「……あ、あの村、こんな夜遅ぇのに灯りついてる。祭りでもあんのかなぁ」


 まだ幼いセロニアスを連れ、夜の見張りをやりながらテオは遠くの灯りを見つめた。


「……セロ坊、俺ぁ思うんだけどさ……この近くで死霊術師に生み出されたってことは、俺はあの村の出身なんじゃねぇかなぁ……」


「人間だった頃は覚えてないのか?」


「うんにゃ、全然。思い出すってーと、死霊術師にスケルトンとして呼び出されたときの、ぼーんやりとした灯りくらいかなぁ……そのせいかなぁ、俺、灯りって好きなんだよ。それ感じるのは、俺に意識があるってことだから」


 セロニアスは黙って続きを聞いた。


「動物や魔物は灯りなくても平気なやつ多いだろ。その点、人間は灯りに頼って暮らしてる。居場所がバレるってリスクもあるが、基本は生きていくには必要だろ? 太陽とか、蝋燭とか……そういう灯りを必要としてる連中を見ると、俺もやっぱ人間だったんだろーな、って、よく思うんだ」


「……人間のいる場所に行きたいのか? テオ」


「……うーん、わかんね。本当にあの村の出身だったかわからねぇし……でも、もしかしたら……家族とか、いたのかもなぁって……」


 家族。

 テオがその言葉を呟くと、基地の外壁にもたれていたセロニアスは振り返った。


「……………平和になったら、行こう! テオ! あの村に……!」


 テオは「へえっ?」と驚いたように聞き返した。

 セロニアスは、幼い瞳に決意を宿して彼を見上げた。


「俺の父ちゃんは……よく言ってた。平和になったら俺が受けてた差別もなくなるって。だから、きっと戦争が終わったらテオもあの村に行けるようになる! 魔物が敵じゃなくなれば、人間だって怖がらないはずだ。そうしたら、テオは家族を探せる」


「なはは……ほんとに、いたらな……」


「確かめよう! あの村じゃなくても、テオがどこから来たか、俺も知りたい!」


 意気込んでそう言う少年に、テオは困ったように頬骨を掻きつつ、言った。


「そうだなぁ……戦争が終わったら、か……考えたこともなかったが、いいかもなぁ。お前と一緒にあちこち旅をするのも、いいよなぁ、きっと……」


 そして、彼は光の宿らない暗がりのような眼窩の奥から村を見つめた。

 人間のもたらす灯りに焦がれるように、彼らの営みを覗いてみたいという好奇心を秘めたまなざしで。

 その硬い右手の骨を、セロニアスはぎゅっと握る。

 彼らの願った小さな夢は、基地を変えた。

 「あの村にはテオの親戚がいるかもしれない」。そう訴えるセロニアスは、基地の仲間たちにまっすぐな瞳を向けた。


「俺たちは戦う必要がないって、意思を表すんだ! たとえ言葉は交わせなくても、態度で示そう。ここは戦地にしないって」


「だとしてもよぉ……軍の司令部から命令ひとつ飛んでくりゃあ、俺たちゃ殺し合いだぜ?」


「命令は来てないだろう!? だったら、とりあえず戦う必要はない!」


「まあ……テオの親戚いるかもしれないんだしな……」


 必死の説得に、仲間たちの心は動き始めた。

 もとより、前線を離れ、厳しい戦いから逃れてきた負傷者や、あまり戦力にはならないとみなされた平凡な魔物が掻き集められたのがこの仲間たちという現状もある。彼らとて、死にたくはない、戦いを避けられるならばそうしたい、という本音があった。


「チッ……人間を甘く見やがって。あいつらはひとりひとりは弱いが、群れるとイキがっていくらでも汚ぇ手を使ってきやがる。親戚がいるからとかそういう甘ぇ理由で見逃してたら寝首をかかれるぞ」


「ウーゴ。お前の心配しているようにはならない」


 常に厳しい現実を投げかけてくるウーゴに、セロニアスは言った。


「そのために、ウーゴ、俺を鍛えてくれ! たとえ争いになっても、大きな犠牲が出ないように。 みんなを、テオの親戚たちを守るために、俺は強くなるから――俺をめいっぱい鍛えてくれ!」


 そのまっすぐな視線に、ウーゴは鬱陶しそうに眼帯をしていない方の目を細めた。


「……ガキが! 生意気な口叩きやがって。いつか絶対に後悔するぞ――それまで情け無用で剣の稽古だからな!! 覚えとけよ!!」


「……ありがとう、ウーゴ!」


 そして、基地はひとつになった。

 一心となって、村を守り続けた。

 それから、百年と五十年ほどの時間が流れたが、小さな村は戦争の厳しい最中でもつつましい営みを続け、またセロニアスたちの保護もあって、壊滅的な状況に陥ることはなかった。

 貧しいながらも、年の何回かは祭りがあるようで、仲間たちはその灯りを見つめながら、今年も彼らと戦わずに済んだことを祝って、同じように宴を催した。


 だが、ある日、飛んできた伝令の一言が、基地を静寂に陥れた。



「『魔王が、人間の子どもに討たれた』……人間の、勝利……? 俺たちの、負け……?」



『スベテノ魔王軍二伝令――撤退セヨ! スベテノ基地ヲ放棄シ、全軍撤退セヨ!』


 伝令用の怪鳥がけたたましく鳴き喚く。

 戦況はここ数十年、何も変わらなかった――むしろ、寿命の長い魔物ばかりが占める魔王軍に短命かつ貧弱な人間側が圧倒されており、人間側の主要な国家も次々と打ち倒されていくばかり。

 むしろ、ここまで虫の息の人間側を、魔王は放置しているのか。なぜとどめを刺さないのか。そんな疑問すら内部で巻き起こるほどだった。

 しかし、その一報は辺境の彼らにも現実を教えた――魔境モルゲニアに人間の子どもが進軍し、魔王と直接対面したばかりか、その命を奪った――その、信じられない逆転劇に。


 声が、貧相になった基地の砦を震わせた。


 蜂起の雄たけびを大地に響かせ、武装した人間たちの大量の足音が、セロニアスたちの鼓膜を侵した。

 あの村から、人間の大群が押し寄せてくる。


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