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吟遊のリンネ ~魔力ゼロのはぐれエルフっ娘が俺様天才魔導士に弟子入りしたら、勇者と魔王の戦う世界を変えることになった件~  作者: 七日


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15/25

追想

 ランカの案内で宿を裏口から通されたクロトたち。

 その途中、従業員の休憩所と思しき広間に差し掛かった。営業前だからか、誰もが気だるそうに思い思いの過ごし方をしている。

 クロトとセロニアスは動じなかったが、リンネはその場を見て大きく目をまばたきさせた。

 そこで休んでいる従業員たちは、性別関係なく見目麗しいのは共通しているが、種族がてんでばらばらで、純粋な人間と呼べる存在はひとりとして居なかった。


「おや、――驚いた、〝鳥の骨〟のランカが自分から客をとるとはね!」


 気だるそうに何かの草を噛んでいる兎耳の獣人たちとカードに耽っていた女が、通路側にいるランカに目を留めて声をかけてきた。

 青みを帯びた肌に黒い髪、頬や胸元にはプラチナのように輝く鱗を生やした、美しい女だった。

 彼女はランカが後ろに連れているクロトとセロニアスを見てにやにやと笑っている。

 ランカはむすっとした表情を浮かべると、鱗を生やした女に言い返した。


「街で絡まれてるところを助けてもらったから連れてきただけだよ。こいつらは普通の泊まり客。おこぼれに与れると思ったら残念だったけどね、バルボラ」


「ふん……。どのみちお前さんみたいなガキに欲情する男は客にならないさ」


 バルボラと呼ばれた鱗の美女は、退屈そうに目を細めた。

 そのとき、彼女の椅子の後ろで何か大きなものがのたくる。それは、バルボラの身体から生えた銀色の尻尾だった。

 その長い尾が動いた瞬間、リンネがつい視線で追ってしまう。

 リンネの存在に気がついたバルボラは、鱗の縁取る美貌を傾け、にんまりと微笑んだ。


「アハッ……ランカ、あんたも人が悪いねえ。こんなお嬢ちゃん連れのご家庭をウチなんかに引きずりこむことないだろ」


「……詳しくは知らないが、どうやらこっちもわけありみたいなんでね。まあ、持ちつ持たれつってやつ」


「まったく、あんたも結構ガキっぽいところ残ってるじゃないか。母親に似てとっくに擦れ散らかしてるかと思ったのにさ」


 バルボラは意味深な笑いを浮かべ、ぽかんとするリンネに手を振った。

 そのからかうような態度を見て、ランカは露骨にため息をする。


「お前みたいな口も性格も悪い女が一番人気なんだから世も末だよ」


「……アハッ! その理由がわからないようじゃ、あんたもまだまだだねえ!」


 少女の返事がツボに入ったのか、バルボラは尻尾をゆらゆらと動かして大笑いした。

 彼女のカード遊びに付き合っている獣人たちもくすくすと忍び笑いを浮かべる。

 その反応にランカは大きく眉間に皺を寄せながらも、「行こう」と背後のリンネたちに声をかけて、歩を進めようとした。

 リンネは、女ふたりが冷たい言葉を掛け合う光景に驚いていた。会話の内容は定かではないが、彼女たちはお互いのことをよく思っていないことはよくわかる。初めて目の当たりにする光景に、背中と耳がぴりぴりするような緊張感を感じながら、ランカの後について歩いていく。

 宿の受付に辿り着くと、宿泊名簿にクロトが記名を済ませて、部屋を割り当てられた。

 リンネにも部屋が宛がわれた。自分だけのベッドを持つことが初めてだったリンネは、最初こそ飛び跳ねて喜んだものの、ひとりになってから数分もしないうちに退屈を感じて天井を仰ぐ。

 身を起こして、彼女が向かったのは隣の部屋だ。

 普通、誰かの部屋を訪ねるときはドアにノックをするものらしい。そう本で読んで知っていたリンネは、初めて実行する大人のエチケットに少しどきどきしながら扉を叩いた。


「いいぞ」


 中から聞こえた返事に、リンネはドアを開く。

 部屋の中ではセロニアスが床に荷物を広げている最中だった。いつも背負っている大剣や道具袋の中身と一緒に、あの頭蓋骨も並べられている。

 リンネはそれに驚きこそしたが、彼なりに何か理由があるのだろうと思った。


「ねえ、それって……本物の、にんげんの、?」


 リンネが慎重に質問すると、床に直接あぐらをかいているセロニアスは、視線を落とした。


「元は人間だが、スケルトンという魔物の頭だ。子どもの俺を拾って育ててくれた。……身体の方は埋葬したが、形見として持ち歩いている」


 セロニアスは淡々と答えていく。

 彼にならって床に座り込んだリンネは、静かに頷いた。

 

「パイセンのおとうさん、はじめまして」


 頭蓋骨に向かって、ぺこり、と頭を下げて挨拶をすると、セロニアスは笑みを浮かべた。

 無表情な彼が、他人にもわかるほどにはっきりと笑うのは珍しい。


「パイセンは、この人に育てられたんだよね? 本当の家族は?」


「本当の父親は人間で、農奴だった。……母親は、わからない」


「農奴って?」


「貴族のために田畑を耕す、奴隷のような存在だ。俺は見た目がエルフだろう。当時、ダークエルフは魔王軍の勢力だったから……当然、煙たがられた。父親は必死に間を取り持とうとしてくれたが、俺を恐れる人間は減らなかった。……ある日、役人がきて、俺だけを別の任地に移すと言い出した。北の極寒の、最果ての僻地だった。俺のようなハーフや、反抗した奴隷、犯罪者くずれの人間だけが移される、死刑場のようなところだ」


 その言葉を聞いて、リンネは耳の先が震えた。

 セロニアスのこぼす言葉はひとつひとつが重たく、厳しかった。


「まだ幼い俺をそんなところには移せない、と言って、父親は抗ってくれた。……だが、役人は聞かなかった。それどころか、抵抗する俺の父親を斬りつけて殺した。俺の、目の前で……」


 オオカミのような金色の瞳は、髑髏のくぼんだ眼窩が浮かべる、暗い闇を見つめていた――。




「――父ちゃんッ!!!!」


 薄い雪の舞う空に、幼い少年の悲鳴が響く。

 駆けつけて抱き上げた父親の身体からは、すでに力が感じられなかった。

 両手と胸が生温かな血で濡れていく。それに父の命が急速に失われていくのを感じながら、セロニアスの目の奥は痛いほど渇き、喉からは父親を呼ぶ声もひねり出せない。

 心臓だけが、狂ったように早鐘を打った。


「さあ、来い――〝薄汚ぇハーフ〟のガキ! てめえには似合いの場所が待ってるぞ!」


 血に濡れた刃を納めた役人は、侮蔑に満ちた表情で親子を見下ろす。

 〝ハーフ〟――セロニアスの人生で幾度となくかけられた言葉。

 彼をそう呼ぶ人間の顔は、皆、醜悪で冷酷だった。

 〝半分〟だなんて、嫌な呼び方だと思っていた。エルフと人間の血を両方引きながら、セロニアスはどちらの側に属することも許されないのだ。

 彼をひとりの存在として扱ってくれたのは、目の前で死んでいる父親だけだった。


 (いつか……この戦争が終わって、敵味方なんてなくなれば、お前もきっと自由に生きていける――それまで、踏ん張ってくれ、セロニアス。お前がエルフでも人間でも、好きな方を名乗れる時代が来るまで――父ちゃんは、お前を守ってやるから)


 寒風の唸る耳元に、優しい声が蘇る。

 セロニアスの瞳に涙が流れた。手元では温かい血が失われていくばかりなのに、彼の中ではそれを上回る温度の何かが膨れ上がっていく。


「〝ダークエルフ〟の分際で――人間様の真似なんかするんじゃねぇッ!!」


 怒り狂う役人がセロニアスの肩に手を伸ばす。

 父親の死体から引き剥がそうとしたその腕を、セロニアスは掴んでいた。

 みしッ――ぐしゃり。

 肉が裂ける音と、骨が砕ける音がして、男の悲鳴が荒れた農村に響いた。


 通常、この世界では、種族の垣根を越えた繁殖は成功率が低い。

 望んで生まれるべくして生まれた命はさらに少ない。

 そんな可能性の試練を乗り越え、生まれてきた混血児たちには、稀に〝異能〟を授かる子もいた。


 セロニアスは、役人の腕を捻り潰し、腕を肩から引き抜いた。

 血の飛沫が、獣と化した少年の顔に飛び散る。

 周りで見ていた農奴も役人の仲間も、怯え、悲鳴を漏らし、たった今、初めて殺戮に目覚めた人間とエルフの子どもを見た。

 セロニアスの異能は、常軌を逸した膂力だった。

 死んだ役人の腰から、父親を斬った刃を奪い、セロニアスは目の前の人間たちに向かっていった――。


「〝ダークエルフの反逆者〟だ―――ッ!!!」


 畑の中は、逃げ惑う者と戦う者に分かれた。

 セロニアスは向かってくる人間たちをすべて殺した。

 生き残った者たちは血まみれの彼を見て恐怖を叫び、縺れ合って逃げ出した。

 敵と味方の血をどちらも引いている場合――その子は、〝敵〟とみなされる。

 世界中の混血児が同じように目に遭っていた。

 セロニアスは、そのひとりだった。




 セロニアスは追手を退けながら、何日も飲まず食わずで戦って道を切り開いた。

 四日目を迎えたところで、体力気力が限界に達すると、荒れ果てて茸どころかまともな草も茂っていない山道で倒れた。

 荒れている、ということは、ここは、頻繁に戦場になるということだ。

 それには気づかず、セロニアスはうつ伏せで地面に倒れ伏し、辛うじて生き残ろうという意思を奮い起こそうと、指先を土に食い込ませた。


「………どぅわーーーっ!! し、死体だーー!!??」


 カタカタと何か固いものが鳴る音がして、妙に気の抜けた叫び声がセロニアスの鼓膜を震わせた。


「い、生きてる……? クソッ、たまには見回りしとかねぇとなって思ったらとんでもねぇもん見つけちまった……おい、お前、生きてるか!? 息あんなら返事しろ!!」


 声は近づくと、セロニアスの肩を揺さぶった。

 相手に敵意がないことをそれで知って、安心したセロニアスは意識を手放しそうになったが――残されたわずかな力で顔を上げた途端、相手の顔貌が目に入った。

 剥き出しの人間の骨格。目玉も何も入っていない眼窩は真っ暗だったが、彼はその奥から必死にセロニアスの表情を読み取ろうとしているのが気配でわかった。



「なんだ……お前、〝ただのガキ〟じゃねぇか……!」



 彼は驚いたように息を呑んで(不思議だが本当にそういう仕草に見えた)、セロニアスの顔に食い入った。

 セロニアスは、その言葉を聞いた瞬間、目を見開いた。

 そんな呼ばれ方をされたのは、生まれて初めてだったからだ。


「あ……ぁ………っ」


 もうそんな力は残っていなかったはずなのに。

 歯の奥を噛みしめ、セロニアスはすすり泣いた。死んだ父親のことを思い出した。父親と過ごした思い出がすべて走馬灯となって彼の脳裏に浮かび上がり、最後に分かたれた瞬間までが克明に蘇る。

 急に泣き出した少年を見て、スケルトン兵はぽりぽりと額をかきながら、困ったように言葉をかける。


「なん、だ……お前……俺が怖いのか? そうかぁ……〝子ども〟だもんなぁ……」


 セロニアスは、自分の肩に触れる固い指の骨を握り締めた。

 骨ばった、固い感触は、きつい労働で痩せ細った父親の指のそれにそっくりだった。

 少年が自分に抱きつき、泣きじゃくる様を見て、スケルトンはうっすらと上顎と下顎を開きながら、ぽかーんとした表情を浮かべた。

 

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