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吟遊のリンネ ~魔力ゼロのはぐれエルフっ娘が俺様天才魔導士に弟子入りしたら、勇者と魔王の戦う世界を変えることになった件~  作者: 七日


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14/24

混血

 リンネは稼いだ小銭を収納するために、市で子ども用のポシェット型がま口を買ってもらった。子どもらしいピンクの生地に、この街伝統の花々の模様が刺繍されたデザインで、一目見てリンネは「これがいい!」と言い出した。

 財布を振ると、シャカシャカと硬貨同士がぶつかる音がした。それを聞いて、リンネはにっこりと笑う。


「師匠、ありがとー!」


「ああ、はしゃいで落とすなよ」


 鼻歌を歌いながらご機嫌に歩くリンネ。

 ロイテールの市場は活気が溢れ、奴隷もいない。エスメラとは雰囲気が違うのでリンネも街の景観を楽しんでいた。

 だが、しばらくスキップしているうちに、周りの雰囲気が先ほどまでと少し異なっていることに気づく。それに何かの予感を抱く前に、男の怒声がリンネの鼓膜を震わせた。


「手癖の悪い〝亜人〟のガキだ! とっちめろッ!!」


 びくりと肩を縮こまらせるリンネの前に、クロトとセロニアスが出ていく。

 粗暴な怒鳴り声に端を発し、周囲の雰囲気は一気に物々しさを増した。

 クロトはさりげなく群衆を搔い潜り、現場を確かめた。師匠の背中に隠れながらも、リンネも恐る恐るそこを見る。

 片頬を腫らした人間でいえば十三、四歳ほどの少女が膝をついていた。骨ばった腕は背後に回った男の手に掴まれ、抵抗できないように捻りを入れられている。


「痛ッ……痛い! 離せ、離せ! うちは何も捕ったりしてないってば!!」


 少女は、肩のところで髪を切り揃えていたが、それでも、顔の両横から伸びた杏子色の長い翼のような耳は隠せない。

 一見して非人間族とわかる少女は、金切り声をあげて怒りを訴える。

 だが、男は不機嫌そうに鼻を鳴らし、軽蔑のまなざしで少女を見た。


「じゃあ、手に持ってた果実はなんだ!! てめぇなんざの口に入るような安物じゃねぇだろうが!!」


「うるさいな! こいつはただの土産だよ!! アンタには関係ないだろ!」


 反論する少女の膝の前には、籠といくつかの果実が転がっていた。ちょうど騒ぎが起きている現場は、季節の高価な果実を扱っている青果店の手前だ。


「ピーピーうるせぇ鳥だな。おまけに手癖も悪いときやがる!」


「だからうちは何も盗ってないってば!」


「ハーピーと言やァ、奇声を使って攻撃するって言うだろ! こいつの口塞いじまえ!!」


 周囲からけしかけられ、男は少女の腕を引きずり上げて立たせると、片手で口を覆ってしまう。

 少女は四肢をばたばたと動かし、男の腕から逃れようとする。だが、そうする間にも人が集まってきて、警備を呼べ、捕まえろ、と口々に言い合う。

 その様子を、息を呑んで見つめながら、リンネはか細い声でクロトに訊ねた。


「し、師匠……あの子、本当に悪いことしたの?」


 クロトは目を細めた。

 軽はずみに断定こそしないが、険しい表情を見せる彼の反応に、リンネは青ざめ、口をつぐんだ。

 おそらく、捕まっている少女は魔物と人間の混血だ。人並み以下の扱いを受け、苦しんでいる。リンネには、それが冤罪かどうかはわからない。だが、あんな非力そうな少女を押さえるにしては、明らかに過剰な暴力が加えられている。

 さきほどまで、リンネは広場でたくさんの人の前に立った。それは、クロトが認識阻害の魔術をかけてくれたからであり、一度エルフだと見抜かれれば、どんな扱いを受けていたことか、想像させるには十分だった。


「師匠……っ!」


 恐怖に青ざめながら、リンネは外套を引っ張る。

 それをクロトが憂いを込めた視線で振り返ったが、彼はすぐ血相を変えた。


「その手を放せ。お前は明らかにやりすぎている」


 セロニアスが飛び出していったからだ。

 彼は、少女を捕らえる男の前に立ち、低い声で淡々と言った。

 感情を抑えた口調だが、自分の身の丈を超える長身で、大剣を背負ったセロニアスの威容に、男はたじろいだ。


「な……ンだ、テメェは! 俺はこの店の見張りなんだよ! 泥棒捕まえて何が悪い!」


「本人は盗んでいないと言っている」


 毅然と答えるセロニアスに、男は反感もあらわに怒鳴り散らした。


「泥棒の言うことなんぞ信じられるか!!」


 フードの下で、セロニアスの翳りを帯びた無表情もまただんだん険しさを増してゆく。

 男の言うことはまったく論理が伴っていない。少女の言い分を聞く気など最初からないのだ。

 膠着状態の空気に、突然、男が叫び出す。


「――ッだあああ!! 痛ぇ!」


 少女が自分の口を押さえる手に、思いきり嚙みついたのだ。

 血の流れる手を庇おうと、男はとっさに彼女から腕をほどく。

 だが、自由になった少女が駆け出した瞬間、すぐ近くで構えていた別の男が迫ってくる。


「手を出すな!」


 セロニアスは声を張り、その男の肩に当て身を食らわせた。

 彼の援護で、少女は阻まれることなく逃げ出し、素早く路地裏へと向かうと、薄暗がりの中へと姿を消した。

 犯罪者を逃がしたと、大騒ぎしたのは手を嚙まれて怪我を負わされた男だ。


「テメェ! 泥棒に手貸しやがったな――………ッ!?」


 男は怒り狂って叫び出すが、視線は地面に釘付けになった。

 周りも一瞬、喧騒を失う。

 そこには、布に包まれた髑髏が転がっていた。


「………」


 それは、セロニアスが追手を振り払った瞬間に彼が懐から落としたものだった。

 セロニアスは、黙って膝をつくと、髑髏を抱えて荷物に戻そうとした。

 その瞬間、気がついたかのように悲鳴が上がる。


「に、人間の頭蓋骨だ――ッ!!」


 一斉にどよめいた彼らに、空気が震える。

 泥棒を庇った男の荷物から、人間の骨が現れた。信じられない出来事に、群衆は冷静さを失い、パニック状態を迎える。もはや果物屋の万引きなんて些細なものだ。

 セロニアスは煩わしそうにそれを振り返ってから、黙って群衆に向かって歩き出した。

 彼を避けようとして、波が引くように人が退いていく。

 そのまま、セロニアスは人が少なくなった方角を目指して走り出した。

「衛兵だ! 衛兵を呼べ!」口々に人は言う。そのパニックの中、リンネはひどく不安そうに師匠を見た。


「ぱ、……パイセン、どっか行っちゃった……!」


 彼女の手の震えがマント越しに伝わるのを感じながら、クロトは考えた。

 セロニアスは主たちに迷惑がかかるのを避けようと単独で逃げ出してしまった。

 ここで彼を目指して追いかければ、疑いの目が自分たちにも向く。それは互いにとって得策ではない。


「……こっち! こっちだ!」


 クロトとリンネは、同時にその声を聞いた。

 彼らにだけ聞こえる声量の声は、路地裏の方角から聞こえる。

 先ほどとは違ってフードを被った少女が、影の中から手招きをしていた。


「……アンタたち、あの男の仲間だろ。隠れ家を貸してやるよ。ついてきな!」


 少女はそう言って踵を返すと、路地裏の中へとふたりを案内しようとした。

 ほかに選択肢はないと判断し、クロトは彼女の背中を追いかける。だが、リンネは正反対の方向に向かって走り出した。


「おい、何して――」


 この緊急時になんの冗談かと、クロトは振り返る。

 そこではリンネが騒ぎに乗じて地面に転がった籠と果物を回収しているところだった。


「あの子、盗んでない、って言ってたから!」


 そう言って籠を胸に駆け寄ってくるリンネを、クロトは無言でマントで隠してやると、待っている少女とともに駆け出した。

 路地裏に入ってすぐ、通りに捨てられた家具の山があった。その陰に隠れるようにして、セロニアスが大きな身体を屈ませていた。彼はフードを被っていなかった。


「うちがここにいるよう言ったんだ。みんなまとめてついといで!」


 目立つ耳の翼をフードの下に押し込め、少女は走り出した。

 しばらく進んだところ、表通りの騒ぎとは無縁な、やけに閑静な区画に辿り着く。

 大きな屋敷の裏口のようなところに出ると、少女はぶかぶかのフードを脱ぎ去り、セロニアスのもとへと突き返した。


「………うちを助けてくれて、礼を言うよ。うちはここで下働きしてる。名前はランカ」


 少女はぶっきらぼうな口調で自己紹介する。

 リンネはおずおずと籠を彼女に差し出した。

 ランカはびっくりしたような表情でリンネを見る。


「誰かに届けるはずだったんでしょ?」


「……そうだよ。お前、小さいのにしっかりしてるね」


 ランカはふっとため息をつくと、そこで初めて人心地ついたように肩を落とした。

 籠を受け取ると、ぐしゃっとリンネの頭を撫でる。

 その不器用な触れ方にも、リンネは嬉しそうに笑みを浮かべ、礼を言い返す。


「こっちこそ、パイセンを助けてくれてありがとう!」


「パイセン……? なんのことかわからないけど、お前らは行くあてあるの? ここは〝普通の宿〟もやってるから、泊まる部屋を紹介してやれるよ。そのぐらいしてやってもいい」


 そう言って、彼女はクロトを見た。

 身なりから彼が魔術師で、この一行の中心人物であると見抜いたようだ。

 しかし、クロトはすぐに返事をしなかった。

 少女の痩せ細った身体を確かめると、その視線に気づいたランカは「はッ」と自嘲的に一笑した。


「お察しの通り、うちも、うちの母親も、その母親も、ずっとここで働いてきた。遠い昔、人間に捕らえられたハーピーの末裔だよ。鳥かごの中でずっと繁殖させられて、外にも出られないんだ――」


 静かに苛立つように、だが確かな憎悪を込めて少女は呟く。


「……ただ、うちはそっちの商売はしてない。ただ雑用をこなして住み込みしてるだけ……〝今のところ〟はね。それとも、こんな恥ずかしげもない魔物とのハーフのガキに、宿を提供されるのはご不満ってわけかい?」


「……そう自虐するな。こっちにも近い立場の者がいる」


 クロトがそう言うと、ランカは少し考えた。


「……ふーん。じゃあ、お前らはほかのやつらとちょっとは違うって思っていいんだね?」


「それは後で判断してくれて構わない。宿の紹介なら喜んで受けよう」


 彼の返事に、やや警戒するようなまなざしを浮かべながらも、少女は頷く。


「そう、じゃあ、いらっしゃい。ようこそ、ここは長年続く名店、〝月夜の歓喜の館〟だよ」


 そう言って手招きする少女は、裏口の扉を開く。

 このあたりが静かなのは、まだ時間が昼間だからだ。

 夜ともなれば、一夜の夢を求めて多くの客たちがひしめき合う。そう、ここは歓楽街だった。

 唯一状況を理解していないリンネは、ランカの後を追いながら、横を歩くクロトに言った。


「あの子、良い子でよかったね、師匠――助かってよかった!」


「………ああ、そうだな」


 クロトはそう返事して、目の前の少女の背中を見た。

 ハーピーの血を引きながら、翼を持たない背中。恐らく、能力的にも通常の人間とそう変わらないはずだ。

 だが、先祖の血は確かに彼女の身体の中に息づいていて、それはこの国での自由を得られないことと同義だ。

 飾りだけの耳の翼が揺れるたび、鬱陶しそうに目を細めて、ランカは娼館の廊下を歩いた。



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