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吟遊のリンネ ~魔力ゼロのはぐれエルフっ娘が俺様天才魔導士に弟子入りしたら、勇者と魔王の戦う世界を変えることになった件~  作者: 七日


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13/21

ねえ、聞いて

 盗人の男に馬を走らせること二日後、クロトたちはロイテールの都に到着した。

 途中キャンプを挟んだが(男が逃げないように監視しながら)、徒歩よりも遥かに楽な旅程になった。

 ロイテールの都は王城を中心に、市街が大きな塀で囲まれた城塞のような造りをしており、外界と繋がる門には人が詰めかけている。

 目深にフードを被らされたリンネは初めて見る人の多さに惚けたような表情を浮かべながら、きょろきょろと珍しい景色を眺めた。


「ほ、ほら着いたぜ! あんたたちとの付き合いはこれっきりだからな……!」


 荷台から降りたクロトたちに向かって、男は御者台から偉そうに言った。

 クロトはさりげなく周囲の状況を確かめつつ、男を流し目で見ると、


「ああ、わかっている。……盗賊団と付き合いがあるだなんて喧伝されたくないだろう。そっちからこちらを避けてくれるとありがたいがな」


 ぎくっ! と言わんばかりに肩を震わせる男。

 それを聞いて、セロニアスは真下にいたリンネの両耳を自分の手で塞ぐ真似をする。

 彼女が不思議そうな表情をしているあいだに、セロニアスは声を低めて、


「……これでマスターの妙な噂でも流したら、そのときは俺がお前を斬るぞ、人間」


「ひっ………!!」


 偉丈夫にしか出せない凄みのある声に、男は怯えた反応を見せる。

 そして馬に鞭を当て、足早にその場を後にしようとした。だが、目の前に突如、太い影が現れて、進路を塞がれる。

 ヒヒーン! と急停止させられた馬は悲痛な声で嘶くかと思いきや、その声はどこか仔馬のようにあどけない響きをしていた。


「ちょっと、アンタ!! 何日も仕事ほっぽりだしてどこに行ってたんだい!!」


 額に青筋を走らせ、仁王立ちで現れた女性。

 男はその恰幅の良い身体を見た瞬間、唖然となった。


「かっ、かかぁ!! こ、こいつにゃワケが……!!」


「家の仕事放り出して油売ってた理由なんて聞く耳もたないよ! それと、いくら商売上がったりだからって、親から継いだ商いをないがしろにするような甲斐のない亭主を持った覚えはないね!!」


「だから話を聞けって言うの~~!!」


 女性は御者台の男に詰め寄るなり、次々と威勢のいい言葉で夫をなじった。

 男は少しでも妻の罵詈雑言から逃れようと頭を振ったが、太い腕に首根っこを引っ掴まれ、力強く御者台から引きずり降ろされてしまう。


「商売が上手くいっていないのか?」


 話を聞いて、クロトは彼らのもとに歩み寄った。

 男の妻がその声に気を取られて振り向くと、フードを脱ぎ去った黒髪の男の美貌に一瞬だけ関心をとられた。


「……そうさ! そうなんだよ。うちは魔王戦争の時代を生き延びた由緒ある道具屋なんだけどね、この頃の物の流れったら当時より悪いぐらいさ! どこの国も人間の領地を急に増やしていくばかりだから腕のいい職人も散らばっちまうし、品不足も続いてる、なのに需要だけは偏るもんだから競争ばっか激しくなってうんざりするよ……なのに肝心の亭主は怠け癖があっていけない!」 


 だが、この頃はよほど不満を溜め込んでいたのか、話し相手を見つけたと見るや、次々と現状を憂う声が飛び出す。

 それをクロトは黙って聞きながら、たまに男の横顔を見る。

 亭主はクロトが細君の前で余計なことを言い出さないか気が気でないらしく、ずっと冷や汗をかいている。


「なるほど、苦境に立たされているようだな」


「ああ……あまりに時勢がよくないからって、近場の安全な魔物の巣に手を出す奴も出てき始めてるらしいし、まっとうな商売人としちゃあ気持ちがよくないね」


「そうか……それは……問題だな……」


「………」


「あーっ、それってぇ……!」


 話を聞いていたリンネは、何かに気づいたように口をひらく。

 その瞬間、大きな褐色の手が口元に伸びて、リンネの言葉を妨げた。


「ほんと、嫌な話だよ。これだけ人が増えてるのに、今でも人里の近くに住んでる魔物は、戦時中から大人しかったって証拠なんだよ。そういうやつらを、うちの実家じゃあ土地の守り神みたいに考えててね……ああでもこんなこと聞かれたら、連合の魔術師さんたちの気を悪くさせちまうのかねぇ……」


 フードを被ったセロニアスは、リンネとともに人間の夫婦たちから距離を取りながら、話の行く末を気にかけていた。

 クロトはその様子を見ながら、世間話の続きを装い、女に話しかけた。


「あなたのような人は今時珍しい。旦那さんにはこの街に来るまで世話になった。礼を言う」


「ええっ、こんなダメ亭主が役に立ったのかい? 単に仕事さぼって怠けてるだけかと思やァ……」


 クロトはマントの懐に手を差し入れ、取り出したものを女の手に握らせる。


「きっ、金貨っ!? ひ、久しぶりに見た……!!」


 彼女は手のひらの上で光る、大陸共通の金貨を見て、驚きの声を漏らした。

 そしてすぐにクロトの顔を見る。女は慌てて、金貨を突き返そうとした。


「どこのどなたか存じませんが、こんなにいただくなんて……!」


「いや、いい。本当に世話になった。馬一頭に対してこの人数で負担をかけたのもある。良い干し草を与えて、ゆっくり休ませるといい」


 その言葉に女は呆然とした。

 クロトは踵を返し、セロニアスたちに目線で促すと一緒に街の中へと歩き出した。

 女は金貨を握り締め、若い魔術師の背中に向かって深々と礼を送る。

 旦那はきまりが悪そうにそっぽを向いていたが、妻の逞しい拳に後頭部を殴打され、彼もまた強制的に礼の姿勢をとらされた。

 セロニアスとクロトに挟まれ、守られるように歩くリンネは、遠ざかる彼らに向けて、「ばいばい」と手を振った。



「お前たちには認識阻害の魔術をかけている。たとえフードが取れても正体はバレない。城内のような、魔術師対策の結界が張り巡らされた場所は別だが……今のお前たちは、人間の世界に溶け込んでいる」


 その言葉に、リンネははっとした顔で足を止めた。

 そして、黙って周囲を見渡す。こんなに人の多いところに来たのは、生まれて初めてだ。視界を埋め尽くす大量の人間、溢れる声の大きさ、雑踏が織り成す多種多様な騒音が、リンネのすべての感覚を促してくれる。

 クロトが見守る中、彼女はこくん、と固唾を飲んで、ゆっくりとフードを外し、長い金髪を太陽の下にさらけ出した。

 一瞬、世界が無音になる。

 だが、雑踏は何もなかったかのようにめまぐるしいままだ。

 人々は長い耳を生やしたリンネの左右、正面、背後を通り過ぎて、顧みもしない。


「…………っ!」


 リンネはぱあっと表情を明るくかがやかせると、おもむろに走り出し、人と人のあいだをひょいひょいと器用に通り抜けていった。それがまるで楽しくて仕方ない。

 けらけらとお腹を抱えて笑い出したい衝動に駆られながら、リンネは人々が向かう方角につられて走った。

 水の音がする、と思ったら、大きな像を囲んだ噴水があり、その周りに人々が自由に憩っていた。

 それから、何か楽器の演奏が聞こえる。方角を確かめると、噴水のそばに立っている人間の集団が楽器を演奏し、前に立った男が何かを口ずさんでいた。


 悪あるところに正義あり!

 魔王あるところに、勇者あり!

 そしてまた、正義あるところに悪もあり!

 勇者あるところ、魔王もいるのだ。

 それをなぜ忘れてしまったのだろう。

 われわれはどこで物語を見失ったのだろう。

 すべてはシンプルで、最初から決まっていたはずなのに。

 動き出した筋書きは、観客を置き去りに、運命の輪を回し始める……。



 フルートの、高い調べだがどこか寂寥感のある奥行きを秘めた演奏と、男の歌声が重なる。

 リンネはその歌の前で足を止めた。

 しばらくして男が歌い終わると、ぼうっとしてたリンネは気づいたように拍手を始めた。だが、彼女以外の聴衆は冷え切った反応を示しており、拍手すらしない有様だった。


「嫌ねぇ……なんだか、暗い歌……」


「こう景気が悪いと、吟遊詩人の腕にまでケチがつくのかねぇ」


「せっかく楽団が来てるっていうから立ち寄ったってのに……」


 リンネは、人間の歌を聞くのが初めてで、何もかも新鮮な感想しかなかったが、周りの人々は口々に不満を漏らした。

 アンコールすら聞こえず、肩身が狭そうなのは楽器を抱えた集団だ。

 商売道具をしまい、早くも撤収の兆しを見せる。


(もっと聞きたかったな……)


 リンネは素直にそう思いながら、帰り支度をする彼らを黙って見つめていた。

 そのとき、捕まえた、と言わんばかりに肩にクロトの手が落ちてくる。

 だが、その手の力は決して強くはなかった。

 ぱっと顔を上げると、物言わず彼は弟子を見つめた。


 何か言いたいことがあるんじゃないのか。


 彼の紫水晶の瞳は、リンネの胸の内を見透かす魔法がかかっているかのようにかがやいた。

 少女ははっと息を呑み、周りを見渡した。演奏が終わって、周りの人々もどこかへ去ろうとしている。

 みんな、行ってしまう。急き立てられるように前に身を乗り出したリンネは、自分でも考えるより早く、その言葉を叫んだ。


「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました!!!」


 少女の全身から発されるような大声は、離れていく人々の足を止めさせた。

 自分にたくさんの視線が集中する感覚に、リンネの心は真っ白になった。

 だが、その空白すら塗りつぶしてしまうほどの何かが、今のリンネの中にあった。

 注目を煽るように、大きく両手を広げ、リンネは朗々と声を張る。

 誰に教わったわけでもないのに、やり方だけはわかる。

 絵本に書かれていたことを、感じた通りに話すだけなのだ。


「ある日、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました!」


「父ちゃん……〝しばかり〟ってなに?」


「小枝拾いのことだよ。しかし古い言い方だなぁ……」


 リンネの言葉を近くで聞いていた親子が会話すると、周りの者も納得したように頷いた。

 自然と、リンネの次の言葉を待つ空気が出来上がる。


「おばあさんが川のそばでいっしょうけんめい洗濯をしていると……川上かから、大きな桃が、どんぶらこ! どんぶらこ! っと流れてきたのでした!!」

 

 両手を広げて、宙に大きな桃を描くように動かす。

 ぽかーん、と聴衆は呆気にとられたように沈黙した。

 意味を咀嚼するまでいくらか時間を要したが、数秒ほどかけて光景を頭に思い描いた人々は、一気に爆笑の渦を引き起こした。


「あっはははははは!!」


「川から桃だって!」


「どんぶらこ、ってなんだよー!!」


 どっと生まれる笑い声に囲まれながら、リンネは頬が熱くなるのを感じた。

 だが、全身に巡る昂揚感が、リンネの思考を早くした。


「どんぶらこ! どんぶらこ!!」


 大きな桃が、ざぶざぶと川を泳いで渡ってくる。

 そうとしか言いようがない擬音に、人々は笑い、呆れて、いつしかリンネを中心に輪を作っていた。


「桃から生まれた、桃太郎ー!」


「もうなんでもアリだな!!」


「あははははー!!」


「こんな話聞いたことねぇーーーー!!」


 見得まで切るリンネの大胆な語り口に、笑い声は増える一方。

 だが、桃太郎が鬼退治に旅立ち、三匹の動物とともに戦いに赴くくだりで、一気に場の空気は変化する。なぜなら、ここはリンネが即興で脚色を加えたからだ。臨場感が加わり、興奮の気配が高まってくる。


「まず犬は吠えて、鬼をびっくりさせました! その隙に、サルは鬼の背中をひっかきます! 背中にとりついたサルを追い払おうとしている隙に、空からケーンケンとキジが頭をつつきました!! そして桃太郎が、振るった一撃は鬼の金棒を真っ二つ!! 見事な切り口に、鬼たちは言葉もありませんでした!!」


 戦いの行方を気にして、誰もが固唾を飲んでその先を聞いた。


「仲間とともに、桃太郎は鬼ヶ島で切った張ったの大立ち回り! 鬼の手下の金棒はみぃーんな真っ二つにされ、残るは鬼の大将ただひとり!! さあさあ、桃太郎と鬼の大将、睨み合って近づいて、一気に始まる大試合!! 三匹の仲間も、やられた鬼の手下も、ふたりの戦いを息せき切って見守ります! 岩を砕くような鬼の一撃! それをひらりひらりかわしてゆく桃太郎! やがて桃太郎の真剣は、鬼の大将のひときわ大きい棍棒を鋭く一突き!! あっ、と思った瞬間にはもう遅い!! 勝負はついたのです!! 棍棒は、大将の手から落ちていました!!」


 おお……、と自然に人々の口から洩れる感心のため息。

 その瞬間、リンネはぶわっと身体に鳥肌が立つのを感じた。自分の言葉が、人々の心を動かした。その証拠を全身で受け止めて、放心しそうだったが、気を緩めずに最後まで続けようと試みる。


「なんと、強くも気高い桃太郎は、負けを認めた鬼たちを許してあげました! そして、奪われた宝を持って、故郷に凱旋!! 帰りを待っていた村人たちは、わあっと大歓声をあげて桃太郎たちを歓迎しました!!」


 ひゅーひゅー、と物語のその最中にいるかのように、口笛が鳴り始める。

 リンネは頬が緩むのを抑えきれず、ついにやにやとしてしまいながら、沸き起こる拍手と歓声の前でめいいっぱい声を張った。


「村に戻った桃太郎は、三匹の仲間とともに、おじいさんとおばあさんと、仲良く、楽しく暮らしましたとさ!! めでたし、めでたしーっ!!」


 いつの間にか、リンネの周りには大観衆が広がっていた。

 リンネの語る物語に惹きつけられた人々は、後からやってきた者へ口伝いに話を広め、それがいつしか連鎖となって、大盛況を呼んでいた。

 世界にはこんなにいっぱい、人がいる。

 最後まで語り終えたリンネは頬を真っ赤に変え、はあはあと肩で息をしながらそれを実感した。


「いいぞ~! 嬢ちゃん!!」


「なかなか面白かったぞ~!」


 こんな小さな子どもが、器用に物語を語って聞かせているという物珍しさも手伝ったのか、観衆には暖かいまなざしも加わっていた。

 リンネは足元にちゃりんちゃりんと転がる石のようなものに気がついた。

 それはすぐにお金だとわかった。少ない額ながら、リンネが初めて手にする人間の世界の硬貨だ。

 急いでそれをかき集めたリンネは、両手いっぱいに溜めたそれを抱えて、ぐるぐるとあたりを見回した。

 楽器を抱えた集団も、観衆に加わってリンネの物語を聞いていたらしい。彼らを見つけて、リンネは走り寄った。


「これ……」


 リンネは、歌を歌っていた男に向かって小銭を差し出した。

 男は驚いたようにまばたきし、穏やかな鳶色の瞳で笑いかけた。


「それは、受け取れないよ」


「でも……」


「僕らは、歌いたい歌を歌ってるんだ。人が振り向いてくれないなら、それが実力だということでしかない。黙って、腕を磨くだけさ」


「………」


 男はゆっくりとしゃがむと、リンネの金髪の頭にそっと手を置いた。


「きみには才能があるんだよ」


「…………………」


 優しく頭を撫でられて、リンネは沈黙しながら、男の目を見つめた。

 やがて、男たちは立ち去り、リンネの周りをなしていた群衆もまばらになった。

 そこへクロトがセロニアスとともに歩いてやってくる。

 リンネは師匠を振り向くと、しばしのあいだ彼を見つめた。


「どうだった」


 簡潔に問う声に、リンネはとっさに応えた。


「楽しかった!」


 そう言った瞬間、どっと緊張が解けて、リンネはその場にへたり込む。

 クロトとセロニアスは肩を支えてやりながら、一緒に立ち上がり、その拍子に落ちた小銭を拾い集めた。


(もしかして……これも師匠の修行?)


 そのときふとリンネは思った。

 集まった小銭は微々たる額だが、生まれて初めて手にしたお金という存在だ。


「……少し、街を見るぞ。小銭を入れておくがま口でも買ってやる」


 そう言ってクロトは先に歩き出した。

 急いで彼の後を追ったリンネは、ポケットに小銭を突っ込んで、ちゃりちゃり言わせながら走る。


「ねえ、父ちゃん……〝鬼〟って、なあに?」


「ああ、それはな………魔物、だよ」


 リンネたちと正反対の方向を行く父子は、そう話しながら歩いた。


「きっと桃太郎こそ、魔王の支配から俺たちを解き放ってくれる真の救いなんだよ……俺たちが本当に必要としている……」


「本物の〝勇者〟」


「あの罪人とは違う……正真正銘の……」


 彼らの言葉が、人々のあいだで広がっていく。

 花が風に種子を飛ばすように、物語は伝播していく。

 その動きは、誰にも、止められない。


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