16.魅函島作戦前夜
「現在我々HOLLOW日本支部関西基地は…GENOSIDEを名乗る謎の虚人組織との、戦争状態にあります」
夜月准機将から告げられたその言葉に俺は言葉を失った。
「GENOSIDE」俺はこの名を知っている。いや、俺だけではない、捜査官や潜入班、HOLLOWに所属する全ての者が知り得るだろうその名は、かつてここ日本で起きたある事件に関連するものだった。
2020年1月1日、渋谷交差点前。大晦日のカウントダウンイベントの最後、時刻が0時を指したその瞬間、それは起こった。
後に日本支部最大最悪の境界事案と呼ばれた事件「スタンピード」である。
この日、東京五輪の開会式の会場にて特A級虚人「顎」が能力を発動。参加していた観客及び出演者、その数およそ10万人。その半数が一瞬にして死亡した。
実際この規模のイベントということもあり、当然HOLLOWも最大限の警戒はしていた。
対物理・特殊能力結界をはじめとした日本支部の捜査官6名を警備として配備。内4名が負傷、1名が行方不明、1名が死亡。捕獲された顎は尋問の結果ただ一言だけ言った。
『我々は…GENOSIDE』
それから長らく奴らの足取りは掴めなかったが、なぜ今…。
「最初に起こったのは2ヶ月前。大阪府のE区にてカラオケボックスを利用していた客と店員が全員同時に消える神隠し事件」
テーブルに置かれたプロジェクターがぱっと現場写真のホログラムを映し出す。
いくつかある室内の写真には食べかけのホットスナックや飲み物のグラスがあるくらいで血痕などは見当たらなかった。
「争った形跡はなし、現場に残されていた防犯カメラはマナの影響で故障。データの復旧は未だにできていません。ただ、メッセージらしきものは残されていましてね…」
端末を操作してホロを切り替えるとカラオケボックス内の壁が映る。
そこには、真っ赤な文字で書かれた「我々はGENOSIDE」の文。
「この事件のすぐ後です。滋賀県G区の駅前で虚人の反応があったと通報が。現地の潜入班1人とうちの機官1人を向かわせましたが、義手装具の生態信号がロスト、現在も行方不明になったままです」
捜査官が…誘拐された。とんでもないことだ…機密もクソもあったもんじゃない。
おそらくその通報もフェイクだろう。
神隠し事件でGENOSIDEの名前を出すことで現場周辺を警戒させ、階級の低い者…つまり確実にやれるやつを誘い出したということか。
「虚人か…」
「えぇおそらくこのGENOSIDEの一員なんでしょう」
「随分とまぁ…知恵が回るんですね」
繋木が拳を握りしめる。その目は決して怒りもせず只々冷淡で鋭かった。
「さて最後に、ちょうど2日前のことです。僅かですが、誘拐された捜査官の生態信号がここ魅函島から発信されているのをうちのオペレーターが発見、調べるとそこに未登録の霊脈があったと…」
霊脈の近くは基本膨大なマナが充満しており、電波や通信機器といったものは妨害されて使えない事が多く、信号の発見が遅れたのも仕方ないことだともいえる…だが。
「はっきり言って、どう考えても罠です」
「罠だろうな」
「流石にね」
満場一致。明らかに俺達を誘い込むための罠。
そんな事は夜月含め関西基地の全員がわかりきっていたことの筈だ。
助けられる可能性は限りなく低い、それに襲撃されて全滅することだって大いにあり得る。
言ってしまえばリスクしかない行為。
HOLLOWは組織だ。仲間を助けたいなどという正義感や情だけで動くことは許されない。
(何か理由があるのか…でなければ本部がこんな作戦許可するはずが無い)
「俺達は…これをチャンスだと思っています」
罠を利用してGENOSIDEを執行する。そのためのこの力の入れようという事か。
理屈は分かった。だがしかし…それでもリスクが高すぎる。ともすれば関西基地のみならず、俺達関東基地も壊滅しかねない。
(何か隠している…それとも本当に執行できる算段があるのか…)
「俺達がやるのは霊脈調査と並行しての情報収集。罠にかかってる俺等をすぐに攻撃はしてこないはず、可能な限り奴らを丸裸にします。
そして最終的に援軍と共に奴らのアジトを落とします」
「増援があるのか…どこの支部だ?」
「中国支部から機将と准機官の2名。本部から2名…いや1名か…こちらも機正です」
「おいおい…オールスターじゃないの」
まさに総力戦といったところか。だが、この作戦の要は間違いなく俺達先行組。
思っていた以上に責任重大だ…。背筋に伝う冷や汗を感じながらも、改めて気を引き締めた。
「増援到着は5日後。それまでになんとしても敵アジトを突き止め、増援を含めた全戦力を持ってこれを叩きます…!」
今この瞬間、GENOSIDE掃討作戦の幕が切って落とされた。
用語解説⑬
「HOLLOW日本支部関西基地」
HOLLOW日本支部の関西を担当する基地。
規模は関東基地とさほど変わらないが、班長である夜月 尊准機将をはじめとした優秀な捜査官と潜入班で構成されている。




