17.黄泉帰り
少しべたつく潮風がざわざわと木々を揺らし、汗を滴らせる僕達の頬を撫でつける。
「まだ初夏だってのに…ここまで暑いのは想定外だったな…」
「時摩先輩…これ……」
僕は背負ったクーラーバッグから冷えたスポーツドリンクを取り出し時摩先輩へ手渡す。
潮風もあるのだろうがそれにしても暑い。じとじととした湿度をまとった熱気が身体の熱を外へ逃してくれない。
ブリーフィングを終えた僕らは、二手に分かれて島内の捜査へと乗り出していた。
「染島さん達大丈夫でしょうか」
「ここが敵地である以上油断は禁物だが、何かあればこちらと拠点への通信を入れるはずだ。それにあいつらなら滅多なことはないだろうさ」
僕達2人で霊脈があるポイントの調査、染島さん達2人は周辺にある村落への聞き込みとなっていた。
何か収穫や万が一の事態があれば拠点で待機している夜月准機将へ連絡を入れることになっている。
「先輩から見て刺崎准機正はどうですか?」
「あ〜…そうだな。初対面の印象と資料を見ての感想にはなるが、なかなか出来るな。
能力的にも剥也との相性は良いだろうし、そうでなくとも単体で火力出すタイプの捜査官らしいからな」
そして林を進み少し開けたところへと一歩踏み出した時、空気が変わった。
先程までのうだるような暑さが嘘であるかのようなゾクリとした悪寒と圧力。そしてなにより目の前の小さな社の周りには、狛犬とでも言うかのように2体の黒い獣がいた。
「やけにマナが濃いな、さっさと片付けて調査するぞ」
「了解…左やります」
「おう。遅れるな」
肩にかけていたクーラーバッグを投げ捨て、左右から霊獣の懐へと飛び込む。
「抜闘、虚を開く鍵・アガートラム!」
即座に体内のマナを義手装具へと流し込み能力を発動、虚空に門が開かれる。
右拳に纏わせたマナが鋭き槍となり、そのまま門を介した獣の首筋へと叩き込む。
アガートラムは首を正確に捉え風穴を空けた。
横を見ると時摩先輩も既に霊獣を討伐していた。
「よし、湧き潰しだけして調査始めるぞ。結界杭は持ってるな?」
「はい…それじゃ……?」
瞬間、頭上を黒い鋭爪がきり裂く。
避けられたのはこの身体の反射でしかなかっただろう。振り返るとそこには先程倒したはずの霊獣。
おかしい。確かに霊脈は高濃度のマナ溜まりなのだから霊獣が続けて湧くこともあるだろう。だがしかし、霊獣が再出現するのが早すぎる。それに霊獣が湧く時特有の気配が全く感じられなかった。
「先輩!!」
「狼狽えるな!迎撃する!」
「っ…了解!!」
突然の急襲に驚きはしたが、倒せない相手ではない。何度も湧くなら、何度でも倒すだけだ。
「ガァァァァッ!!!」
ナイフのような牙が迫る。大丈夫だ、大した速度ではない…冷静に躱し、即座に顎へ左拳を叩き込む。
怯んだところへ虚を開く鍵で転送した右拳で頭蓋を割る。
絶命と同時にまた黒泥となり、霊獣は消えた。だがしかし…悪寒は止まらない。
「くそっ…やはりか」
地面に溜まった泥は三つに分かれ収束し、また獣へと形を成していく。
「先輩…指示を」
「あぁ、俺が隙をつくる。合図したら結界杭を刺せ」
「…はい!」
結界杭を握る手が少し震える。
(なんだこの胸騒ぎ…いや、考えるな。今はただ時摩先輩の合図を待って…)
その隙を奴らは見逃さなかった。
「がっ…!?」
霊獣はぬるりと地面へ消えたかと思うと、時摩先輩の足元をかいくぐり僕の義手装具を正確に打ち据えた。
カランと乾いた音を立て結界杭が地面を転がる。
そのまま霊獣は僕へと覆いかぶさり喉笛を狙っている。
「繋木!」
先輩もその他の2体の対処に追われ、即座にこちらには来れないだろう。
そんな中でも霊獣の冷たい鼻息と眼光がギラリと光る。
(くそっ…なんだこの力…!のしかかられて動けない…!!)
大型犬程度の大きさでありながら義手装具の腕力でも押し返せない。なんで力、いや違う。
先程倒したときよりも明らかに強くなっている。
「くそっ…!どけえええ!」
「グルルルゥ…!!」
肩口に爪が食い込み出血しているのを感じながらも、鋭牙が迫るのを止められない。
「あまり吸い込むなよ」
声が聞こえる。先輩が霊獣を対処してこちらへ向かってくれているのか?
すると視界がぐらりと歪む。
(まずいな…意識が遠のく)
痛みはない。死ぬとはこういうことなのか?
最後に見えたのは黒いスーツとフードをかぶった小柄な姿だった。
――――――――――――
繋木に結界杭を任せ、霊獣に挑んだのは良いが、どうもおかしい。
霊獣が先ほどよりも格段に強い。虚人でいえば最初は執行難度D程度だったのが、今やB相当にまで手強くなっている。
「なんなんだこいつら!!」
耐久、速度、力…そしてなにより連携のキレが尋常ではない。
(まずい、もしこいつらが…倒す度に強くなるとしたら…いずれ止められなくなる!)
焦りのせいか、霊獣の1匹がどぷりと地面へ潜り込むのを止められなかった。向かうのはもちろん結界杭を持つ繋木。
やられた。後を追うにも、残りの2匹がそれを阻むように左右から爪を振りかざす。
「どけ…!」
押し倒され、今にも喉に牙が迫っている。
(小手先の摩拳抜闘!)
「アガートラム・重撃!!」
二重の槍拳が両腕の義手装具からそれぞれ霊獣の頭蓋を貫き地面へと叩きつける。
即座に繋木へ駆け寄るが…距離がある。
(だめだ…間に合わない!)
「口と鼻を塞げ。あまり吸い込むなよ」
ぴんっと軽い音を立てて足元にカプセルのようなものが転がるが突如、カプセルははじけ、もうもうと煙が立ちこめる。
(煙!?いや、この感じ…ガスか!!)
咄嗟に口を覆うが…少し吸い込んでしまった。たちまち意識が遠のく…。
(くそっ…何が…??)
――――――――――――
「スタンピードの英雄に首席卒業の機官と聞いていたが…この程度か」
フードをかぶった少年が小さく呟いた。
ザザッとしたノイズと共に通信機から野太い男の声が流れる。
『宇沙美ちゃ〜ん。そろそろ着いたかしら?』
宇沙美と呼ばれた少年はその声に少し顔をしかめる。
「こちら宇沙美。睡眠ガスは撒いたが、対象には効いてなさそうだ。特別執行許可を申請する」
『そうね〜。倒す度に強化される霊獣…義手装具では火力は足りなさそうね、いいわよ許可するわ』
「了解、殲滅する」
通信を切ると共にパチンと首に着けられたマナを封じるチョーカーのロックが外れる。
同時に宇沙美の足が紫の炎を纏い爆発的に燃え上がる。
「…紫炎脚」
その紫炎に反応したのだろうか、男に覆いかぶさっていた霊獣と再生し、増えた霊獣合わせて4体が一斉に飛びかかる。
(変型・穿…!)
「繊月」
囁くと同時に紫炎を纏った回し蹴りが三日月の様な軌跡を描き霊獣を薙ぎ払う。
蹴りを受けた霊獣達は音も立てずに弾け飛び、黒泥が灰となって振り注ぐ。
「…任務完了した」
結界杭を拾い地面へと突き立てると、宇沙美は倒れ伏す捜査官2人に目もくれず、背を向けて森へと消えていったのだった。
用語解説⑭
・結界杭
突き立てた地点から半径50メートルに任意の効果付き結界を一時的に作り出す杭型の携帯装置。
※今回繋木達が用いた杭は結界内のマナを遮断する効果




