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第百五十五話『一つの終着点』

イデアル!ステル!二人とも無事だったんだな!ということは、ダンジョンをクリアできたのか!?」

満身創痍の二人のもとへ、ポタモが一目散に駆け寄る。

「ああなんとかな。イデアルのおかげだ」

ステルが短く答えた、その直後。

「ビュルルルーーッ!!」

ポタモの毛並みの奥から、ゼリーのような物体が勢いよく飛び出してくる。

「うおっと!お前、そんなところに隠れてたのか!?」

ずっと帰りを待ちわびていたのだろう。ビュルルは一直線にステルへ飛びつくと、そのままむぎゅうっと絡みついた。

「ビュルリルリンッ!」

「ははっ。よしよし、待たせて悪かったな」

ステルはビュルルのぷにっとした身体をそっと抱き上げると、そのまま胸元へ抱き寄せた。

 

「あのダンジョンを…破った…?く、下らん妄言を吐くな!」

エシュミラは目を見開き、ステルを鋭く睨みつけて叫ぶ。その声音には怒気だけでなく、大きな動揺を孕んでいた。

「ん、誰だお前。そんなおっかねぇ顔して急に――」

ステルが歩み寄ろうとすると、イデアルが手で制止する。

「いいの、あとは私が話すから。ステルは早く、仲間たちの元へ戻りなさい」

「…分かった。よく分からんが二人共!ボロボロなんだから無茶すんなよ」

そう言い残し、ステルは意識を失ったミカと、その介抱に追われているパコのもとへ駆け出していった。


✳︎ ✳︎ ✳︎

その背を見届けてから、イデアルは改めてエシュミラへ向き直る。

「さてと……どこから話をしようかしら」

「キサマと話すことなどない」

エシュミラはイデアルの方を見ようともせず、吐き捨てるように言い放つ。

「……"魔王・リディギュラ"が死んだわ」

「――ッ!?」

その一言で、エシュミラの表情が激変した。ぴくりと頬が引きつり、今まで意図的に逸らしていた視線が、吸い込まれる様にイデアルへ向く。


「そんな馬鹿な……あり得ない……!キサマごときが、四魔凶たるあのお方に勝てるはずがない!あの方が敗北したのは、後にも先にも“勇者”だけ――」

「その勇者が、さっきの彼よ」

「……ッ、ふざけるな!あんな変質者のどこが勇者だという……! 戯言も大概にしろ!」

「まぁ、普通の感性ならそうなるわよね。けど彼の勇者としての素質は本物よ。ユニークスキル:断捨離(だんしゃり)…フフ、先代の勇者に少し似ているでしょう?」


「くだらない――くだらない、くだらない、くだらない!」

怒りに震える声。だがその奥には、どうしても拭いきれない焦りが滲んでいた。魔王の死。勇者の再来。どちらも彼女にとっては、決して認める事が出来ない事実だった。

「そんな与太話をわざわざ聞かせるために、私の前へ現れたのか!?相変わらず良いご身分だな!この国の命運は、今この瞬間も私が握っているというのに!」

エシュミラはゆらりと立ち上がる。

そして次の瞬間、自らの長く鋭い爪を、自らの首筋へと突き立てた。たらりと、鮮血がわずかにしたたる。


「私が死ねば、"ハルモニの塔"は同時に崩壊する!そうなれば、キサマが築き上げた文化も歴史も、この国も終わりなんだよッ!」

「……」

イデアルは、口を開かずただ静かにその様子を見つめていた。

「アハッ、ハハハッ!どうした?なんとか言ってみろよ!」

「どこまでも、素直じゃないんだから」

「……は?」

その一言に、エシュミラの笑顔がぴたりと消える。

「アナタの目的が最初から“ハルモニ”の破壊だったのなら――そんな回りくどいこと、する必要なんてなかったはずよ」

「ぐ……っ!」


イデアルは、彼女の正面へゆっくりと向き直ると。

「ごめんなさい」

そう言って。深く、深く頭を下げた。

「今度は何のつもり……」

「今まで、たった一人で何千年も……辛かったでしょう」

「な、何言ってん……」

「本当は、分かってる」

顔を上げたイデアルの瞳は、どこまでも真っ直ぐ凛としていた。敵視ではない。遥か遠い昔の――大切な幼馴染である一人の少女を見つめていた頃と同じ目をしていた。

「本当は、人間を本気で滅ぼしたかったわけじゃない、でしょう?」

「違う……」

「アナタはただ、怖かったのよ」

「違うッ!」

「蹂躙される人々。逃げ惑う人間たちを、容赦なく喰い殺していく魔物の群れ――そして希望の象徴であったはずの、虹彩の女神が目の前で殺された」

「やめろ……」

「あの瞬間、アナタの中で何かが決定的に壊れてしまった」

「やめろって言ってるだろ……!」

「だから、従うしかなかった。抗えば殺される。アナタは私と違って家族も兄弟もいた。自分も周りも何もかも失うとそう思ってしまった。だから自ら、四魔凶に従っていたんでしょう」

「違う……違う、違う違う違う……!!」

エシュミラは必死にイデアルの言葉を遮ろうとする。


「人間なんて、矮小で、頼りなくて、すぐに裏切る最低の生き物!だからいなくなるべきなんだ……!」

爪が首筋にさらに食い込み、赤い筋がつうっと流れる。

「なのに……なのにあいつらは、しぶとくて……!矮小で、愚かで、弱いくせに……何度叩き潰されても、何度絶望に沈められても……また立ち上がって……!」

何千年も押し殺し、塗り潰し、見ないふりをしてきた感情が、今ようやく喉を裂いて溢れ出す。

「私は……人間として生きることをやめたの……!裏切って、見捨てて、魔物の側に立った……!そんな私が……今さらどんな顔をして……!」

「アシュメダ、もういいの」

「よくないッ!!」

その叫びは、もはや子どものわがままの様だった。

「よくない……!私は、とっくの昔に許されちゃいけないところまで来た……!だからもう、こうするしかな――」


「そんな事は、ないと思います」

イデアルではない。エシュミラがはっと振り返ると、そこに立っていたのは、意識を取り戻したミカだった。

「アシュメダさん……ううん。やっぱりいつも通りエシュミラって呼ぶわ。私はアンタの過去をほとんど知らない。分からないことだって、沢山あるわ。だから、昔のことを知ったように語るつもりもない」

ミカはゆっくりと一歩、彼女へ歩み寄る。

「でもね。隻腕の復讐者を追ってから、ずっと少しずつ感じてたことがあるの」

「……」

三宮(ヴィーナス)の妖精達も、他の先生達も、さっきの散蘭だってそう、アナタは誰一人として"トドメ"を刺していない。この学院には優秀な治療魔術師だってたくさんいる。なのにその人たちはみんな無事だった。それってつまり――アンタが本気で全員を殺すつもりなら、いくらでもそうできたはずなのに、しなかったってことでしょ?」

エシュミラの指先が、ぴくりと震える。

「だから私は思ってた。心のどこかでずっと迷ってたんじゃないかって」

ミカの言葉に、エシュミラは何も言い返す事なく、ただ唇を噛み俯いている。

「……だからといって、今回のことが許されるわけじゃないわ」

「じゃあ……やっぱり私は"罰"を受けて、死を受け入れるべき――」

「いいえ。アンタが背負うべきなのは、"死"という罰なんかじゃない。しっかりと生きて、自分が起こした"罪"を償うことよ」

ミカは真っ直ぐエシュミラを見つめながら、はっきりと告げた。


「……ひぐっ……う……ぅう……ううう……!!!」

次の瞬間。エシュミラの瞳から、堰を切ったように大粒の涙がぼろぼろと溢れ落ちた。四魔凶が現れてから千年以上。

その長すぎる歳月の中で、一度たりとも流れることのなかった涙だった。まるで長年その身に取り憑いていた呪いが、ようやく剥がれ落ちたかのように。エシュミラはその場に崩れ落ちる。

ミカはすぐに駆け寄ると、倒れ込んだ彼女の身体をそっと抱き寄せ、優しく囁いた。

「大丈夫。誰だって過ちを犯すことはあるわ。……でも、やり直す機会(チャンス)だって、きっとある」

「うぁあああぁああぁああぁんっ!!!」

子どものような嗚咽が、静まり返ったその場に響く。張り詰めていたものを全部吐き出すように、エシュミラはミカの胸の中で声を上げて泣き続けた。


「四魔凶なんて、大した事ないわ」

ミカはその背を撫でながら、力強く言う。

「そんな奴ら、私の炎魔法でイチコロよ!だからアンタも、もう一人で全部背負おうとしないで」

「うぅ……ぐすっ……ミガぁ……っ……うぅううう……!」


「ミカ、大きくなったのぅ……」

そんな二人の様子を、パコはステルと少し離れた場所から見つめながら、ハンカチで目元を拭う仕草をした。

「パコは変わらず小さいけどな」

ステルがそう言って、ぽんぽんと軽く頭を叩く。

「うるさいわいっ!パコだって優秀な“鑑定スキル”を手に入れたし、妖精の友達だって出来たんだぞっ!」

胸を張って言い返すパコに、ステルは思わず吹き出した。

「ハッハッハ。そいつは頼もしいな」

ひとしきり、そんなやり取りを交わした後。

「ま、なんだかんだ。これにて一件落着だな」

「うむっ」


こうして、長きにわたる七宮対抗魔法祭しちぐうたいこうまほうさい――もとい、"隻腕の復讐者"との戦いは、結末を迎えるのだった。

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