第百五十四話『灼天壊星-プロミネンス・フレア』
「信じられん……!押してる、少しずつ押し返してるぞっ!」
ぶつかり合う二対の魔女。つい先ほどまで追い込まれていたミカだったが――本来の"純然たる太陽"の力を解放したことで、状況は一変する。ミカの放った灼天壊星が、じりじりとエシュミラ側へと押し返し始めていた。
「ぐっ……!認めてやるよ小娘……!その瞳、その魔力は紛れもない“魔女”の証だ」
「けどなァ゛!!」
感情に呼応するように、魔力がさらに膨れ上がる。
「そんな土壇場で引き出した力如きで――私に勝てると思ってんじゃねぇえええええええッ!!!!」
瞬間、彼女の背後に無数の黒い影が浮かび上がる。それは矢の形を成し、禍々しく脈動していた。
「来るぞっ!またあの攻撃だっ!」
ポタモが叫ぶ。すでに何度も目にしてきた、あの黒矢の雨。だが今、ミカは杖に魔力を集中させている状態。両腕は塞がっており、別の魔法で迎撃する余裕はない。
「ここは任せろ――!」
ポタモが前へ飛び出し、防御盾を展開しようとしたその瞬間。
「邪魔すんなァ!獣人風情がッ!!!」
ギィイィイイイン――ッ!!
エシュミラの左目が、妖しく閃いた。
「か……は……っ」
視線が交わったその刹那。ポタモの全身から、ぷつりと糸が切れたように力が抜ける。浮遊していた体はゆらりと傾き、白目を剥いて地面へ倒れ込んだ。
――完全に、意識を失っている。
「おい!オマエしっかりしろ、おい!!」
バサラが駆け寄り、ポタモの体を必死に揺さぶる。
だが反応はない。ぴくりとも動かず完全に意識を失っていた。
そうこうしているうちに、放たれた黒矢の群れは、すでにミカの眼前まで迫っていた。
「チッ……くそったれがぁッ!!!」
残された魔力はもはやゼロ。今の彼は、生身の人間と何ら変わらない。満身創痍。立っているだけでも奇跡のような状態だ。
それでも――頭で考えるより先に、彼の体は勝手に動いていた。
「血迷ったな!先生もろとも串刺しにしてやるよ!!」
万策尽きる。きっと誰もがそう思った――その時だった。
「いやはや、こりゃ戻ってきて正解じゃったぜよ」
カチン――!キンキンキンキンキンキンッ!!
乾いた金属音が闘技場に響き渡る。同時に、目にも止まらぬ斬撃音が轟いた。無数の黒矢は、その先端だけを寸分違わず断ち切られ、力を失ったように霧散していく。
「なっ――!?」
気づけば、そこには見慣れない一人の少年が立っていた。
さらりと揺れる白い長髪。和服に身を包み、腰には大小二振りの刀。片手には、今しがた抜き放ったばかりの刃が静かに収まっている。その姿は、修羅場のど真ん中に現れたというのに、妙なほど落ち着き払っている。
「そ、そんなはずは!!」
エシュミラが初めて明確に狼狽の色を浮かべる。魔法でもない、ただの物理斬撃。本来ならばそれが、自らの魔法へ干渉できる道理はない。
「今じゃ!押し切るぜよ!」
少年の声が鋭く飛ぶ。その一言で、ミカの意識がはっと引き戻される。
「――ッ!」
ほんのわずかな一瞬。エシュミラの魔力が乱れたこの一瞬の好機を逃してはならない。
「はぁああぁああああああああああーーー!!!!」
ミカは残された魔力の殆どを杖へと注ぎ込む。
灼けつくような超高熱。それは、使い手であるミカ自身ですら今すぐ手を離したくなるほど凄まじく、杖を握る掌を容赦なく焼いていく。それでもミカは、歯を食いしばって耐え抜いた。
その想いに応えるように、灼天壊星が、ドクン、と一際大きく脈動する。
「なっ――!?」
押し返される。呑み込まれる。青白き魔力の奔流を真正面から粉砕しながら、ミカの太陽は咆哮するように突き進んだ。
「そんな……ありえな――」
次の瞬間、極大の光がエシュミラの姿ごと呑み込み、闘技場そのものを真っ白に染め上げた。
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しばらくの間、視界は白一色だった。やがて埋め尽くしていた光がようやく薄れ始め、閉ざされていた景色が少しずつ輪郭を取り戻していく。そこに広がっていたのは、もはや闘技場とは呼べぬほど変わり果てた光景だった。バトラシオン闘技場は、その大半が無惨に崩れ落ち、砕けた瓦礫が辺り一面に散乱している。
見上げれば、天井はごっそりと吹き飛び、ぽっかりと穿たれた大穴の向こうに、夕焼けへと染まりゆく空が覗いていた。
「か、勝った……のか……?」
ふらつく頭を押さえながら、意識を取り戻したポタモがかすれた声で呟く。
「ミ、ミカ!」
はっと我に返ったポタモは、慌ててミカのもとへ駆け寄った。
彼女は杖を握ったまま、目を瞑りその場に倒れ込んでいる。近くにはバサラの姿もあった。二人とも微動だにしないその姿に、ポタモの表情が青ざめる。
「おい、しっかりしろ!ミカ!バサラッ!!」
「心配はいらんき。二人ともちぃと意識を失うちゅうだけぜよ」
「ア、アンタは……?」
見覚えのないその男に、ポタモが問いかける。
「なぁに、名乗るほどの大した者じゃあないがの。わしは剣の腕ぁ磨きながら、あちこち気ままに流れゆう――所謂しがない流浪人、虎狛いうもんぜよ」
「虎狛……もしかして例の"竜殺し"か!?」
「はは、そいつぁ勘弁してほしいの。その異名はあまり好きじゃないき。なし崩しにそうなってしもうただけで、わしも竜そのものは嫌うちょらん。むしろ奴らぁ、つぶらな瞳をしちょって可愛いきの」
「そうか、それは失礼したな」
そんな些細なやり取りを幾つか交わしていた頃。
ガラ……ッ。崩れた瓦礫の山が、小さく揺れる。
「……ッ!」
全員の視線が一斉にそちらへ向いた。砕けた石片を押し退けるようにして、ゆらりと一つの人影が立ち上がる。
「ハァ……ハァ……ハァ、ハァ……ッ……!」
エシュミラだった。衣服は無惨に焼け焦げ、あちこちが裂け、白い肌には黒ずんだ煤と裂傷が痛々しく刻まれている。
片足を引きずりながらそれでもなお、その双眸だけはこちらを睨みつけている。
「ま、まだ……立ち上がれるのか!」
「いんや、よう見てみい」
虎狛が静かに顎をしゃくった。よく見れば、エシュミラが先程まで握っていた禍々しい巨大な杖は、根元から無惨にへし折れていた。魔術師にとっても、魔女にとっても、杖は力の制御と増幅を担う命綱。それを失った今の彼女は、もはや本来の最大出力を引き出せない。さらに――あの不気味な魔眼も消えていた。
先ほどまで異様な輝きを放っていた瞳は、すでにいつもの色へと戻っている。
「ま、まだ……終わって……ない……ッ」
エシュミラは肩を震わせながらも、一歩ずつこちらへと歩みを進める。底知れぬ意地と執念。
張り詰めた空気が、再び闘技場を覆いかけた――その時。
「ミカーーーー!!無事かーーーっ!!」
崩れた入り口から、土煙を巻き上げるようにして駆け込んできたのはパコだった。その後ろには、避難していた学院の生徒たちも何人も続いている。皆一様に息を切らし、煤だらけの顔に不安と焦燥を滲ませていた。
「爆発があったから、いてもたってもいられず戻ってきたぞっ!」
パコは叫びながら辺りを見回し、崩れ果てたバトラシオン闘技場の惨状に目を見開く。
「パコ!ミカは無事だ!でもまだ青雀の魔女がそこに……!」
「ななんと!魔女とな!?」
パコは瞬時に身を構えようとしたその時だった。
「――動くな」
エシュミラが呟く。
「私を倒せば、同時にこの国は終わる」
「ど、どういう事だ?」
「フォルトゥーナの心臓部……"ハルモニ"の塔。あそこには、この都市全体の魔術師から集めた魔力の八割が常時流れ込んでいる」
エシュミラは息を切らしながら、なおも続ける。
「私はそこに、自分の命を起動条件にした時限式の魔術式を組み込んだ。私が死んだ瞬間――術は発動しこの国のインフラは全部止まる。灯りも、防壁も、何もかもね」
「ハ、ハッタリだ!そんな魔力が今更どこに残ってる!」
「塔そのものは頑丈だよ。並の魔術師じゃ束になっても傷一つ付けられない。でも、命を代償にした魔法は別格」
「くっ……!」
「大人しくそこで呆然と、自らの過ちを悔いるがいい!」
エシュミラが嗤う。その足元から伸びた影が、どろりと不気味にうねりながら広がっていく。まるで意思を持つ黒泥のように、瓦礫を、空気を、この場のすべてを呑み込もうとするかのように。
誰もが動けず、その場に立ち尽くしていた――その時だった。
「もう十分よ。あなたの思いは、ちゃんと伝わった」
凛とした女性の声が、頭上から降ってくる。
全員が、はっとして空を見上げると、崩れた天井の大穴から、夕焼けに染まり始めた空を背にして、二つの影が見える。
次の瞬間、二人の姿は風のように掻き消え――気づけば、エシュミラの目の前に立っていた。
「なっ……!?」
エシュミラの瞳が揺れる。長い銀髪を夕焼けに滲ませながら、その女は静かに微笑む。
「久しぶりね。青雀の魔女――」
その声音は穏やかで。それでいて、一切の揺るぎがなかった。
「――いいえ。私の友人、"アシュメダ"」
「ッ……イデアル!」




