第百五十三話『魔女とは』
「そんな……!!」
「分かったでしょ。魔女とは本来――四魔凶によって選別され、特別な魔力を与えられた存在。人間の身でありながら、人類と敵対するために作られた"兵器"なのよ」
エシュミラはあまりにもあっさりと言い放つ。
「嘘っ……そんなの嘘よ!七彩の魔女が魔物達に生み出されたなんて、そんなわけない!」
ミカは唇を強く噛みしめ、首を何度も横に振る。
否定するように、必死に。
「はぁー……カッチカチだね、あんた。歪んだ歴史の洗脳教育が、ずいぶんと染み付いてるみたい……まぁいいわ。信じるか信じないかはあんた次第」
エシュミラは肩をすくめ、くすりと笑う。
「その後はお決まりの展開よ。どこからともなく現れた伝説の勇者によって、四魔凶は討たれる。めでたしめでたしってね。で、その時。魔女達は勇者の能力によって、四魔凶の支配から解放された。代わりにその時の記憶を、丸ごと失ったの――ただ一人を除いてね」
「それが……青雀の魔女だっていうの……?」
「ご名答♡」
エシュミラの笑みが、わずかに深くなる。
「なんで彼女だけ記憶を失わなかったと思う?」
「…………」
しばしの沈黙。ポタモも、バサラも、ミカも。誰一人として口を噤んでいる。
「時間切れ〜。四魔凶に従ったのは、命令されたからじゃない。青雀の魔女は七人の中で唯一、最初から自分の意志で、“そっち側”に立ったのよ」
「なんだとッ!?」
明かされる真実は、あまりにも歪で、あまりにも残酷だった。
エシュミラが語る歴史は、ポタモがこれまで信じてきたものとは、根底から食い違っている。
青雀の魔女は、かつて魔物との激しい戦いの中で命を落としたとされていた。人類側として最後まで抵抗し戦い抜いた、悲劇の英雄。そうして魔術史にその名を刻んだはずの存在だったのだ。
「それじゃあ、イデアルのせいってのは…」
「そのまんまの意味。四魔凶は最終的に勇者に倒された。けど私は違う。最後まで魔物側として戦いそして――」
その名を口にする瞬間だけ、エシュミラの声色が明らかに変わる。
「イデアル。あの女に、殺されたのよ」
「……っ!?」
言葉が出ない。何か言おうとしかけても、発する直前で喉が震えて拒絶する。
「でもね、私は見事転生した。死の直前に発動させた輪廻転生の禁術によって、気の遠くなるような時間がかかったけど……それでも辿り着いた」
エシュミラはゆっくりと、自分の胸元へ手を当てる。
「それで生まれ直したのが――この私」
その表情は、どこまでも真剣そのものだった。
くだらない妄言だと一蹴するには、あまりにも語られた真実が生々しすぎる。エシュミラの話は少しずつ、しかし確実に、現実味を帯びていく。
「エシュミラが……青雀の魔女の、転生体……」
「これは全部、記憶の中の過去の話。だけど、正直時間が経過しすぎて、自分自身のことに思えない部分も沢山あった。だからこそ、転生してから幾度となく名前も顔も変えて、ユーディリア中を旅して回ったわ。人間と魔物、その両方を改めて“見て”やろうと思ってね」
ドゥニュオオオンッ――!!
エシュミラの周囲で、魔力がさらに一段爆発的に膨れ上がる。
「そしたらどう?魔物達のほとんどが言葉を交わせないのをいいことに、人間共はどいつもこいつも偉そうに魔法をひけらかして、立派な“魔術師”気取り。まるで自分達が神か何かにでもなったつもりで、堂々と驕り高ぶって――」
その声には、隠そうともしない嫌悪が滲んでいた。
「心底吐き気がする」
その言葉と同時に、エシュミラの瞳の色がゆっくりと変化する。
右は、澄み切った群青の海を思わせる、冷ややかな青。
左は、雪のように白いだけではない、感情すら塗り潰したかのような純白。左右でまるで異なるその双眸は、彼女の内に渦巻く憎悪と狂気が、そのまま表へ滲み出たようだった。
「魔女の瞳……イデアルと同じ……!」
エシュミラの語る真実がどこまで本当なのか――その真偽は分からない。だが一つだけ、確かな事実があるとすれば。
彼女が、“魔女にしか宿らない特殊な瞳”を持っているということ。
「――そして私は辿り着いた。魔法を“人類の叡智”だなんて雄弁に語り、多くの人間を洗脳している元凶―― 白鷺の魔女・イデアルに」
「……それが理由で、この学院にアンタは入学したの?」
「もう十分でしょ?人類が発展したのは、魔力――つまり幽世の力のおかげ。それなのに、本来の事実を捻じ曲げて手にしたこの“偽りの歴史”……そんなもの、私が"終わらせてやる"」
エシュミラの両目が、ぎらりと輝く。
「時は満ちた――この学院は、私の復讐への第一歩……人類の驕り高ぶったその鼻っ面、私がへし折ってやるよ!!!」
瞬間、エシュミラと杖が光り輝くと、ミカの方向へ目掛けて容赦なく振り下ろした。満月のような青白い光の球体が、爆発的に膨張し襲いかかる。
「くっ……!!」
迫り来る圧倒的な魔力の奔流。ビリビリと、体の芯まで伝わってくる圧力が、ミカの全身を軋ませる。
「ミカッ!やっぱり無理だ!あんなもの到底……!」
ポタモの絶叫が響き渡る。
「はぁあああああああああああああああああッ!!!!!」
ミカもまた、叫びとともに杖を振りかざした。全身から搾り出すようにほぼ全魔力を叩き込み――放たれるのは、黒く歪んだ球体。“黒い太陽”のようなそれが、一直線にエシュミラのアストラ級魔法へと激突する。
バジジジジジジジジジジジジジジジジジ――ッ!!!
「くぅ……うう……ぐぅ…………っ!!!」
真正面からぶつかり合う両者の魔法。
一見すれば、ほぼ互角に思えた。だが実際には、じわじわと、確実にミカの方が押し込まれていく。
「アハハハハハッ!!マカの娘だかなんだか知らないけど、覚醒もしていない小娘如きが、私の「藍無想に立ち向かう?魔女を舐めるな小娘がァ!!!」
その時だった。
「……俺んとこの奴らは、ほんと問題児ばっかだな。ったく」
バサラが低く呟く。その身はすでにボロボロ。
魔力もほとんど残っていない。
(やっぱ火楼羅は無理か……クソッ)
歯噛みしながらも、バサラは残された力を振り絞る。
「爆裂獅子!!」
ボフンッ!
バサラが放ったのは、エシュミラに致命傷を与えるには程遠い一撃。少しでも意識を逸らし、魔力の流れを乱すための苦し紛れの援護だった。
魔法はエシュミラへ直撃する。
――が、彼女は微動だにしていなかった。
蚊が止まった。否、そもそもそれ以前の話。
エシュミラにとっては、気に留める価値すらない些事だった。
その視線は変わらず最初から最後まで、ただひたすらにミカだけを捉えている。
「クソが……!!どうなってんだよアイツ……!」
青雀の魔女として覚醒したエシュミラに、生半可な魔法など通用しない。その事実が、残酷な形で突きつけられる。
「往生際が悪ぃんだよ!さっさと諦めろ!そんなことをしても無駄……」
「うるさい!」
負けじと、ミカが叫び返す。
「アンタの言ってた話……全部が全部、理解できないってわけじゃないわ。たしかに私たちは、魔物が人類の脅威だっていう理由で、今まで沢山争ってきた。魔力だって、本来は魔物の力だった――そう言われれば、納得できる部分もある」
「だったらさっさと罪を認め――」
「でも!!だからって、イデアル様に八つ当たりして――何の罪もない、この学院のみんなを傷つけていい理由にはならないわ!」
その言葉には、迷いも濁りも一切ない。
ミカは自らの信じた正義を、真正面からぶつけていた。
「ハァ……?たかが小娘に何が分かるっての!」
エシュミラが吐き捨てる。
それでもミカは、怯むことなく叫び返した。
「"大いなる力は、使う者の心を映す"って、私のお母さんが言ってた。ナイフが料理にも、人を傷つける道具にもなるように。大事なのはどう使うかが、その人の本質でしょ!魔力だって同じよ!誰かを守るために使える!少なくとも私は、魔力のおかげで救われた人たちをたくさん知ってるわ!!」
ミカは杖を握る手に、さらに力を込める。
「私は信じてる。いつか魔物と人間が、ちゃんと手を取り合える日が来るって!!」
「戯言だ!!人間と魔物が手を取り合う?そんなもの、四魔凶が黙って見過ごすわけがない!」
「――だったら!!私とステルとパコ――三人で、四魔凶まとめてぶっ飛ばしてやるわよ!!」
その時、ミカの両眼に変化が起きた。
右目は炎のように濃く燃える紅に、左目は太陽を削り出したかのような眩い黄金の輝きを放つ。相反する二色の眼が同時に輝いた瞬間、彼女の内に眠っていた力が一気に噴き上がる。
偶然でも錯覚でもない。内に秘めていた“魔女”の力が、今まさに彼女の中で覚醒しようとしていた。
「はぁあああぁぁああああああああ――ッ!!!!!」
ミカの放った“黒い太陽”が、ドクンと脈打つ。
闇に塗り潰されていた球体が、内側から焼けるように光を取り戻し、やがてその色を反転させるように、本来あるべき輝きへと姿を変えていく。
現れたのは、すべてを焼き尽くす純然たる太陽の力。
「灼天壊星アストラ!!」




