第六話 『おっさん(3歳)、おねショタの危機と使用人たちの包囲網』
完璧なステルス(隠密)生活を誓ってから、早いもので2年が経った。
俺はめでたく3歳になり、ムルターシュ侯爵家の広大な屋敷と庭をトコトコと走り回れるくらいには成長していた。
(ふふふ、この2年間、俺のステルスミッションは順調そのものだぜ)
周囲からの俺の評価は「少しおっとりしていて、読書(絵本)が好きな、至って平凡で可愛い男の子」。
だが、その実態は、24時間365日、体内だけで魔力を超高速循環させ、前世の国家機密レベルの魔力量を蓄え込んだ『歩く戦術兵器(中身:40歳おっさん)』である。
そんな俺にとって、日々の平穏を脅かす個性豊かな使用人たちが、この屋敷には揃っていた。
*
「アルベルト様〜! お昼寝の時間ですよ。さあ、ベッドへ行きましょうね」
そう言って、極上の笑みを浮かべて両手を広げるのは、優秀な専属メイドのキャリー(18歳)だ。
(くっ……! 3歳児の肉体、おそるべし……!)
どれだけ中身がおっさんだろうと「圧倒的な睡眠欲」には勝てない。
そして、お昼寝の時間になると、キャリーは当然のように俺を抱っこし、添い寝をして寝かしつけようとしてくる。俺にとってはこれが一番の命がけのデスゲームだった。
(寝る=意識を手放す=体内の魔力コントロールが切れる!!!)
もし熟睡して無意識に魔力が漏れ出したら一発でバレる。俺は毎日のお昼寝のたびに、**『完璧な寝息を立てつつ、脳の1割だけを起こして魔力を制御し続ける』**という、国家スパイ並みの高度な政治的駆け引きを強いられていた。
「すぴ〜……すぴ〜……」
「あら、もう寝ちゃいましたか? 本当に手のかからない、良い子ですねぇ」
(あぶねえええ! 今ちょっと魔力の流れが右足に偏った! 戻せ、お腹の奥に引っ込めろ俺の魔力……!)
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無事にお昼寝の危機を脱し、午後はお気に入りの庭の散歩へ出かける。
そこで待ち受けているのが、第二、第三の伏兵たちだ。
「わわわっ!? あ、アルベルト様、危ないですからどいてくださいぃぃぃ!」
派手な悲鳴とともに、派手にすっ転んだのは、新人メイドのミーナ(16歳)だ。
絵に描いたようなドジっ子で天然な彼女は、お茶を運べば溢らし、雑巾がけをすれば滑って転ぶ。今も、俺の目の前で持っていた大量の洗濯物をぶち撒けていた。
(おいおい、ミーナちゃん。危ないのは君のほうだよ。……おっと)
ミーナが転んだ拍子に、中庭の大きな大理石の植木鉢がグラリと傾き、彼女の頭上に落ちそうになる。
(チッ、しょうがねえな! 労働災害は未然に防ぐのが元サラリーマンの義務だ!)
俺はトコトコと歩くフリをしながら、体外にギリギリ漏れない極小の『風魔術』を足元からピンポイントで放ち、植木鉢の傾きをそっと押し戻した。もちろん、誰の目にもただの偶然にしか見えない。
「ふえぇ……頭を打つかと思いました。やっぱり私、ダメなメイドですぅ……」
(いや、今のは普通に危なかったからね? 頼むから俺のステルス生活圏内で事故を起こさないでくれ。心臓に悪い)
「おーう、ミーナの嬢ちゃん、またやらかしたのかい?」
豪快に笑いながら現れたのは、庭師のゴードン(45歳)だ。
日に焼けた肌に、渋い髭を蓄えたナイスミドル。前世の俺と年齢が近いこともあって、なんとなく親近感があるオヤジさんなのだが、彼もお茶目というか、大雑把すぎる悪癖があった。
「アルベルト坊ちゃん、見てくだせえ。新しいハサミの切れ味が良すぎて、大事な植え込みを丸ハゲにしちまいました、ガハハ!」
(ガハハ、じゃねえよゴードンさん! 親父殿に見つかったら大目玉だぞ!)
ゴードンが頭を掻きながら、ハゲ散らかった植え込みを見て困り果てている。
俺はミーナの洗濯物を拾うフリをして、しゃがみ込みながらそっとハゲた土に手を触れた。
(『成長促進(極小)』……よし、これで明日の朝には元通りだ)
ほんの一瞬、指先から植物の成長を促す緑魔術を流し込む。これももちろん、ステルス(無詠唱・無音)だ。
「あれ? おかしいな。さっきまで丸ハゲだった気がするんですが……気のせいかしら?」
「おう、嬢ちゃんの目はいつも節穴だからな! さて、仕事に戻るか!」
(ふぅ……。この屋敷の使用人たち、俺が裏でひっそり『残業(神フォロー)』してやらないと、いつか崩壊するんじゃないか?)
「アルベルト様、そんなところで泥を触ってはダメですよ。さあ、手を拭きましょうね」
追ってきたキャリーが、俺の手を優しく包む。
「アルベルト様は本当に優しくておっとりしていらっしゃいますね。ミーナやゴードンがドタバタしていても、いつもニコニコと見守ってくださって。将来はきっと、穏やかで優しい旦那様になられますわ」
キャリーは俺の手を握りながら、未来に目を輝かせている。
(いやいや、キャリーさん。俺は5歳の鑑定の儀で『凡才』の判定をもらって、そのまま一生この実家でパラサイト・スローライフを決める予定だから。期待の眼差しは親父殿にだけ向けといて!)
俺はキャリーの手を握り返し、これ以上ない無邪気な3歳児の笑顔を返した。
「あい! アル、みんな、だいしゅき!」
「きゃあ! 可愛いっ……! ミーナ、ゴードン、聞きましたか!? 坊ちゃまが『だいしゅき』って!」
「ふえぇぇん、坊ちゃまの優しさが心に沁みますぅぅ!」
「ガハハ! こりゃあ明日はもっといい果物を獲ってきてやらねえとな!」
(よしよし、これで全員の好感度と油断を勝ち取ったな。計画通りだ)
こうして、使用人たちのドタバタ劇を裏で完璧にワンオペフォローしつつ、おっさんのステルス生活は3歳になっても完璧に維持されていた。
「ただの可愛い、おとなしくて平凡な坊ちゃん」という認識は、屋敷全体でさらに強固なものになっていく。




