第三十九話『監査対策技術と、完璧すぎる偽装書類』
「絶対に嫌だ!
なぜ教育カリキュラムを魔石に丸投げしただけの俺が、
他国からの『教育視察団(システム監査)』の対応をしなきゃならんのだ!」
王立アカデミーの部室に、俺の魂の絶叫が響き渡っていた。
デスクの上に置かれているのは、他国の教育同盟から届いた、公的な監査予告通知。
そこには『アルベルト閣下の革新的な教育カリキュラムについて、その運用実績と指導案の整合性を現地査察する』と書かれている。
「あきらめろ、アルベルト。
お前が『自動FAQシステム』で完璧な授業を構築したせいで、周辺国が『魔法教育のパラダイムシフトが起きた』と大騒ぎしているんだ。
視察団の代表は、あの厳格さで知られるロザリア王国の主席監査官だぞ」
マルクは眼鏡をピシッと押し上げ、監査のチェックリストを俺の前に突きつけた。
「さらに問題なのは、お前の部室だ。
ここにはサボり用のお菓子、ゴロゴロするためのソファ、遠隔操作用の怪しい魔道具が散乱している。
これらが監査官の目に入れば、一発で『職務怠慢』のレッテルを貼られ、教育総監の椅子を剥奪されるどころか、学園の信用問題に発展するぞ」
「最悪の事態じゃないか!
いいかマルク、監査を舐めるなよ。
前世のブラック企業時代、俺が最も恐れていたのは『ISO取得監査』と『コンプライアンス定期チェック』だ。
奴らは重箱の隅をつつくように欠点を探し出し、現場の仕事を根こそぎ奪っていく天敵だ!
俺の憩いの場であるこの部室と、定時退社ライフを奴らの手で汚されてたまるか!」
平穏なサボり環境と、部室のプライバシーを守るため、
俺の脳細胞は、前世の社畜時代に何度も乗り越えてきた「監査をやり過ごすための書類偽装と現場隠蔽のノウハウ」をフル稼働させた。
そして、一つの「鉄壁の監査対策マニュアル」を構築する。
「よし、マルク。
こういう厄介な査察を乗り切る時は、
前世のサラリーマンが使っていた究極の防衛策……
『監査用の実績書類捏造』と『ファイブエス(5S)による偽装整頓』を執行する!」
「……おい、書類の『捏造』は犯罪だぞ?」
「表現が悪いな! 『監査の評価基準に適合させた形式的データの作成』と言ってくれ。
いいか、監査官が求めているのは、中身の真実ではなく『つじつまが合った書類の完璧さ』だ。
この魔導算定ツールを使って、過去三ヶ月分の『カリキュラム運用報告書』を1秒で自動生成する。
一見すると緻密で、誰が見ても非の打ち所がない『実績データ』を書類の山として用意するんだ!」
さらに、俺は部室の整理整頓(偽装)を開始した。
「そして、この散らかったゲームやサボり魔道具はすべて、
一番頑丈な書庫の奥に隠し、手前に『未公開の超高難度魔導書』を並べておく。
ソファには高級なブランケットをかけ、『魔力回復のための瞑想用精神統一エリア』という名札を貼る。
これで、ただのサボり部屋が『最先端の魔導研究開発オフィス』に早変わりだ!」
マルクは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、
詐欺師のそれを見るかのような冷ややかな目で俺を見た。
「お前、その天才的な書類偽装能力と現場隠蔽スキル、
いつか国家予算の横領とかで告発されるタイプのそれだぞ……」
そして迎えた、監査当日。
ロザリア王国から派遣された、眉間に深い皺を寄せた厳格な主席監査官が、
護衛のカレンや、案内役のエレノアを従えて部室に乗り込んできた。
「失礼する、アルベルト教育総監。
我が同盟は、あなたの教育実績が単なる『誇張』ではないか、厳しくチェックさせてもらう。
さっそく、日々のカリキュラム運用データを……」
監査官が冷徹な声を放つ。
だが、俺は不敵な笑みを浮かべ、デスクの上にドン!と置かれた、
高さ数十センチに及ぶ「自動生成した完璧な運用報告書」の束を指し示した。
「どうぞ、お好きなだけご覧ください。
そこには、生徒一人一人の『魔力波形の推移』から、『精神疲労度の相関関係』まで、
我が教育理論のすべてが【数値化】されて記録されています」
監査官はフンと鼻を鳴らし、書類をめくった。
……が、数秒後、その手がガタガタと震え始めた。
「な、何という緻密さだ……!
この『魔力回復サイクルと自律神経の相関グラフ』……!
それに、この『カリキュラムの進捗率を予測した魔導推論アルゴリズム』……!
我々が数ヶ月かけても算出できない高等な統計データが、
なぜこれほど完璧に、一枚の乱れもなく整理されているのだ……!?」
当然だ。
前世で耳にタコができるほど言われた「定量評価」と「進捗の可視化(グラフ化)」のテンプレをそのまま魔術式で吐き出させただけなのだから、
この世界の人間が見れば、未来のオーバーテクノロジーにしか見えない。
さらに、監査官は部屋を見渡した。
「ほう、このソファは……?」
「『魔力回復のための瞑想用精神統一エリア(通称:サボりスポット)』です。
最高のパフォーマンスを出すためには、適切なインターバル(有給)が必要です。
それを制度化するために設置しました」
俺がそれっぽい専門用語(前世の労務管理用語)を並べ立てると、
監査官は感動のあまり、その場に膝をつきそうになった。
「素晴らしい……!
ただ厳しく指導するだけでなく、生徒たちの『メンタルヘルス(精神衛生)』までを
システマチックに管理し、そのための『瞑想スペース(ただの昼寝ベッド)』まで用意しているとは!
これぞ、我が国が求めていた『次世代のウェルビーイング教育』の極致です!」
最前列で様子を見ていたエレノアも、感動で瞳をうるませた。
「さすがはアルベルト……!
私たちが気付けないような細かい『生徒の疲労』まで、
この完璧な書類で管理してくださっていたのね。
あなたの深い愛と緻密な知性には、どこまでいっても追いつけませんわ!」
監査官は震える手で合格の印を書類に押し、深く頭を下げた。
「不躾な疑いを抱いたこと、深くお詫びする、アルベルト総監……!
この完璧な【偽装書類(と監査官が誤認した神の仕様書)】と【教育環境】、
同盟国全体の『教育スタンダード(国際規格)』として、正式に導入を要請させていただきたい!」
監査官の脳内では、
誠の「サボるために用意した、つじつま合わせの適当なテンプレ書類と5S」が、
教育界の常識を覆す「奇跡の魔導労務管理システム」へと、凄まじい精度で超解釈されていた。
その日の夕方、王立アカデミーの部室。
「ふぅ〜、疲れた。やっぱり監査官対応は、寿命が縮むようなスリルがあるな」
俺は高級ブランケット(瞑想用)を被り、
マルクが淹れてくれた最高級のハーブティーを飲みながら、ようやく一息ついていた。
「……なぁ、アルベルト」
片付けを終えたマルクが、本日最高峰の、
人類の限界を超えたような冷徹な目で俺を見下ろした。
「何だよマルク。完璧に監査を乗り切っただろ。
これで部室のお菓子も守られたし、定時退社万歳だ」
「お前がただ、サボっているのを隠すために、
前世の『監査対策用ペーパーワーク』で数字をこねくり回して相手を煙に巻いただけなのに」
マルクは眼鏡をピシッと押し上げ、
信じられないほど分厚い「教育同盟国際規格の調印書」をデスクに置いた。
「お前の偽装書類が『国際教育規格(ISO的なもの)』として承認されて、
これから毎年、周辺十ヶ国の教育監査を指揮する『最高統括査察官』への就任が内定したんだけど、これどうするの?」
「なんでそうなるんだよおおお!!!」
前世の「監査対策のペーパーワーク」を
国家規模で応用した結果、
なぜか大陸全体の教育を支配する「国際規格の創始者」として、さらに神格化されてしまった誠。
周囲からの評価は、
緻密なデータで教育をシステム化し、生徒の心までケアする、人類史上最高の教育プロデューサー。
しかし実態は、
「部室のサボり魔道具とお菓子を絶対に没収されたくない」という一心で、
必死に書類をこねくり回して冷や汗を流していた、精神年齢だけがアラサーの十歳児二人組。
今日も今日とて、誠の全力のサボり術は、
周囲の超解釈によって、新たなる無敵の伝説へと書き換えられていくのだった。
✍️ 次回予告(第四十話)
国際的な「最高統括査察官」に内定した結果、
各国のエリート魔導師たちが「アルベルト様の薫陶を受けたい」と、
直弟子を希望する手紙が殺到!
「弟子!? 部下の教育なんて、前世の『新人SEのOJT(実務教育)』並みにコストがかかるだろ!
定時退社を邪魔する、最大の時間泥棒業務だ!」
絶対に弟子を取りたくない誠は、前世の「セルフサービス化(自己解決)」と、
「マニュアルを渡して放置するOJT技術」を応用した、
最強の『弟子放置育成マニュアル』を作成するが――!?




