第三十八話『講義自動化マニュアルと、完璧なる教育論の超解釈』
「絶対に嫌だ!
なぜスパイ組織から身を守るために有給を取っていた俺が、
大勢の前で『キャリアセミナーの特別講師』なんてやらなきゃならんのだ!」
王立アカデミーの部室に、俺の魂の絶叫が響き渡っていた。
デスクの上に置かれているのは、魔法省の最高権力者から届いた、仰々しい金色の推薦状。
そこには『アルベルト閣下の鉄壁の防衛理論とキャリア観を、未来の魔導師たちに伝授していただきたい』と記されている。
「あきらめろ、アルベルト。
お前が『有給(という名の国家脅迫)』を勝ち取ったことで、魔法省の上層部は『これほど完璧に自己の権利と領域を管理できる人材はいない。ぜひ若手の育成を任せたい』と確信したらしい」
マルクは眼鏡をピシッと押し上げ、すでに作成された講義のタイムスケジュール表を俺の前に置いた。
「講堂には、お前の講義を一言半句漏らさず聞き漏らすまいと、エリート魔導師の卵たちやエレノア、さらには他国の留学生までが席を埋め尽くしているぞ」
「最悪のプレッシャーじゃないか!
いいかマルク、人前で喋るセミナー講師なんて仕事を舐めるなよ。
前世のブラックSE時代、俺が最も恐れていたのは『炎上プロジェクトの謝罪会見』と『役員向けの進捗報告会』だ。
大勢の冷ややかな視線を浴びながら壇上に立つだけで、胃に穴が空くほどのストレスがかかる。
十歳のピチピチな胃腸を、そんな大人のトラウマで痛めつけるわけにはいかない!」
定時退社と健全な胃壁を守るため、
俺の脳細胞は、前世のシステム開発で培った「発表の手間を極限まで省くスライド運用技術」をフル稼働させた。
そして、一つの「講義自動化システム」を構築する。
「よし、マルク。
こういう発表系の面倒な仕事を押し付けられた時は、
前世のIT企業が人件費削減のために使っていた最強のツール……
『テンプレスライドの使い回し』と『FAQ(よくある質問)自動応答システム』を導入する」
「……ついに講義すらも無人化するつもりか?」
「効率化と言ってくれ。
いいか、要するに、俺が壇上で一言も喋らずに、生徒たちが勝手に納得して帰ればいいんだ。
この魔石に、事前に録音した俺の数パターンのセリフを登録する。
さらに、質問者が発する『魔力の揺らぎ(緊張度や疑問の強さ)』を検知して、自動で最適な回答を再生するプログラムを組み込むんだ!」
俺は魔石のコードを調整しながら、いくつかの汎用的な回答を録音していく。
『それは、各自のタスク管理を徹底すれば自己解決する問題です』
『本質を見誤ってはいけません。まずは自分の守備範囲(領域)を定義しなさい』
『その質問に対する答えは、すでにあなた自身の中にあります』
「これだ! どんなに難しい専門的な質問が来ても、この3パターンをそれっぽい重低音ボイスで再生すれば、相手は勝手に深読みして納得する。
俺は壇上のアームチェアで、腕を組んで目を閉じて座っているだけでいい。傍目には『瞑想しながら生徒の質問をジャッジする偉大な天才講師』に見えるだろ!」
マルクは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、もはや宇宙の真理を悟ったような目で俺を見た。
「講義のデバッグを自動化して、自分は壇上で昼寝をする国家顧問。
お前、本当にいつか歴史の教科書に『稀代の怠け者』として悪名が残るぞ……」
そして迎えた、特別講義の当日。
学園の超巨大講堂は、立錐の余地もないほどの魔導師たちで埋め尽くされていた。
壇上には、ゆったりとした椅子に深く腰掛け、腕を組んで目を閉じているアルベルト。
その周囲には、不気味に静まり返った魔石がいくつか浮かんでいる。
あまりの威厳(ただの居眠り準備)に、会場全体がゴクリと息を呑んだ。
一人のエリート男子生徒が、緊張で声を震わせながら質問に立つ。
「ア、アルベルト閣下! 私は将来、国家防衛のために限界を超えて魔力を練り上げるべきか、それとも己の限界を見極めて安全策を取るべきか、日々葛藤しております! 閣下のご見解をお聞かせください!」
普通なら、具体的な魔力運用の数式や精神論を語る場面だ。
だが、アルベルトの魔石が質問者の緊張度を検知し、瞬時に抑揚のない重低音ボイスを響かせた。
『本質を見誤ってはいけません。まずは自分の守備範囲(領域)を定義しなさい』
その言葉が講堂に響き渡った瞬間、質問者の男子生徒は雷に打たれたように目を見開いた。
「な、何という深遠な教え……!
閣下は『国家防衛などという肥大化した大義名分に踊らされず、まずは己の【定時(守備範囲)】を完璧にこなすことこそが、結果的に最大の国家貢献になる』と、そう仰っているのですね!
限界を超えて燃え尽きるのは、自己管理ができていないプロ失格の甘えだと……! ああ、目が覚めました!」
さらに、最前列でメモを取っていたエレノアも、ハッと激しく息を呑んだ。
「素晴らしいですわ、アルベルト……!
魔導師たるもの、周囲の期待に流されず、己の領分を鉄壁の意志で守り抜くことこそが『真の強さ』。
私を escort するためにも、無駄な残業(余計な戦闘)はしないという、高潔なる合理主義。
これほど完璧な教育論、他にはございませんわ!」
講堂のあちこちから、感動のあまりすすり泣く声や、激しい拍手が沸き起こった。
次の質問者が「閣下! では複雑な魔術構築で行き詰まった時は、どのような心構えを……!」と尋ねると、
自動魔石は次のテンプレ回答を再生した。
『その質問に対する答えは、すでにあなた自身の中にあります』
「おおおお! 『他人に答えを求めるな。お前が直面している壁は、お前自身の術式の癖が原因だ。己の内面と対話せよ』ということですね!
なんと教育の本質を突いた、偉大なる指導法でしょうか!」
壇上のアームチェアで完璧に熟睡していた誠は、
夢の中で「前世の退職金セミナー」の夢を見ながら、心地よく呼吸を繰り返していた。
その日の夕方、王立アカデミーの部室。
「ふぁ〜あ。よく寝た。やっぱり午後の昼寝は脳のデトックスに最高だな」
俺はあくびをしながら、部室のソファで伸びをした。
「……なぁ、アルベルト」
講義の片付けを終えて戻ってきたマルクが、本日最高峰の、冷ややかさを通り越して哀れみに満ちた目で俺を見下ろした。
「何だよマルク。完璧に講義を自動化できただろ。質問者の相手も魔石がやってくれたし、俺は一歩も動いてないぞ」
「お前がただ、大勢の前で喋るのが胃に悪くて、前世の定型文メールの返信(FAQ)を魔石に喋らせて寝ていただけなのに」
マルクは眼鏡をピシッと押し上げ、深い溜め息を吐きながら、一枚の新しい辞令をデスクに置いた。
「お前の『生徒に安易な答えを与えず、自主性と自己管理能力を極限まで引き出す完璧な問答法』が評価されて、
魔法省から『学園の教育カリキュラム全体の最高総監』に任命されたんだけど、これどうするの?」
「なんでそうなるんだよおおお!!!」
前世の「テンプレ使い回し」と「問い合わせ自動化」を
教育現場に応用した結果、
なぜか生徒の主体性を引き出す「伝説の教育改革者」として、さらに神格化されてしまった誠。
周囲からの評価は、
言葉少なに本質を突き、次世代の魔導師たちを導く、孤高の天才教育者。
しかし実態は、
「大勢の前での発表は胃が痛くなるから絶対に喋りたくない」という一心で、
壇上で爆睡をキメていた、精神年齢だけがアラサーの十歳児二人組。
今日も今日とて、誠の全力のサボり術は、
周囲の超解釈によって、新たなる無敵の伝説へと書き換えられていくのだった。
✍️ 次回予告(第三十九話)
教育カリキュラム最高総監に就任させられた結果、
その手腕を近くで見ようと、なんと王立アカデミーに他国からの「教育視察団(監査)」が派遣されることに!
「監査!? 前世の『ISO取得監査』並みにめんどくさいイベントじゃないか!
あいつらは重箱の隅をつついて、俺たちのスローライフ(サボり)を暴こうとする天敵だ!」
絶対に部室の秘密(お菓子、ゲーム、サボり魔道具)を暴かれたくない誠は、前世の「監査対策マニュアル」をフル活用し、
すべてが完璧に整っているように見せかける、最強の『偽装ペーパーワーク』を開始するが――!?




