第三十七話『隠密作戦スルー技術と、鉄壁の有給申請』
「絶対に嫌だ!
なぜパーティーをサボってお茶漬けを食べていた俺が、
国家最高機密を扱う『秘密諜報部隊の特別顧問』にスカウトされるんだ!」
王立アカデミーの部室に、俺の絶望に満ちた叫びが響き渡っていた。
デスクの上に置かれているのは、漆黒の魔力で封印された極秘の親書。
そこには『国家の影の守護者・アルベルト閣下へ。我が部隊の隠密作戦を統括し、闇から王国を支配していただきたい』と、物騒極まりない文言が並んでいる。
「あきらめろ、アルベルト。
お前が祝賀パーティーの裏で、国家の危機(という名のガラクタ)を人知れず処理したせいで、王宮の闇組織までが『彼こそ真のダークヒーローだ』と勘違いしてしまったんだ」
マルクは眼鏡をピシッと押し上げ、いつものように冷静に状況を解説した。
「しかも、今回のスカウトの背景にはカレンの推薦もある。
『アルベルト様のあの、気配を完全に消して現場からバックれる技術は、伝説の隠密をも凌駕します!』と、目を輝かせて報告したらしいぞ」
「カレンのやつ、部下のサボりスキルを隠密技術と勘違いするな!
いいかマルク、スパイ業務を舐めるなよ。
前世のブラック企業時代、俺が最も恐れていたのは『休日出勤の強制』と『緊急のオンコール対応』だ。
スパイなんて、24時間365日いつ呼び出されるか分からない、究極のデスマーチ職じゃないか!
十歳の健全な成長には、規則正しい睡眠と定時退社が絶対に不可欠なんだ!」
平穏なスクールライフと自律神経を守るため、
俺の脳内にある「社畜サバイバルデータベース」が、強制的な業務命令を合法的に拒絶するシステムを高速で構築し始めた。
そして、一つの「鉄壁の防衛マニュアル」を完成させる。
「よし、マルク。
こういう理不尽な組織介入や強制出勤のオファーが来た時は、
前世のサラリーマンが権利を守るために使っていた最強の盾……
『長期有給休暇の申請』と『業務のブラックボックス化』を執行する」
「……また組織のシステムを悪用した、高度な手抜きだな?」
「心外だな。これは『労働者の正当な権利の主張』だ。
いいか、ただ断ると『国家への反逆』と見なされる可能性がある。
だから、俺にしか使えない複雑な魔力算定式で『現在、王都の結界を維持するためのバックグラウンド処理(定期デバッグ)を一人で24時間並行稼働させている』という建前を作るんだ」
俺は羊皮紙に、前世のシステム構築で使っていた「極めて難解で、作成者本人以外には絶対に読めない仕様書」のような魔術回路図をびっしりと書き込んだ。
「そして、この書類と一緒に『よって、これ以上の業務兼任はキャパシティ超過(過労死ライン)を引き起こし、王都の結界崩壊を招くため、本日より三日間の【魔力回復用特別有給休暇】を申請する。なお、このデバッグ業務は俺以外にはメンテナンス不可能である』と書き添えて提出する!」
「なるほど。『私が別の仕事をすると、王都の防衛システムがクラッシュするぞ』という、人質を取った上での休暇申請か」
「その通り! これでスパイ組織も俺に手出しはできないし、俺は堂々と大手を振って三日間、部室でゴロゴロできる! 完璧な有給消化だ!」
マルクは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、呆れと感心が混ざった深い溜め息をついた。
「お前、その天才的なブラックボックス構築能力を、本当に一ミリも組織の発展に使わないな……」
数日後。
王宮の最深部にある、秘密諜報部隊の本部。
漆黒のローブをまとった隠密頭領は、アルベルトから届いた「難解極まる魔術仕様書」と「有給申請書」を前に、冷や汗を流して戦慄していた。
「な、何という冷徹な警告……!
そして、何という圧倒的な『力の証明』だ……!!」
頭領は震える手で、解読不能な数式が並ぶ書類を掲げた。
「アルベルト様は……我々が彼を組織に囲い込もうと画策することすら、すべて予期しておられたのだ!
この書状は、『私が本気を出せば、いつでも王都の結界の制御権を握り、国家の生殺与奪を一人でコントロールできる』という、無言の脅迫……!
しかも、それを『有給休暇』という、あまりにも不遜で余裕に満ちた言葉で表現してくるとは……!」
「なんと……! では、我々への警告だと!?」
背後に控える精鋭スパイたちが息を呑む。
頭領は深く頷き、恐怖に目をみはった。
「そうだ。我々がこれ以上、彼のプライベート(影の領域)に踏み込もうとすれば、この複雑な魔術式を暴走させ、王都ごと我々を消滅させるという宣告だ。
『私はこれより三日間、一切の干渉を許さない』……。
ククク、さすがは国家の影の支配者。我々スパイ組織すらも、書類一枚で完全に掌握してしまわれたわ!」
隠密たちの脳内では、
誠の「めんどくさい仕事を断って、パジャマでゴロゴロしたいだけの有給申請」が、
国家の防衛システムを人質に取った「冷徹極まりない絶対強者の威嚇」へと、完璧に超解釈されていた。
結果、諜報部隊は恐れおののき、
「アルベルト閣下の休息を邪魔する者は、我が部隊が総力を挙げて排除する!」
という、まさかの『最強のプライバシー保護(護衛)体制』が裏で敷かれることになった。
その頃、王立アカデミーの部室。
「う〜ん、やっぱり有給中の昼寝は最高だな。お煎餅の塩気が五臓六腑に染み渡るぞ」
俺はパジャマ姿でソファに寝転び、マルクが淹れてくれたお茶を飲みながら、完全な定時退社および有給ライフを満喫していた。
「……なぁ、アルベルト」
部室の窓の外をチラリと見たマルクが、本日一番の、完全に魂が抜けたような目で俺を見下ろした。
「何だよマルク。完璧に有給が通っただろ。これで怪しいスパイごっこに巻き込まれずに済んだ」
「お前がただ、休日出勤が嫌で、誰にも読めないスパゲッティコード(難解な数式)を書いて仕事をサボっただけなのに」
マルクは眼鏡をピシッと押し上げ、遠い目をした。
「なぜか学園の周りに、王宮最強の隠密部隊が配置されて、お前の『有給(休息)』の邪魔をしようとする不審者を片っ端から極秘裏に抹殺する『鉄壁の休日防衛前線』が構築されてるんだけど、これどうするの?」
「なんでそうなるんだよおおお!!!」
前世の「有給休暇の申請」と「業務の属人化(ブラックボックス化)」を異世界で応用した結果、
なぜか国家を裏から脅す冷徹な黒幕として、さらに神格化されてしまった誠。
周囲からの評価は、
国家の命運を指先一つで握り、誰も立ち入れない聖域を持つ、孤高の天才支配者。
しかし実態は、
「絶対に休日出勤だけはしたくない」という一心で、
お煎餅のクズをパジャマにこぼしながら遠吠えをあげる、精神年齢だけがアラサーの十歳児二人組。
今日も今日とて、誠の全力のサボり術は、
周囲の超解釈によって、無敵の暗黒伝説へと書き換えられていくのだった。
✍️ 次回予告(第三十八話)
スパイ組織すらも平伏させた結果、その噂を聞きつけた魔法省の最高権力者から「アルベルト様のその鉄壁の防衛理論を、若手魔導師たちの育成カリキュラムに導入したい」と、まさかの『学園特別講師』のオファーが舞い込む!
「講師!? 人前で喋るなんて、前世の『炎上プロジェクトの謝罪会見』並みに胃が痛くなるわ!」
絶対に壇上に立ちたくない誠は、前世の「テンプレ資料の使い回し」と「質疑応答の丸投げ(FAQ自動化)」を応用した、
最強の『講義自動化マニュアル』を作成するが――!?




