第三十六話『社畜の祝賀会スルー技術と、消えた主役の超解釈』
「絶対に嫌だ!
なぜ隣国を書類一枚で黙らせただけで、
俺が主役の『国家級祝賀パーティー』に出席しなきゃならんのだ!」
王立アカデミーの部室に、俺の魂の叫びがこだましていた。
手元にあるのは、国王陛下から直接届いた、金縁の豪華な招待状。
そこには『我が国の危機を救った若き英雄、アルベルト閣下の功績を称える』と大々的に書かれている。
「あきらめろ、アルベルト。
お前が隣国ロザリア王国から無償の資材提供と誓約書をもぎ取ったせいで、
宮廷の貴族たちはお前を『若き外交の支配者』と崇めている。
主役が欠席するなど、陛下への不敬罪になりかねんぞ」
マルクは眼鏡をピシッと押し上げ、相変わらずの冷徹さで出席者リストを突きつけてきた。
「見ろ、エレノアはお前をエスコートするために、
特注のドレスを新調して今から息を巻いている。
カレンは護衛として張り切っているし、ルクレツィア王女も『アルベルト様の真意を確かめる』と、わざわざ隣国から出席するそうだ。
お前を逃がさないための包囲網は、すでに王宮規模で完成している」
「最悪のメンツじゃないか!
いいかマルク、宮廷のパーティーを舐めるなよ。
前世のブラック企業時代、俺が最も恐れていたのは『会社主催の親睦忘年会』だ。
上司への気配り、中身のない社交辞令の応酬、そして翌日に残る胃もたれ……。
十歳のデリケートな胃腸に、あの脂っこい宮廷料理と、貴族たちの狸化かし合いは重すぎる!」
定時退社と平穏な学生生活を守るため、
俺の脳細胞は、前世の社畜時代に培った「めんどくさい飲み会を合法的にバックれる技術」をフル回転させた。
そして、一つの「完璧なサボりマニュアル」を構築する。
「よし、マルク。
こういう強制参加のイベントを、波風を立てずにスルーする時は、
前世のサラリーマンが使っていた最強のライフハック……
『架空の出張案件の捏造』を発動する」
「……また最低のバックレ業務を思いついたな?」
「失礼な。これは『緊急の危機管理対応』だ。
いいか、ただ『体調不良』で休むと、エレノアたちが部室に突撃してくるだろ?
だから、『パーティーの裏で、国家の命運を左右する重大なトラブルが発生し、俺がその対応に追われている』という状況を偽装するんだ」
俺は引き出しから、魔力を自動で消費し続ける「ダミーの魔力炉」と、適当な暗号を書いた報告書を取り出した。
「マルク、この魔力炉を学園の地下深くの旧校舎に設置しろ。
そして、パーティーの開始直前に、陛下へこの報告書を提出するんだ。
『隣国が提出した魔導資材に、微弱な魔力汚染を発見。
今すぐアルベルトが現地でデバッグ(浄化作業)を行わなければ、王都の結界が崩壊する恐れあり』とな」
「なるほど。国家の危機を防ぐために、主役はあえて華やかな舞台を捨てて、暗闇で泥臭い作業をしている……という筋書きか」
「その通り! これなら陛下も納得せざるを得ないし、俺の評価も『自己犠牲の精神を持つ忠臣』としてキープできる。
その間、俺は部室でこっそりお茶漬けでも食べて寝る! 完璧な『忘年会スルー』だ!」
マルクは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、呆れ果てた目で俺を見た。
「お前、その天才的な頭脳を、本当に一ミリも正しい方向に使わないな……」
そして迎えた、祝賀パーティー当日。
きらびやかな王宮の大広間は、数百人の貴族や大使たちの熱気に包まれていた。
しかし、開始時刻になっても、主役であるアルベルトの姿はない。
ざわつく会場に、マルクが静かに進み出て、国王陛下に一枚の報告書を差し出した。
「――陛下。アルベルト閣下は、これより王都の安全を確保するため、地下の魔力汚染のデバッグに向かわれました。パーティーへの出席は叶いません」
その言葉が響いた瞬間、会場は水を打ったように静まり返った。
「な、何ということだ……!」
観客席にいた学園長が、感動のあまり胸を押さえてよろめいた。
「アルベルト様は……自分を称える華やかな宴などには目もくれず、我々が酒を酌み交わしているその瞬間にも、国家の危機と孤独に戦っておられるというのか……!
なんと気高く、なんと底知れぬ責任感だ……!」
さらに、ドレス姿のエレノアも、アルベルトの不在の理由を知って、激しく目を見開いた。
「素晴らしいですわ、アルベルト……!
私とのダンスよりも、国家の安寧を優先されるなんて。
『宴に浮かれる暇などない。私は影から君たちを守る』という、私への不器用な愛のメッセージですのね! ああ、胸が熱くなりますわ!」
隣国から来ていたルクレツィア王女も、恐怖と戦慄で顔を青ざめさせていた。
「(やはり、あの男……!
私がパーティーの裏で、我が国の外交的優位を取り戻そうと画策していたのを、完全に予期していたのですわ……!
あえて主役の座を捨てて地下に潜ることで、『いつでもお前たちの動きを監視しているぞ』と、無言の圧力をかけてきているのです……!
なんという冷徹な外交の怪物……!)」
貴族たちの脳内では、
誠の「ただ脂っこい飯を食いたくないためのバックレ」が、
国家の危機を陰から救う「孤高のダークヒーローの決断」へと、凄まじい精度で超解釈されていった。
結果、会場からは「アルベルト様万歳!」という狂信的な歓声が沸き起こり、彼の神格化はさらに加速するのだった。
その頃、王立アカデミーの薄暗い部室。
「ふぅ……やっぱり、お茶漬けは最高だな。自律神経に優しい味がする」
俺はパジャマ姿でソファに寝転びながら、即席のお茶漬けをすすり、静かな定時退社の夜を満喫していた。
「……なぁ、アルベルト」
パーティーを途中で抜け出してきたマルクが、部室のドアを開け、本日最高峰の冷ややかな目で俺を見下ろした。
「何だよマルク。完璧にバックれられただろ。これで胃薬のお世話にならなくて済んだ」
「お前がただ、貴族の社交辞令がめんどくさくて、地下にガラクタを置いてサボっただけなのに」
マルクは眼鏡をピシッと押し上げ、重いため息をついた。
「なぜか王宮全体が感動の涙に包まれて、陛下から『国家の影の守護者』として、特級勲章の授与が決まったんだけど、これどうするの?」
「なんでそうなるんだよおおお!!!」
前世の「忘年会スルー技術」を国家規模で応用した結果、
なぜか自己犠牲の若き英雄として、さらに神格化されてしまった誠。
周囲からの評価は、
栄華を好まず、暗闇から国家を支える、孤高の天才守護者。
しかし実態は、
「胃もたれする料理と面倒な会話から全力で逃げ出したい」という一心で、
パジャマ姿でお茶漬けをすすっていた、精神年齢だけがアラサーの十歳児二人組。
今日も今日とて、誠の全力のサボり術は、
周囲の超解釈によって、新たなる無敵の伝説へと書き換えられていくのだった。
✍️ 次回予告(第三十七話)
「影の守護者」としての二つ名が定着した結果、
王宮の秘密諜報部隊から「ぜひ我が部隊の特別顧問として、隠密作戦の指揮を執ってほしい」と、まさかのスパイ組織からのスカウトが舞い込む!
「スパイ!? 命がいくつあっても足りないだろ!
前世の『休日出勤の強制』並みに理不尽な業務だ!」
絶対に引き受けたくない誠は、前世の「有給休暇の申請手順」と「業務のブラックボックス化」を応用した、
最強の『組織介入スルーマニュアル』を作成するが――!?




