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第三十四話『学園創立記念祭と、おっさんの代役マニュアル』


「絶対にやらないぞマルク。

俺は当日、一歩も部室から出ない。

劇の練習なんて、残業の塊じゃないか」

王立アカデミーの文化祭を翌週に控え、

俺は部室のデスクに突っ伏していた。

手元には、エレノアから回ってきた

クラスの出し物の企画書がある。

「あきらめろ、アルベルト最高顧問。

エレノアが主導するクラス劇だ。

すでに全校生徒のチケットが完売している」

マルクは眼鏡をピシッと押し上げ、

冷徹にスケジュール表を叩いた。

「配役を見てみろ。

主役の王子様役がアルベルト。

お姫様役がエレノアだ。

さらにカレンが王子を守る騎士、

ルクレツィア王女が怪しい行商人。

お前を巡る包囲網は、すでに完成しているぞ」

「最悪のキャスティングだ!

そんな劇に出たら、本番まで毎日

居残りで演技の練習をさせられる!」

俺は冷や汗を流しながら、

前世のブラック企業時代の記憶を呼び覚ましていた。

こういう全員参加の社内イベントほど、

時間と労力を無駄に消費するものはない。

定時退社を愛する俺にとって、

本番の舞台でスポットライトを浴びるなど、

目立ちすぎて破滅する未来しか見えなかった。

「よし、マルク。

俺は前世の最強の業務効率化、

外部委託と自動化をここに執行する」

「……またろくでもない手抜きを思いついたな?」

俺は引き出しから、

魔力を込めた身代わりの人形と、

音声を記録する魔石を取り出した。

「いいか、マルク。

要するに、舞台の上で俺と同じ姿のやつが、

俺の声で喋って動けば誰も文句は言わない。

この人形に俺の制服を着せ、

事前に録音したセリフに合わせて動かす。

俺は部室で寝ながら、遠隔で操作するんだ!」

マルクは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、

全宇宙を凍りつかせるような目で俺を見た。

「国王公認の国家顧問が、

文化祭の主役をロボットの影武者に丸投げして

自分は裏で寝るつもりか。

お前、本当にいつか全校生徒から刺されるぞ」

そして迎えた、記念祭の当日。

学園の巨大な大講堂は、

超満員の生徒や貴族たちの熱気に包まれていた。

舞台の幕が上がる。

そこには、完璧な王子様の衣装に身を包んだ、

凛々しいアルベルトの人形が立っていた。

部室のベッドでゴロゴロしながら、

遠隔魔術で人形を操る俺は、

手元の魔石に向かって、やる気のない声を吹き込む。

「あー、お姫様。

迎えに来ましたよ。さぁ、城へ帰りましょう」

スピーカーの魔石から、

少し機械的で抑揚のない俺の声が響く。

普通なら、あまりの手抜き演技に

ブーイングが起きるはずだった。

しかし、客席にいた教師陣や、

舞台袖のルクレツィア王女の目は違った。

「な、何という事だ……!」

観客席の学園長が、感動のあまり震え出した。

「アルベルト様のあの、一切の感情を排した

冷徹極まりない声……!

あれは、お姫様を愛するがゆえに、

周囲のすべての敵を警戒し、

一瞬の油断も崩さない絶対の強者の演技。

十歳にして、なんと深みのある表現力だ……!」

さらに、舞台の上のエレノアも、

人形の一切ブレない完璧な直立不動を見て、

ハッと激しく目を見開いた。

「素晴らしいですわ、アルベルト……!

私を前にしても、瞬き一つ、呼吸の乱れ一つない。

これほど完璧に己の精神を統制して舞台に立つなんて、

私への愛が、もはや神の領域に達していますわ!」

本当は人形だから息もしないし瞬きもしないだけなのだが、

お嬢様の脳内変換は止まらない。

劇はクライマックスを迎え、

ルクレツィア王女扮する魔女が、

毒林檎を差し出すシーンになった。

俺は手元の操作ミスで、

人形の腕の出力を間違えて最大にしてしまった。

ガシィィィィン!!!

人形の鋼鉄の右ストレートが、

ルクレツィアの持つ毒林檎をジャストミートで粉砕した。

粉々になった林檎が、舞台裏の壁に突き刺さる。

「あ、すみません。手が滑りました」

抑揚のない俺の音声が流れる。

ルクレツィアは恐怖でがたがたと震え出し、

その場にひざまずいた。

「ま、降伏いたしますわ、アルベルト様……!

怪しい行商人のわずかな魔力の揺らぎを察知し、

セリフの途中で、物理攻撃で陰謀を未然に防ぐなんて。

やはり貴方の前では、どんな罠も無意味なのですわね!」

客席からは、割れんばかりの拍手と、

アルベルト様万歳という狂信的な歓声が沸き起こった。

劇は大成功のまま幕を閉じ、

俺は部室で、ぐったりとソファに倒れ込んでいた。

「……なぁ、アルベルト」

隣で腕を組んでいたマルクが、

もはや乾いた笑いを浮かべて俺を見下ろした。

「何だよ、マルク。

完璧に代役を立てられただろ。

これで残業なしだ」

「お前さ、ただ劇の練習がめんどくさくて

ロボットを舞台に放り投げただけなのに」

マルクは眼鏡をピシッと押し上げ、

本日最高峰の冷たいツッコミを叩き込んできた。

「一言のセリフで他国の王女を威圧し、

瞬き一つせずに舞台を支配した伝説の鉄仮面王子、

っていう新しい二つ名が定着したの、自覚ある?」

「なんでそうなるんだよおおお!!!」

前世の面倒な業務の自動化を

文化祭に導入した結果、

なぜか完全無欠の冷徹王子として

さらに神格化されてしまった誠。

周囲からの評価は、

舞台の上ですら一切の隙を見せない、孤高の天才。

しかし実態は、

部室でおせんべいを食べながら、

リモート操作のボタンを押し間違えて冷や汗を流していた、

十歳児おっさん二人組。

お祭り騒ぎの学園の裏で、

誠のサボるための自動化は、

またしても周囲の超解釈によって、

無敵の伝説へと書き換えられていくのだった。

(第三十四話・完)

✍️ 次回予告(第三十五話)

文化祭でのロボット無双により、

ついに学園の枠を超え、近隣の領主たちから

「我が領の防衛ゴーレムの生産ラインを統括してほしい」と、

まさかの工場長のポストを打診される誠。

「工場勤務!? シフト制の夜勤なんて、

おっさんの自律神経が崩壊するだろ!」

絶対に拒絶したい誠は、前世の

「不良品の押し付け合い」を応用し、

すべての書類を他国へ回そうとするが――!?

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