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第三話 『天才児(仮)、おっさんの寝たふり』

アルベルトとしてこの世界に生まれ変わってから、早くも半年が経った。

(ふふん、この半年で少しずつだけど言葉が分かるようになってきたぞ)

どうやら俺の名前はアルベルト。だけど、みんなからは「アル」と愛称で呼ばれている。

そして分かったことがもう一つ。この世界で魔法を使うには、どうやら『詠唱』なるものが必要らしい。

今の俺のビジュアルと肉体では「あうー」とか「ばぶっ」くらいの発声しかできないので、当然ながら魔法は使えない。

(だけど……頭の中で詠唱をイメージしたとき、お腹のあたりがじんわりと温かくなるんだよな。多分、これが『魔力』ってやつだ。よし、この魔力を自在に操れるようになってやるぞ!)

目標が決まれば、元・サラリーマンの継続力を見せるだけだ。

それから毎日、俺はベッドの中で魔力を体内で動かす地道な筋トレ……ならぬ「魔力トレ」を始めた。

最初はほんの少し動かすだけで泥のように疲れて眠ってしまっていたが、1か月も経つと、糸のような細さではあるものの、腕や太もものあたりまで魔力を伸ばせるようになっていた。

さらに1か月が経つ頃には、まるで体中を流れる血管のように、魔力を隅々まで循環させることに成功していた。

——しかし、そんなある日のこと。

俺の英才教育セルフは、思わぬ形で壁にぶつかる。

(……あら? 何だか部屋の中で、微かに魔力の揺らぎを感じるわね……?)

部屋の隅で控えていたメイドのキャリーが、怪訝そうに首を傾げたのだ。

魔力を感じた方へと彼女が視線を巡らせる。そして、ちょうど魔力の循環訓練真っ最中だった俺と、バッチリ目が合ってしまった。

(あ、ヤバッ)

直感的にマズいと察した俺は、反射的に視線を逸らした。

プイッ。

(今……完全に目が合った瞬間、逸らしたわよね? まさかねぇ。アルベルト様はまだ生後7か月よ? こんな赤ん坊が魔力を扱えるわけがないわ……。でも、ちょっと怪しいわね……?)

ジーーーー。

キャリーの刺すような視線が、俺の小さな体に注がれる。

(うわあああ、めっちゃ見られてるんですけど!? 視線が痛い! まさか魔力の訓練をしてるのがバレたか!?)

「……坊ちゃま。今、もしかして魔力を使っておられましたか?」

至近距離から尋ねられ、俺は内心で冷や汗を滝のように流しながら、究極の奥義を繰り出した。

(すぴ〜……すぴ〜……)

「……これは、寝たふりをしておられますね。やっぱり怪しいわ。微かだったけれど、間違いなく坊ちゃまから魔力を感じたもの。……旦那様と奥様に報告しなきゃ」

キャリーはそう呟くと、足早に部屋から出て行った。

(ふぅぅぅ〜〜〜……! 危ねええええ! 生きた心地がしなかったわ! 流石に生後7か月の赤ちゃんが魔力を操作してたら気味悪がられるよな。今後は誰もいない時だけ訓練することにしよう……)

冷や汗を拭いながら一安心する俺だったが、時すでに遅し。

部屋を退室したキャリーが向かったのは、テラスで優雅にお茶を楽しんでいた俺の母、リーゼの元だった。

「リーゼ様。アルベルト様のことで、少々妙なご報告があるのですが……よろしいでしょうか?」

「あら、キャリー。アルがどうかしたの?」

「……アルベルト様から、微かにではありますが、魔力を感じました」

「えっ、それは本当なの!?」

リーゼが驚きのあまりカップを置く。

「だってアルはまだ生後7か月なのよ? そんな赤ん坊に魔力をコントロールできるはずがないわ」

「しかし、間違いございません。先ほど部屋には私とアルベルト様の二人きりでした。魔力の発生源を見ると、坊ちゃまと目が合い……その瞬間に魔力が消え、プイと目を逸らされたのです。その後、お声をかけると狸寝入りを始められました」

「……もし、その話が本当なら……」

リーゼの瞳に、ゴクリと緊張が走る。

「これは、とんでもないことよ。この王国内でも、生後7か月で魔力を扱えた天才なんて歴史上聞いたことがないわ。……キャリー、このことはもうカイゼン(夫)には話した?」

「いえ、まずはリーゼ様にご報告を、と思いまして」

「良かったわ。カイゼンには私からうまく伝えておくわ。……それから、このことはまだ他言無用よ? いいわね?」

「はっ。心得ております」

「引き続き、アルのことで何か変わったことがあったら、すぐに私に教えて頂戴」

「かしこまりました。それでは、失礼いたします」

一礼して去っていくキャリーの背中を見送りながら、リーゼは愛おしい我が子のいる部屋を振り返り、そっと胸を高鳴らせるのだった。


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