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第二十七話『手順書通りの大勝利と、定時退社への執念』


「いいかマルク、もう一度だけ確認させてくれ。今日のこの『三校合同演習』、我が校のエリアの安全管理さえ完璧なら、俺たちは一歩も動かずに定時で帰れるんだよな?」

王立魔導アカデミーの広大な演習場に設置された、我が『魔導管理委員会』の特設テント。

俺は机に突っ伏しながら、隣のマルクに泣きつかんばかりの声をあげていた。周囲のテントでは、他校のエリートたちが「今日こそ王立の首席を叩き潰す!」と目を血走らせて武器を磨いているというのに、俺の心はすでに実家のベッドへと帰省していた。

「何度も言わせるな、アルベルト最高顧問」

マルクは眼鏡の位置をピシッと直すと、俺が作った『安全管理手順書』を冷徹に叩いた。

「お前が『怪我人が出たら放課後の書類処理(残業)が増えるから、絶対に誰も一歩も動かさずに終わらせる』って言って作ったこの手順書、僕が責任を持って我が校の生徒全員に徹底させた。……ほら、お前の一番の天敵たちが来るぞ」

テントの幕が開き、ヤル気満々のエレノアとカレンが飛び込んできた。

「アルベルト! 準備は万端ですわ! 貴方が配った『指差し確認の手順書』、我が風紀委員会が責任を持って全生徒の頭に叩き込みましたわ! 相手がどんな奇襲を仕掛けてこようと、我が校の防衛線は一歩も退きません!」

「……アルベルトの書いた手順。……完璧。守備位置から、1ミリも動かない。……敵が来たら、全員で一斉に消し去る」

(いや、戦わずにそのまま定時まで時間潰してほしいんだけどな……)

内心冷や汗ダラダラな俺だったが、前世の営業スマイル(無表情)を崩さず、「ああ、よろしく頼む」とだけ告げた。

こうして、俺の「一歩も動かず、怪我人も出さず、定時で帰る」というサボりのための防衛戦が幕を開けた。

一方その頃。演習場の鬱蒼とした森林エリアの奥深く。

対戦校である『帝国魔導士官学校』のテントの裏で、数人の生徒たちが不気味な笑みを浮かべて密談を交わしていた。

彼らの正体は、生徒に変装して学園へ潜入した、国家転覆を狙う闇のテロ組織【黒き混沌】の工作員たちだった。

「ククク……王立アカデミーの連中め、のん気に合同演習などと浮かれおって。まさかこの演習のドサクサに紛れて、我々が用意した禁忌の広範囲呪術『絶望の黒炎アビス・フレア』を叩き込まれるとは夢にも思うまい」

リーダー格の男が、禍々しい魔力を秘めた結晶を掲げる。

彼らの目的は、各校のエリート新入生が集まるこの演習場を急襲し、大混乱(大惨事)を引き起こすこと。まさに本物の「世界の危機シリアス」が、すぐそこまで迫っていた。

「よし、予定通りに奴らの防衛線の『隙』を突き、一気に呪術を発動させるぞ。王立の首席、アルベルトとかいう小童の首から血祭りにあげてやる!」

彼らは鋭い殺気を放ちながら、影に紛れて王立アカデミーの陣地へと潜入を開始した。

演習開始の鐘が鳴り響いた。

テロリストたちは、密かに王立の防衛線の死角へと回り込んでいた。普段の学園の演習なら、生徒たちは功を焦って前線へ突撃し、必ず後方に「隙」ができるはずだった。

だが――彼らは、驚愕の光景を目にすることになる。

「――右よし! 左よし! 10分経過、異状なし! 定位置アドレスをキープ!」

「な、何だと……!?」

テロリストたちが目にしたのは、エレノア率いる王立の生徒たちが、誰一人として前線へ突撃せず、完璧な防護障壁の裏に引きこもって、ひたすら周囲をキョロキョロと首を振って「安全確認」を繰り返している姿だった。

「バ、バカな……! なぜ突撃してこない!? それにあの防衛陣形……重なり合う障壁の隙間が完全に計算されていて、我々の隠密魔術が接近しただけで『バグ(不審者)』として検知されるようになっているだと……!?」

当然である。

俺が「もし背後から他校の連中に奇襲されて怪我でもしたら、俺の定時退社が潰れる」という恐怖(執念)だけで、死角という死角に徹底的に防護障壁を重ね合わせ、生徒たちに「とにかくそこから動くな」と命令していたからだ。

「ええい、こうなれば無理矢理にでも呪術を発動させて――」

テロリストが結晶を掲げ、呪文を唱えようとしたその瞬間。

ピピィィィッ!!!

猛烈なホイッスルの音が森林に鳴り響いた。

「そこ! 登録されていない未識別魔力の所持を発見! 安全規則違反ですわ!!」

エレノアが、俺の配ったチェックシートをバシッと掲げて、風紀委員たちと共に茂みから一斉に飛び出してきた。

「なっ、なぜバレた……!?」

「アルベルト顧問の手順書には【いつもと違う魔力の揺らぎ(ヒヤリハット)を見つけたら、即座に全員で最大火力を叩き込め】と書いてありますのよ! 全員、安全確保(一斉掃射)ですわ!」

「……アルベルトの邪魔をする不審者。……コンプライアンス(処刑)違反。……死ね」

カレンの琥珀色の瞳が狂気的に輝き、エレノアの激流レーザーと、カレンの音速の拳、さらには待機していた王立生徒全員の「絶対に動かない引きこもり一斉砲撃」が、テロリストたちの頭上に容赦なく降り注いだ。

ドガァァァァァン!!!

「ぎゃあああああ!? なんだこの、一切の容赦もない迎撃速度はァァァ!!」

国家を揺るがすはずだったテロ組織の精鋭たちは、呪術を発動させる間もなく、ただの「不審な侵入者(安全ルール違反者)」として、分子レベルでボコボコにされて地面に転がった。

彼らの世界を滅ぼすはずだった禁忌の結晶は、一度も輝くことなく、エレノアの足元にコロンと転がった。

「――というわけで、なんか演習場の裏で怪しい連中がコソコソしてたから、手順書通りに全員で引きこもってビーム撃ったら全滅しましたわ、アルベルト!」

特設テントに、テロリストたちを引きずったエレノアが帰ってきた。

見れば、他校の尖ったリーダーたちも、王立の「絶対に一歩も動かない無敵の引きこもり陣形」に手も足も出ず、「な、なんて完璧な不戦勝の陣だ……」と戦意を喪失して白旗を上げている。

「素晴らしいですわ、アルベルト! 貴方の作った『手順書』は、敵の心理を完全に読み尽くし、テロリストの陰謀すらも未然に防ぐ【絶対防衛のマニュアル】でしたのね!」

エレノアが、きらきらと目を輝かせて俺を崇める。

「……アルベルト、世界を救った。……やっぱり神様。……抱っこして」

カレンも頬を赤く染めて近寄ってくる。

周囲の教師陣や、他校の生徒たちからも「アルベルト様、ただの学生ではない……。裏で動いていた国難すらも、大掃除のついでに処理してしまわれるとは……!」と、割れんばかりの拍手と狂信的な眼差しが降り注ぐ。

(いや、俺ただ『動いたら怪我するから危ないよ』って手順書に書いたおっさんなんだけどな……!!)

冷や汗で制服をビショビショにしながら、俺はただガタガタと震えることしかできなかった。

すると。

隣で腕を組んで全てを見ていたマルクが、もの凄く冷ややかな、全宇宙を凍りつかせるようなツッコミを叩き込んだ。

「――いや、全員いい加減にしろよ」

マルクは眼鏡をピシッと押し上げ、床に転がるテロリストたちを呆れたように見下ろした。

「こいつ、テロリストの陰謀なんて1ミリも知らねえからな? 昨日、お前らがヤル気満々で『前線に突撃します!』って言うから、『前線とかマジで労災の塊(危険)だから全員その場で一歩も動かずに定時まで時計眺めてろ』ってビビり散らかして、ただの手抜き手順書を配っただけだよ。世界を救ったんじゃなくて、ただの**『世界一必死なサボり魔』**の執念が、たまたまこいつらの奇襲ルートにハマっただけだ。神格化するのをやめろ、お前らの脳内変換はバグりすぎだ」

マルクの超ストレートな「おっさん格下げツッコミ」がテント内に響き渡る。

しかし。

床に這いつくばっていたテロリストのリーダーは、そのマルクの言葉を聞いて、がたがたと恐怖に身を震わせながら、アルベルトを仰ぎ見た。

「な……なるほど、そういうことか……! ブライトナー家の次男が、あえてアルベルトを『ただのサボり魔』と格下げして見せることで、我々のプライドを完膚なきまでに叩き潰すという、最も冷酷な精神的オーバーキル……! 我々の命を賭けた国家転覆計画すら、奴にとっては『ただの定時退社の邪魔』に過ぎなかったというのか……! 化け物め……!」

「……えぇ?」

マルクは、もはやツッコミを入れる気力すら失ったように、深ーーいため息をつくと、そっと特製胃薬の小瓶を俺の手に握らせた。

「ほら見ろ、アルベルト。僕がどれだけ真実を言ってお前の格を下げようとしても、こいつら勝手に『高度な精神攻撃だ!』って深読みして絶望していく。……もうダメだ。僕たちの負け(大勝利)だ」

「マルク……。俺、もう本当に何も言わずに帰るわ……」

チーン、コーン、カーン、コーン……。

演習場に、放課後(定時)を告げるのどかなチャイムが響き渡った。

「よし、定時だ。お疲れ様でした(業務終了)」

前世の「早く帰りたい執念(手抜きマニュアル)」のせいで、裏のテロ組織の国家転覆計画を無自覚に粉砕し、マルクのツッコミすらもブラフ(精神攻撃)として処理されてしまった誠。

周囲からの評価は「テロリストすらも書類一枚で絶望させる冷徹な支配者」、しかし実態は「チャイムと同時に、一秒でも早くベッドでゴロゴロするために光の速さで帰宅する十歳児おっさん二人組」。

茜色に染まる演習場で、誠の「サボるための戦い」は、ついに世界の闇すらもコストカットし始めるのだった。


次回予告(第二十八話)

合同演習での『テロリスト完封(大掃除)』の功績により、学園内だけでなく、ついに王国の最高権力者である『国王陛下』の耳にまで誠の噂が届いてしまう。

「ムルターシュ家の神童を、次期侯爵、いや、国家の最高安全顧問として迎え入れたい」

いよいよ退路を断たれそうな誠だったが、ここで彼のおっさんブレインが閃く。

「そうだ、国家の偉い人に目をつけられたなら、前世の最終奥義――『転職活動(他国への亡命)』のフリをして、今の職場の条件(サボり環境)を吊り上げてやればいいんだ!」

サボりたすぎるおっさん誠、まさかの国王を相手に『強気のキャリアアップ交渉』を仕掛けることになり……!?

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