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第二十六話『三校合同演習の開幕と、完璧なマニュアル経営』


「無理だ。前世の知識の貯金がもう底をつく。マルク、お願いだから今日の『三校合同魔導演習』の作戦、代わりに考えてくれ。お前の方が筆記二位で頭いいだろ」

放課後。他校のエリートたちが集まる『三校合同演習』の開幕を翌日に控え、俺は魔導管理委員会の部室で、マルクに向かって本気で頭を下げていた。

だが、我が委員会の優秀な委員長(同僚)は、眼鏡の位置をピシッと直すと、冷徹に書類を俺の前に突きつけた。

「諦めろ、アルベルト最高顧問。学園長から『合同演習の安全管理および防衛作戦の全権は、我が校の至宝・アルベルト君に一任する』って、国費レベルの予算つきで丸投げされてるんだ。僕が代わりにやったら、それこそ書類偽造で僕の家が取り潰されるよ」

「そんな殺生な……!」

俺は涙目で頭を抱えた。

ここ数日、5Sだの安全第一だので目立ちすぎたせいが、ついに最悪の形で跳ね返ってきた。

他校の尖った天才たちが「王立アカデミーの首席(怪物)と戦えるぞ!」と目をギラギラさせて乗り込んでくるというのに、俺の中身はただの元総務部員のおっさんだ。本格的な戦略戦術なんて、前世のビジネス書で読んだ「孫子の兵法(うろ覚え)」くらいしか引き出しがない。

「いいか、アルベルト」マルクはため息をつきながら、特製胃薬の瓶を俺のデスクに置いた。

「他校の連中は、お前のことを『一歩動けば天変地異を起こす大魔導師』だと勘違いして、死ぬほど警戒してる。お前が変に小難しい作戦を立てようとするからボロが出るんだ。……いいから、いつも通り『お前が一番楽できる手抜き』を押し通せ。周囲の深読み(バグ)の処理は、僕がツッコミで引き下げてやるからさ」

「マルク……! お前、本当に頼りになる同僚だよ……!」

俺はマルクの温かい(?)言葉に救われ、前世の社畜時代に何度も作った、あの『一番頭を使わない、定型文だらけの業務手順書』を作成することにした。

翌日。第一演習場には、三つの学園から選りすぐられたエリート新入生たちがズラリと並んでいた。

対戦校のリーダーである『帝国魔導士官学校』の首席の少年が、傲慢な笑みを浮かべて俺の前に歩み出てくる。

「フン、君が噂のアルベルト・フォン・ムルターシュか。どんな恐ろしい戦術を仕掛けてくるかと思えば……なんだ、その締まりのない顔は。我が校の完璧な突撃陣形の前に、その余裕がどこまで持つかな!」

他校の生徒たちからも、俺を値踏みするような鋭い視線が突き刺さる。

(うわぁ、めちゃくちゃ好戦的。怖い。できれば戦わずに帰りたい。不戦勝とかないの?)

内心ビビり散らかして冷や汗ダラダラな俺だったが、前世の営業スマイル(ポーカーフェイス)だけは完璧に機能していた。俺は無言のまま、昨日マルクと一緒に徹夜でコピー(魔写)した、分厚い羊皮紙の束を他校のリーダーたちに配った。

「……なんだ、これは? 『三校合同演習における、安全衛生管理および業務標準手順書マニュアル』……?」

相手のリーダーが眉をひそめる。

そこには、戦術の「せ」の字も書かれておらず、ただひたすらに、

『一、魔法を放つ際は、周囲の安全を指差し確認すること』

『二、演習場内での怪我は、速やかに救護班へ報告し、ヒヤリハット事例として蓄積すること』

『三、定時(17時)を過ぎた演習は、時間外労働とみなし、原則禁止とする』

といった、前世の会社の「安全マニュアル」が、これでもかと事細かに並べられていた。

戦術会議の場が、一瞬で静まり返る。

他校の天才たちは、そのマニュアルを何度も読み返し、やがて、その顔が恐怖で青ざめ始めた。

「な、なんてことだ……。このマニュアル、一見するとただの『安全規則』に見えるが……違う! これは、我が校の得意とする『超高火力による短期決戦』を完全に封じるための、精神的な呪縛(心理戦)だ……!」

「……え?」

相手のリーダーが、ガタガタと震えながら俺を凝視する。

「あえて戦術を一切明かさず、このような『作業手順』を提示することで、『お前たちの攻撃など、すべて我が校の安全管理(計算)の枠の中に過ぎない』と、無言で脅迫しているのか……! 恐ろしい男だ、戦う前からこちらの動きが完全に誘導されている……!」

(違う! ただ事故が起きたら俺の管理責任になるから、事前に予防線を張っただけだ!!)

「その通りですわ!」エレノアが誇らしげに胸を張る。「アルベルトの【マニュアル経営(絶対安全の陣)】の前に、貴方たちの野蛮な突撃など、ただの『管理不足の労災』に過ぎませんのよ!」

「……アルベルト、冷徹。……戦う価値すらないと、書類だけで相手の戦意を挫いた。……素敵」

カレンも恍惚とした表情で俺を見つめている。

周囲の「アルベルト様、恐るべき心理戦の覇王……!」という賛美の拍手が沸き起こる中。

「――いや、全員ちょっと落ち着け」

隣で腕を組んでいたマルクが、もの凄く冷ややかな、心の底から呆れ果てた声でツッコミを入れた。

「何が心理戦の覇王だよ。こいつ、他校の連中が強そうだから完全にビビって思考停止して、昨日泣きながら『もう全員一歩も動かないで、定時でそのまま帰ってくれないかなぁ』ってベッドで丸まってただけだからね? このマニュアルも、自分が怪我人の書類処理をするのが面倒くさいから、相手にルールを押し付けてサボろうとしてるだけだよ。神格化するのをやめろ」

マルクの超ストレートな「格下げツッコミ」が会議室に響き渡る。

しかし。

相手のリーダーは、そのマルクの言葉を聞いて、さらにハッと目を見開いた。

「な……なるほど、そういうことか……! ブライトナー家の次男マルクが、あえてアルベルトを『ただの凡人、サボり魔』と格下げして見せることで、こちらの油断を誘うという高度なブラフ(二重の罠)……! どこまで底が浅いと思わせる気だ、このSクラスは……! くそっ、このマニュアルを破れば、それこそ『奴らの罠』に嵌るということか……!」

「……えぇ?」

マルクは、眼鏡を指で押し上げながら、深ーーいため息をついた。

「ほら見ろ、アルベルト。僕がどれだけ真実を言って格下げしようとしても、こいつらの深読みバグ(脳内変換)が強すぎて、もう手遅れだ。……諦めて、サボり魔の覇王としてマニュアル通りに定時退社をキメようぜ、最高顧問」

「マルク……。俺、もう何も言わないことにするよ……」

前世の「めんどくさい業務手順書(手抜き)」が、マルクの的確なツッコミによる格下げの努力虚しく、他校の天才たちによって「完璧な心理的防衛陣」として超解釈されてしまった誠。

他校の連中がマニュアルを遵守しようと、お互いに「右よし、左よし!」と指差し確認をしながら恐る恐る魔法を放ち合うという、世界一平和で、世界一緊迫した(と他校が勘違いしている)三校合同演習の幕が開く。

味方であるマルクと「胃薬」を分け合いながら、おっさん誠の「ただサボりたいだけの学園支配」は、他校のエリアにまでじわじわと侵食していくのだった。

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