第二十五話『旧校舎の大掃除と、発掘された禁忌』
「いいかマルク、そして風紀委員の諸君。我が魔導管理委員会および風紀委員会の合同任務として、本日は『旧校舎・地下備品倉庫』の【4S(整理・整頓・清掃・清潔)】を執行する!」
放課後。薄暗い旧校舎の地下廊下に、俺の声が響き渡った。
俺の背後には、腕章を巻いてヤル気に満ち溢れたエレノア率いる風紀委員たち、そして隣には、すでに胃薬の小瓶を抜刀するように構えているマルクが立っている。
「アルベルト最高顧問の言う通りだ」マルクが眼鏡の位置を厳しく直す。「長年放置された旧校舎の地下は、埃と未識別の魔導具が乱雑に放置されており、防災の観点からも極めて深刻な『労災リスク』を抱えている。一秒でも早く片付けて、僕たちの定時退社を勝ち取るぞ」
「おおーっ!」と風紀委員たちが拳を突き上げる。
(よし、完璧な組織統率だ。ここさえ綺麗にすれば、学園内の『未特定在庫』はすべてゼロになり、俺たちの業務は完全に定常化(サボり確定)する!)
前世の工場勤務時代、数十年分の粗大ゴミが溜まった開かずの倉庫を、ヘルメット着用で一気にお掃除したあの「大掃除(クリーンアップ作戦)」の精神が、今ここに再現されようとしていた。
ギギギ……と、重い鉄扉を開ける。
中は数十年分の埃と、蜘蛛の巣、そして正体不明の古いガラクタ(マジックアイテムの残骸)で埋め尽くされていた。
「これより、仕分け作業を開始する! 要るものは棚へ、要らないものは廃棄処分! ――作業開始!」
俺の号令とともに、お掃除バトルが幕を開けた。
風紀委員たちが生活魔術の『クリーン』や『ウインド』を駆使して埃を吹き飛ばし、マルクがテキパキと在庫リストにペンを走らせる。俺は前世の「容赦ないコストカット意識」を発揮し、「これ何だか分からんから廃棄!」「これもカビ生えてるから即処分!」と、怪しいガラクタを次々とレッドカード(廃棄処分)にしていった。
作業は順調、まさに驚異的なホワイトスピードで進んでいた。
……しかし、倉庫の最奥、厚いレンガの壁に囲まれた不自然な『隠し扉』を、風紀委員の一人が見つけてしまったことで、状況は一変した。
「アルベルト様! 奥に、見たこともない複雑な結界で封印された、禍々しい箱を発見いたしました!」
「なに?」
俺とマルクが駆けつけると、そこには埃を被った古い祭壇があり、その上にはドス黒い、不気味な魔力を放つ鉄の箱が鎮座していた。箱の表面には、素人目に見ても「触ったら呪われます」と言わんばかりの古代文字の呪符がベタベタと貼られている。
「こ、これは……!」エレノアが息を呑んだ。「間違ありませんわ……! 学園の創立記念誌に載っていた、三百年前に当時の災厄の魔女が遺したとされる、周囲の魔力を吸い尽くして街を滅ぼす禁忌の魔導具【深淵の心臓】ですわ! なぜこんな場所に……!?」
その言葉に応じるかのように、長年の埃を払われたことで『刺激』された鉄の箱が、ドクン……と不気味な鼓動を始めた。
バリバリと黒い稲妻が走り、周囲に貼られていた古い呪符(封印)が、経年劣化もあって一瞬で消し飛び、部屋全体の魔力がガリガリと箱に吸い込まれ始める。
「ひ、ひぃっ! 封印が解けて、暴走を始めましたわ! 避難を! 今すぐ学園長や魔導師団を呼ばなければ、学園ごと消滅しますわ!!」
エレノアたちがパニックを起こして叫ぶ。
だが。
数百年ぶりの復活を遂げ、世界を破滅させんと黒い波動を放つ【禁忌の魔導具】を前にして、俺の脳内に去来したのは、恐怖ではなかった。
激しい【怒り】だった。
(……おい。おいおいおいおい、ふざけるなよ)
俺はドス黒いオーラ(※怒りの精神圧)を放ちながら、一歩、また一歩と、暴走する箱へと歩を進めた。
(三百年前に放置した奴、誰だよ。……『5S』の基本が全くできてねえだろうが! なんでこんな『超高リスクな危険物(毒劇物)』を、鍵付きの専用保管庫にも入れず、使用許可証も無しに、地下の共有スペースにノーガードで不法投棄してやがるんだ!!)
前世の工場なら、一発で営業停止処分、取締役がテレビの前で頭を下げて謝罪するレベルの最悪な安全管理体制(コンプライアンス違反)である。何より、今こいつがここで爆発でもしてみろ。
(今日の、俺の、完全定時退社の計画が、全部台無し(残業確定)になるじゃねえかアアアア!!!)
「誰ですか……こんな危険物を定位置以外に放置した不届き者は!! 労災事故(世界の危機)になる前に、私が力技でコストカット(即時撤去)します!!」
俺は怒りのあまり無詠唱で、全身の魔力をフル回転させた。
エアコン省エネモードのタガが外れ、全属性の魔力が俺の右腕に極限まで凝縮される。あまりの魔力密度に、周囲の空間がガラスのようにひび割れ始めた。
「――全属性・複合熱量相殺(要するに、ただの力任せな魔力コーティング)」
俺は暴走する鉄の箱に向かって、容赦なくその右拳を叩き込んだ。
ドゴォォォォォン!!!
部屋全体が真っ白な光に包まれる。
【深淵の心臓】が放っていた暗黒の魔力は、俺の放った圧倒的な『暴力的なまでの純粋魔力』によって、根こそぎ中和され、相殺され、分子レベルで完全に押し潰された。
パキィン……と、哀れな音を立てて、三百年恐れられた禁忌の魔導具は、ただの「ちょっと綺麗な鉄クズ(無害)」へと成り果て、床に転がった。
「ふぅ……。よし、危険物の無害化処理、完了。マテリアル安全データシート(MSDS)に基づいて、速やかに廃棄物処理業者(用務員室)へ回せ。……周囲、ヨシ。足元、ヨシ。完全撤去、ヨシ!」
俺はバシッと指差し確認を決めると、肩で息をしながら、満足げに列へと戻った。
これで今日も無事に定時で帰れる。よかった。
しかし。
背後を振り返ると、エレノアも、風紀委員たちも、そして相棒のマルクすらも、石像のように硬直して俺を凝視していた。
「あ、あの……三百年、誰も触れることすらできなかった最悪の呪いを、ただの物理的な魔力圧だけで上書きして消滅させましたわ……」
エレノアが、ガタガタと膝を震わせながら、恐怖と、それを遥かに上回る狂信的な眼差しを俺に向ける。
「アルベルト、貴方は……学園のゴミ掃除をするついでに、世界の滅亡というバグ(イレギュラー)すらも『ついで』で処理してしまわれるのですわね……。やはり、貴方はこの世界の、すべての理の頂点に立つお方……!」
「……アルベルト、圧倒的。……掃除の延長線上で、神話級の遺物をワンパン。……しびれる、結婚して」
いつの間にか影から見学していたカレンが、鼻血を出しそうなほどの興奮で琥珀色の瞳をギラギラと輝かせている。
(違う! 爆発されたら今日の有給が消えるから、必死で消火活動(力技)しただけだ!!)
頭を抱える俺の隣で、相棒のマルクが、もはや神の領域に達した目で、そっと特製胃薬の瓶を俺のポケットにねじ込んできた。
「……アルベルト。お前、ただ『残業したくない』って理由だけで、三百年ぶりに目覚めた魔王の遺産をワンパンで塵に換えたのか」
「マルク……聞いてくれ、俺はただ……」
「分かってる、お前の腹の内は全部分かってるよ。……でもね、あそこにいる風紀委員の連中の目を見てみろ。あいつらもう、お前のことを『大掃除の神』か『世界の執行官』だと完全に超解釈してるぞ。明日から、学園中の『開かずの間』や『呪われた未踏遺構』のお掃除依頼(残業の山)が、全部お前のところに回ってくると思うよ」
(なんでそうなるんだよおおお!!! 俺はもう二度とお掃除なんてしねええええ!!!)
前世の「5S(危険物の徹底排除)」の精神を異世界で発揮した結果、三百年の呪いをワンパンで粉砕し、学園の英雄から「世界の絶対的な執行者」へと、周囲の超解釈を限界突破させてしまった誠。
味方であるマルクの不吉な予言(残業の予感)が響く中、おっさんの「目立たず平穏に定時退社する」というささやかな夢は、旧校舎の埃と共に、遥か彼方へと吹き飛ばされるのだった。
✍️ 次回予告(第二十六話)
『大掃除の神』として、学園内のあらゆる「未解決案件(お掃除トラブル)」の総責任者にされてしまった誠。
そんな彼に、ついに学園長から直々に、ある最大級の「お仕事」のオファーが届く。
それは、他国のエリート校との合同対抗戦――【三校合同魔導演習】。
「アルベルト最高顧問、我が校の『安全衛生管理(絶対に負けない布陣)』の指揮を、貴方に一任します」
絶対に目立ちたくないおっさん誠、他国の天才たちを前に、前世の「完璧なマニュアル経営(絶対安全な勝ち確の陣)」で挑むことになり……!?




