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第二十三話『国家規模の会議と、おっさんの有給休暇申請』


「なぁ、マルク。俺、今日体調が悪い気がするんだ。前世の言葉で言うなら『有給休暇』ってやつを取得して、ベッドという名のシェルターに引きこもりたい」

王立魔導アカデミー中等部の放課後。魔導管理委員会の部室で、俺は机に突っ伏しながら、隣のマルクに魂の抜けた声を絞り出していた。

しかし、委員長のマルクはきっちりと制服の襟を正し、もはや職人のような手つきで特製胃薬を胃に流し込みながら、冷徹に告げた。

「無駄だよ、アルベルト最高顧問。お前が昨日、演習場で【絶対防衛の指揮官フィールド・マスター】なんて二つ名をつけられるような大立ち回りをしたせいで、今日の予定はすでに分単位で埋まってる。……ほら、お迎えが来たぞ」

トントン、と部室のドアが丁寧にノックされる。

開いた扉の向こうにいたのは、昨日の『王国魔導師団・副団長』の部下である、見るからにエリートな軍人たちだった。

「アルベルト・フォン・ムルターシュ最高顧問、およびマルク・フォン・ブライトナー委員長。お時間です。軍の上層部がお待ちしております。……【国家安全管理・合同戦略会議】の会場へご案内いたします」

(国家安全管理・合同戦略会議……!? 名前がブラックすぎるだろ!!)

前世の社畜時代、本社の役員たちがズラリと並ぶ「経営方針発表会」に迷い込んだ時のような、あの嫌な冷や汗が背中を伝う。

だが、拒否権はない。俺とマルクは重い足取りで、学園の最奥にある特別応接室へと連行された。

会議室の重厚な扉が開くと、そこは「威圧感の煮こごり」のような空間だった。

長テーブルの奥に座るのは、王国魔導師団のそうそうたる重鎮たち。そしてその中央には、鬼担任のコーデリア先生、さらには学園長の姿まである。

「よく来たな、ムルターシュ家の神童、そしてブライトナー家の次男よ」

中央に座る、髭を蓄えた厳格な老人――魔導師団の『団長』が、鋭い眼光で俺たちを見据えた。

会議室の空気が一瞬で張り詰める。

(うわぁ……完全に本社の専務とか副社長レベルの圧だ。ここで一歩間違えたら、俺の十歳児としてのホワイト学園生活サボりライフが、国家予算レベルの激務で埋め尽くされてしまう……!)

「早速だが、アルベルト君」団長は、バルトロメウス教授が提出した『5Sおよび危険予知(KY)に関する報告書』をトントンと叩いた。

「この報告書、実に素晴らしい。特に格納庫の『見える化』、そして演習場での『指差し確認による事故率低下の理論』。これは我が国の軍事ロジスティクスを根本から覆す、世紀の大発明だ。そこで君に、来月から始まる『国境警備隊の全詰所の環境改善プロジェクト』の総責任者(最高執行責任者)になってもらいたい」

(国境警備隊の総責任者ァァァ!? 移動だけで何日かかると思ってんだ! 完全に有給ゼロ、出張続きのブラック労働じゃねえか!!)

普通の十歳なら「光栄です!」と飛びつくかもしれない。だが、俺の中身は三十代のプロ社畜。こんな「名誉だけど割に合わないデスマーチ案件」は、全力で断らなければ死ぬ。

俺はフッと目を伏せ、いかにも『国家の行く末を憂う、冷徹なキャリア官僚』のような、重々しいトーンで口を開いた。

「――お言葉ですが、団長閣下。そのプロジェクトの即時導入には、極めて高い『リスク』が存在します。私は、今回の拝命を一時保留……前世の言葉で言うなら『有給サボり』とさせていただきたい」

「保留だと……!?」

会議室にどよめきが走る。軍の重鎮たちから不穏な魔力が漏れ出た。

しかし、俺は前世の「無理難題をふっかけるクライアントを言いくるめる営業スマイル」を貼り付けたまま、堂々と続けた。

「考えてもみてください。私が提唱する『5S』の本質は、ただの掃除ではありません。【規律のしつけ】です。これを現場の兵士たちに浸透させるには、まず『徹底的なマニュアル化(書類作成)』と『現場の意識改革』が必要です。もし、上からの命令だけで無理に導入すれば、現場は混乱し、かえって防衛線に『タイムロス』が生まれます」

俺はマルクに目配せをした。マルクは(また始まったよ……)という顔をしながらも、完璧なコンビネーションでアシストしてくれた。

「アルベルト顧問の言う通りです」マルクが眼鏡をキリッと押し上げる。「現在、中等部において、我々魔導管理委員会が実験的にマニュアルの策定(※ただのサボるための手順書)を行っています。まずは、この学園という『クローズドな環境』で完璧な成功事例エビデンスを作り、安全基準を確立させるのが先決かと」

(よし、完璧な責任転嫁リスケだ! 『今は学園の仕事が忙しいので、国の仕事はまた今度ね』という、ビジネスにおける最もスマートな先延ばし術!)

俺たちの完璧なロジックによる「お断り(有給申請)」を聞いた団長、そして重鎮たちは、一瞬の静寂の後、ハッと目を見開いた。

「な、なんという大局観(マクロ視点)だ……!」

団長が震える声で呟く。

「目先の功績に目が眩むことなく、国家の防衛線が一瞬でも弛むリスクを予見し、まずは学園での治験テストを最優先にするというのか……! なんという冷静さ、なんという愛国心だ……!」

「……しかも」コーデリア先生が、内心でリーゼ先輩への恐怖に震えながらも、キリッとした声で追従した。「アルベルト君の言う『意識改革』。これは、ただの技術ではなく【精神論】ですわ。彼は、王国軍全体の規律を内側から作り直そうとしているのです……!」

(違う! 国の仕事が面倒だから、学園の委員会を言い訳にしてバックれようとしただけだ!!)

団長は深く深く頷き、感極まったように俺の手をガシッと握った。

「分かった、アルベルト君! 君の『有給(長期的な戦略的休息および準備期間)』の申請を受け入れよう! 君は学園で、マルク君と共に最高の安全マニュアルを完成させてくれ! 我々軍部は、君が『ヨシ!』と合図を出すその日まで、全面的に君の人事をバックアップ(忖度)する!」

「は、はぁ……。ありがとうございます(よし、バックれたぞ!)」

こうして、俺は国家規模のブラック労働を「書類の作成(学園での引きこもり)」という建前で、見事に回避することに成功したのだった。

会議が終わり、解放された夕暮れの廊下。

俺とマルクは、並んで寮へと歩いていた。

「……なぁ、アルベルト」

マルクが、もはや畏怖を通り越して、宇宙の深淵を見るような目で俺を見た。

「何だ、マルク。上手くいったじゃないか。これでしばらくは、軍の偉い人たちに呼び出されずに済むぞ」

「お前さ、ただ国の仕事をサボりたかっただけなのに、結果的に**『王国軍全体の規律と人事を裏から支配する、影の最高権力者』**みたいなポジションに収まったの、自覚ある?」

「……え?」

「お前が『今は学園でのテスト期間だ』って言ったせいで、団長たちは『ムルターシュ家の神童が、学園を拠点に新時代の軍隊を作り上げようとしている』って超解釈したんだよ。明日から、高等部のエリート先輩たちや、他の委員会からも『アルベルト様の許可アポを取りたい』って、面会の申し込みが殺到すると思うよ」

(なんでそうなるんだよおおお!!! 俺はただ、放課後に部屋でゴロゴロしたいだけなんだよ!!!)

前世の「スマートなお断り(有給申請)」の技術を応用した結果、国軍の上層部を信服させ、さらに学園内での重要度を神の領域まで押し上げてしまった誠。

「まぁ、何だ。これで僕たちの『魔導管理委員会』の予算は国家レベルで無制限になった。……お前がサボるために作る書類、僕も全力で手伝うよ、最高顧問」

マルクが、もうお馴染みとなった特製胃薬の瓶を、俺の制服のポケットにそっと滑り込ませて、ニヤリと笑った。

「マルク……お前、やっぱり最高の同僚(相棒)だ……」

周囲からの評価は「国家の規律を再構築する冷徹な若き天才」、しかし実態は「学園の部室で有給サボりをいかに死守するか密議する十歳児おっさん二人組」。

赤く染まる学園の廊下で、誠の(望まぬ)出世街道は、さらに加速してどこまでも突き進んでいくのだった。

✍️ 次回予告(第二十四話)

国家の重鎮をも丸め込み(超解釈させ)、学園内での権力が事実上のトップクラスになってしまった誠。

そんな彼の元に、今度はクラスメイトであり、常に彼をライバル視する金髪縦ロール・エレノアから、切実な「相談クレーム」が持ち込まれる。

「アルベルト! 貴方が委員会をホワイト化(業務効率化)しすぎたせいで、我が風紀委員会の仕事(残業)が全部なくなってしまいましたわ! どう責任を取ってくれますの!?」

サボりすぎた結果、まさかの「他部署からのクレーム」に発展。おっさん誠の、次なる社畜的対応(顧客満足度向上作戦)とは……!?

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