第二十二話『安全な戦場と、限界突破のヒロインたち』
「アルベルト……。私たちの、この熱いパッションを受け止めて、今すぐハンコ(承認)を押しなさい!」
放課後。魔導管理委員会の部室(兼、誠とマルクのサボり部屋)の扉が、凄まじい勢いで蹴破られた。
入ってきたのは、金髪を激しく揺らしたエレノアと、その背後に静かに佇む黒髪ショートのカレン。二人の手には、分厚い羊皮紙の束――『合同特別訓練計画書』が握られていた。
「おいおい、エレノア。ここは『安全第一』を掲げる魔導管理委員会の神聖なオフィスだ。不法侵入(ドアの損壊)は立派な規律違反だぞ。あと、俺は今、マルクと今後の『完全週休二日制』の維持について重要な会議(お茶会)をしてるんだ」
俺は前世のベテラン社員のような手つきで湯呑みを置き、書類をチラリと見た。
そこには【第一演習場を一日占有し、最大出力での対人模擬戦を行う】と書かれていた。
(絶対に却下だ、こんな危険な案件(労災リスク)!)
「ダメだ、却下だ。そんな最大出力の魔法をぶっ放し合うなんて、危険すぎる。もし怪我人でも出たら、管理責任を問われるのは俺と委員長のマルクなんだぞ」
俺が即座に不承認の赤ペンを入れようとすると、カレンがその無表情な顔のまま、琥珀色の瞳を怪しく光らせて俺の手首をそっと掴んだ。
「……アルベルト。分かってる。だから、あなたに頼みに来た」
「は?」
「昨日、あなたの『5S』と『危険予知』の概念を聞いた。……鳥肌が立った。あなたなら、私たちがどれだけ全力で、命がけで暴れても、……絶対に『誰も傷つかない完璧なセーフティ』を構築できるはず」
「……え?」
エレノアも、我が意を得たりとばかりにフンスと胸を張る。
「そうですわ! 普段の演習では、教官たちが『危ないから出力を抑えろ』だの『的を壊すな』だの、うるさくて限界突破の訓練ができませんの! でも、アルベルト……貴方が昨日作った『完璧に管理された格納庫』と『安全基準』を見て確信しましたわ。貴方の【完璧な後方支援(リスク管理)】があれば、私たちは後顧の憂いなく、互いの命を奪い合うレベルの全力全開で戦えますわ!」
(ちょっと待て。なんで俺の『手抜きのための整理整頓』が、『どれだけ暴れても死人が出ない無敵のセーフティネット』に変換されてるんだよ!?)
「いや、俺の言う安全ってのは、そういう意味じゃなくて……」
「アルベルト」マルクが隣から、冷たい、しかしすべてを諦めた目で俺の肩を叩いた。「……無駄だよ。この二人の目は、前世の『無理な納期を笑顔で押し付けてくるクライアント』と同じだ。断れば、部室ごと爆破されてどっちみち残業(復旧作業)になる」
「マルク……! お前、なんて的確な社畜の例えを……!」
俺は血の涙を流しながら、書類に承認のサインをした。
こうして、俺とマルクは「もし事故が起きたら一発で懲戒免職(お家断絶)」という、超ハイリスクな模擬戦の『安全管理者』として立ち会う羽目になったのだ。
翌日、第一演習場。
周囲には、Sクラスの他の生徒や、噂を聞きつけた教師陣までが見学に集まっていた。
演習場の中心で、エレノアとカレンが対峙する。二人の周囲の空気が、プレッシャーだけでピリピリと震えていた。
(よし。ここで事故を起こされたら俺の定時退社ライフが終わる。前世の『工事現場の安全監督』の意地を見せてやる!)
俺は、格納庫から持ってきた拡声器(魔導具)を口に当て、演習場全体に響き渡る声で叫んだ。
「両者、戦闘前の安全確認を行う! 服装よし! 射線よし! 防護障壁の設定出力、最大よし! ――【安全第一】の精神を忘れるな! 命を大事に、業務(戦闘)開始!」
「……アルベルトの合図。……行くよ、エレノア」
「受けて立ちますわ、カレン!」
ドガァァァァァン!!!
開始の合図と同時に、演習場が文字通り【爆発】した。
エレノアの放つ、もはや大和型戦艦の主砲レベルの激流レーザーがうねりを上げ、カレンはそれを肉体強化の超ステップで回避しながら、音速の拳から衝撃波を叩き込む。
「ひ、ひぃぃぃ! なんだあの威力は! 中等部の訓練の規模を超えているぞ!」
見学していた教官が腰を抜かしている。
だが、俺とマルクは、前世の工場長ばりの鋭い目で演習場を監視していた。
「マルク! 右前方、衝撃波で防護障壁の魔力伝導率が3%低下! 補強用のアース結晶を投入しろ!」
「了解! すぐに予備電源(魔力タンク)をバイパスに接続する!」
「カレン、そこは足元がさっきの水で濡れていて滑る(労災リスク)! 【4Sの清掃】が不十分だ、右へステップしろ!」
「……! 了解、右へ!」
「エレノア、その大技は魔力の逆流のリスクがある! 出力をあと5%カットして、熱効率を最適化しろ!」
「ええい、指示が細かいですわね! でも……その通りにすると、技のキレが上がりますわ!」
俺たちの的確すぎる(と周囲には見える)「安全指示」により、二人の化け物ヒロインは、一切の無駄な負傷をすることなく、その破壊力を120%発揮して激突し合っていた。
周囲の見学者たちは、その光景に言葉を失っていた。
「な、なんてことだ……。あんな次元の違う戦いの中で、アルベルト君は全ての魔力の流れ、地形の危険度、生徒の肉体疲労を完全に『目視(見える化)』してコントロールしている……!」
「ただの安全管理ではない……。あれは、戦場そのものを支配する【絶対防衛の指揮官】だ……!」
(違う! 俺はただ、破片がこっちに飛んできたら危ないから必死に現場監督(KY活動)してるだけだ!!)
ドッゴォォォン!!
最後に、二人の最大奥義が激突し、演習場に巨大な水のキノコ雲が上がった。
凄まじい衝撃波が押し寄せたが、俺があらかじめ「安全マージン(余裕)」を3倍に設定しておいた防護障壁が、完全にそれをシャットアウトした。
霧が晴れると、そこには。
演習場の床はボロボロに粉砕されているものの、エレノアもカレンも、擦り傷一つない綺麗な状態のまま、肩で息をして立っていた。
二人の顔には、今までにない「全力を出し切った」という至高の満足感が浮かんでいる。
「……信じられない。あんなに本気で戦ったのに、ドレス一枚、髪一筋すら汚れていないなんて……」
エレノアが、己の両手を見つめながら、感動のあまり青い瞳を潤ませる。
「……アルベルト。あなたの言う『安全第一』、……最高。守られている安心感の中で戦うのが、これほど心地いいなんて」
カレンも、頬をわずかに赤く染めながら、俺の方をじっと見つめていた。
パチ……パチパチパチパチ!!
演習場を、割れんばかりの拍手と歓声が包み込む。
教官たちも涙を流して「これぞ我がアカデミーが目指すべき、究極の演習環境だ!」と絶賛している。
(終わった……。事故ゼロ、負傷者ゼロ。これで俺の今日の業務(立ち合い)は定時で終了だ……!)
俺がホッと胸をなでおろし、マルクと「よし、帰って美味いお茶でも飲もう」と目配せし合った、その瞬間。
「素晴らしいオペレーションだったぞ、アルベルト君、マルク君」
人混みを割って現れたのは、昨日格納庫で遭遇したバルトロメウス教授、そして……その後ろには、なぜか【王国魔導師団・副団長】の肩書きを持つ、ガチの軍の偉い人が立っていた。
(ゲゲェッ!? エリアマネージャーどころか、本社の執行役員(常務)が直々に視察に来た!?)
副団長は、俺の前に歩み出ると、バシッと完璧な軍隊式の敬礼を決めた。
「君がムルターシュ家の神童か! バルトロメウス教授から『5S』の報告書を見せてもらったが、今日の【戦場安全管理】を見て確信した! 君たちの構築した安全基準があれば、我が魔導師団の訓練中の死亡事故はゼロになり、戦力は倍加する! すぐに軍の特別顧問として、来週の合同演習の作戦会議(安全対策会議)に出席してほしい!」
「…………はい?」
俺の口から、魂の抜けたような声が出た。
学園の委員会どころか、今度は国家の軍事組織の「安全対策会議(終わらない超絶ブラック会議)」への出席要請である。
「おめでとう、アルベルト最高顧問。……いよいよ国家をサボらせる(効率化する)時が来たね」
隣でマルクが、もはや神の領域に達したような哀れみの笑みを浮かべ、そっと特製胃薬の瓶を俺の手に握らせた。
「マルク……。俺、ただ定時退社して、ベッドでゴロゴロしたかっただけなのに……どうして……」
前世の「安全第一(労災隠し防止)」の精神が、またしても「国家の戦術を覆す絶対防衛システム」として超解釈されてしまった誠。
軍の偉い人にガシッと握手を交わされ、周囲からの鳴り止まない拍手の中、おっさんの「平穏な定時退社」への道は、宇宙の彼方へと消え去っていくのだった。




