第二十一話『初めての委員会業務と、徹底された5S』
「はぁ……。初日からさっそく『残業(委員会活動)』かよ。本当に世知辛い世の中だぜ……」
放課後。俺とマルクの二人は、第一演習場の裏手にある『魔導具格納庫』の前に立っていた。
魔導管理委員会の初仕事は、演習で使用する魔導具や杖の「定期点検と在庫確認」だ。早く終わらせて一秒でも早く帰りたい俺は、格納庫の重い鉄扉を開けた。
――そして、絶句した。
「……なんだ、このゴミ溜め(ブラック職場)は」
格納庫の中は、まさに混沌だった。
予備の魔術杖、訓練用の防護盾、属性結晶の入った木箱などが、何の方針もなく雑然と積み上げられている。床には劣化した魔力ポーションの液体がシミになって放置され、隅には使い古された魔導具が山積みだ。
「ひどいな……。これじゃ、いざという時に必要な道具がどこにあるか全く分からないよ」
マルクも眼鏡の位置を直しながら、困り果てたようにため息をついた。
前世で、製造ラインの安全点検や5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)の徹底を叩き込まれてきた元総務部員として、この光景は生理的に受け付けない。何より、こんな乱雑な環境では、点検作業に何時間かかるか分かったものではない。
(定時退社をキメるためには、まず『業務環境の徹底的な効率化』が必要不可欠だ。よし、マルク。前世の日本の製造業を支えた、究極のライフハックを見せてやる!)
「マルク、作業手順を変更する。点検の前に、まずはこの部屋の『環境改善』だ」
「環境改善?」
「ああ。まずは【整理】。要るものと要らないものを完全に分ける。次に【整頓】。必要なものを、必要な時に、すぐに取り出せるように配置する。いいか、マルク。これはサボるための戦いだ!」
「……サボるために必死に働く。お前のその情熱、本当にどこから来るんだよ」
マルクは呆れつつも、胃薬をひと口飲んで「手伝うよ」と袖をまくった。
俺たちの『格納庫サボり化計画』が始まった。
まずは【整理】。
俺は前世の「断捨離」の精神を発揮し、数年間使われていない壊れた魔導具や、干からびた素材を「これ全部廃棄処分な!」と容赦なく仕分けた。
次に【整頓】と【清掃】。
床を綺麗に掃き清めた後、木箱や棚にラベルを貼り付けた。
『火属性・初級杖』『水属性・結晶(劇物につき取扱注意)』『防護盾(大・中・小)』と、誰が見ても一目で中身と数量が分かるように定位置を決めて配置していく。
「すごいなアルベルト。ただ並べ替えただけなのに、どこに何があるか一瞬で分かる……。まるで魔法だ」
マルクが驚嘆の声を上げる。
「フッ、これぞ前世の……いや、我がムルターシュ家に伝わる『5S』という秘術の一端だ」
(よし、仕上げだ。異世界特有の『労災リスク』も潰しておくか)
俺は格納庫の入り口の床に、目立つ黄色の塗料で一本の線を引いた。
「マルク、この線の前では必ず立ち止まり、部屋の中を目視して『格納庫内、異状なし。よし!』と指差し確認をするんだ。これを『危険予知(KY活動)』と言う。これで事故の9割は防げる」
「き、きけんよち……? 指差し確認……?」
マルクは不思議そうにしながらも、「よし!」と真似して指を差した。真面目な奴である。
こうして、わずか一時間足らずで、混沌としていた格納庫は、まるで近代的な工場の管理室のように美しく、洗練された空間へと生まれ変わったのだった。
「よし、環境は整った。これでこれからの定期点検は5分で終わるな。帰ろう!」
俺が満足して荷物をまとめた、その時。
「――おい、お前たち。ここで何をしている?」
格納庫の入り口に、一人の厳格そうな老人が立っていた。
白髪をきっちりと整え、豪奢な魔導ローブを纏ったその人物は、学園の魔導具管理の総責任者であり、気難しいことで有名な『バルトロメウス教授』だった。
(ゲッ、エリアマネージャー(本部の人)が来た!?)
俺はとっさに前世のビジネススマイルを貼り付けた。
「失礼いたします、バルトロメウス教授。魔導管理委員会の初等業務として、格納庫の点検を行っておりました」
教授は「ふん、新入生の小童が……」と鼻で笑いながら、格納庫へと一歩足を踏み入れた。
――そして、その足が、ピタリと止まった。
教授の老いた目が、見開かれる。
彼は、信じられないものを見るかのように、美しく整列した魔導具の棚、一目で数量が分かるラベル、そして塵一つない清潔な床を見回した。
「な……なんじゃ、これは……!?」
教授は震える手で、火属性の杖が整然と並ぶ棚に触れた。
「あ、あの常に乱雑だった格納庫が……。どこに何があるか、どの結晶がどれだけ残っているかが、一瞥しただけで完全に把握できる……。この、恐るべき『視覚的統制(見える化)』は、一体誰がやった……!?」
(え? いや、ただの整理整頓ですけど……?)
「私がやりました、教授」マルクがすかさず前に出る。「アルベルト顧問の指示のもと、『5S』および『危険予知』の概念を取り入れ、業務効率化と安全管理を徹底した結果です」
マルク、余計なことを言うな!
教授はガタガタと肩を震わせ、俺の顔を凝視した。その目は、まるで伝説の賢者を見るかのような崇拝の念に満ちていた。
「『5S』……! 『危険予知』……! なんという恐るべき概念じゃ……! 国家の武器庫でさえ、これほど完璧な管理はなされていないぞ! これなら、魔導具の紛失も、劣化による暴発事故も、未然に防ぐことができる……! アルベルト君、君は……ただの学生ではないな!? 国家レベルの『後方支援の天才(ロジスティクスの神)』か!?」
「いえ、私はただ、早く帰りたかっただけでして……」
「素晴らしい! 効率を突き詰めた結果の、この洗練された空間! まさにプロフェッショナルの仕事じゃ! すぐにこの『5S』の報告書をまとめなさい! 学園全体、いや、王国魔導師団の全詰所にこれを導入するよう、私から上層部に掛け合ってこよう!」
(国家レベルの大ごとにしないでえええ!!! 報告書(残業の元)を増やすなあああ!!!)
教授は「歴史が変わるぞ……!」と興奮しながら、風のように去っていった。
静まり返る格納庫。
俺は机に両手を突き、絶望に打ちひしがれていた。
「……アルベルト。お前、ただサボりたかっただけなのに、また国家規模で評価されちゃったね」
マルクが、もはや憐れみすら含んだ目で、特製胃薬の小瓶をそっと俺の前に差し出してきた。
「マルク……。俺、ただ定時退社したかっただけなんだ……」
「分かってる、分かってるよ。……さ、教授に目をつけられた以上、明日からの書類仕事(残業)、覚悟しておこうね、『同僚』」
前世の「5S(手抜きのための整理)」が、またしても「国家級の管理術」として超解釈されてしまった誠。
味方であるマルクと共に、サボるために効率化すればするほど、なぜか「有能すぎる天才」として外堀が埋まっていくおっさんの明日は、一体どっちだ――!?
✍️ 次回予告(第二十二話)
5Sの噂は瞬く間に学園中に広がり、誠たちの魔導管理委員会は、他クラスや高等部からも「相談(面倒事)」が持ち込まれる一大勢力になりつつあった。
そんな中、カレンとエレノアの二人が、誠の「安全第一」の姿勢に刺激され、ある『恐るべき訓練計画』を誠の元に持ってくる。
「アルベルトの言う『完璧な安全』の中でなら、私たちは限界を超えて戦える……!」
ヒロインたちの熱い勘違いが、誠をさらなるブラック残業の渦へと巻き込んでいき……!?




