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第十九話『初めての実技授業と、徹底された安全管理』


王立魔導アカデミー中等部での、記念すべき最初の実技授業『初級魔導演習』。

俺たちSクラスの新入生は、広大な敷地内にある【第一演習場】へと集められていた。

今日の課題は、二十メートル先にある頑丈な石造りのまとに向かって、攻撃魔法の基礎中の基礎である『初級水魔術・アクアショット』を放つこと。学校側としては、まずは生徒たちの現状の魔力出力とコントロールを把握したいのだろう。

「おい、アルベルト。何かブツブツ言ってるぞ。また胃が痛むのか?」

列の隣に並んだマルクが、眼鏡の位置を直しながら呆れたように声をかけてきた。

「いや、違うんだマルク。俺は今、この演習場の『労働環境』の劣悪さに戦慄しているんだ……」

「……は? ろうどう、かんきょう?」

マルクが首を傾げるのも無理はない。だが、前世の社畜時代、総務部で「労働安全衛生管理者」の資格を無理やり取らされ、工場の安全点検をさせられていたおっさんから見れば、この異世界の魔法訓練はツッコミどころの嵐(労災リスクの塊)だった。

(射線上に防護壁が少なすぎるだろ! 生徒たちに防護ゴーグルも配ってないし、もし破片が目に飛んだらどうするんだ! 安全第一セーフティ・ファーストの精神がゼロすぎる……!)

「では、まず次席のエレノア・フォン・ヴァルハイト公爵令嬢から行ってもらおう!」

教官の豪快な声に、金髪縦ロール・エレノアがフンスと豊満な胸を張って前に出た。

「見ていなさいアルベルト! これが私の、本物の実力ですわ! ――集え、清冽なる水。我が敵を穿て。アクアショット!」

ドガァァァン!!

放たれたのは、初級の『水の弾丸』とは名ばかりの、高圧洗浄機を何十倍にも強化したような【激流のレーザー】だった。的は一瞬で粉砕され、後ろの防壁まで巻き込んで演習場に豪快な水しぶきと石の破片が舞い上がる。

「素晴らしい! 初級魔法でこれほどの水圧を叩き出すとは、流石は公爵家!」

教官が大絶賛し、生徒たちからも歓声が上がる。エレノアはドヤ顔で俺を見た。

(おいおい……。あんなの、前世で言えば『高圧ホースの安全弁を無視して最大出力でぶっ放した』ようなもんだぞ。いつパイプが破裂して爆発事故が起きてもおかしくない。実に危険だ。減点、大減点だよ!)

続いて、黒髪ショートのカレンが前に出る。

彼女は杖すら持たず、拳に青い魔力をまとわせた。

「……アクア・ストレート」

バゴォォォン!!

拳の風圧と共に放たれた水の弾丸が、音速を超えて次の的を粉砕・消滅させた。

「なっ、無詠唱かつ肉体強化との複合魔術だと!?」教官の目玉が飛び出している。

(だから、安全基準はどうなってんだこの学校は! 衝撃波で周りの生徒の鼓膜が破れたらどうするんだ! 防音イヤーマフを着けさせろ!)

ハラハラしながら胃を押さえる俺の名前が、ついに呼ばれた。

「次、首席アルベルト・フォン・ムルターシュ!」

一瞬で演習場が静まり返る。

エレノアもカレンも、他クラスの見学の連中すらも、1ミリの油断もない目で俺を凝視している。

(よし。ここで俺がやるべきは、事故リスクの徹底的なコストカット。そして【安全第一】の体現だ。派手に的を壊して、破片が誰かに当たったら労災(国際問題)になるからな)

俺はトコトコと前に出ると、まずは周囲の状況を確認した。右を見て、左を見て、足元を確かめる。

「――右よし、左よし、足元よし。射線クリア。安全確認、ヨシ!」

バシッと指差し確認(前世の工場の癖)をこなす。

「……? アルベルト君、何を呟いているんだ?」

教官が不思議そうに尋ねるが、俺は無視して真っ直ぐに的を見据えた。

エレノアたちのように、余計な魔力を込めて暴発させるようなリスクは一切冒さない。

的を壊さず、しかし、確実に「水が届いた」という事実だけを最低コストで残す。

(魔力出力、最低制限の3%に設定。軌道、ブレのない完全な直線。圧力、家庭用の水道水と同等――)

「――アクアショット」

パシャ。

俺の指先から放たれたのは、前世の『お庭の水撒き用ホース』から出るような、実にマイルドで、実に平和な、綺麗な水の放物線だった。

水は優しく放物線を描き、的の真ん中に「ペチャッ」と当たって、静かに床を濡らした。

的は一切壊れていない。煙も立たない。音すらない。

完全なる、文字通りの『初級魔法(最低出力)』。

「よし、着弾確認。業務終了(定時退社)」

俺は小さく頷き、満足して列に戻った。

これなら誰も俺を天才だなんて言わないはずだ。何せ、ただの打ち水なのだから。

……だが。

演習場は、先ほどのエレノアたちの時とは全く違う、不気味な「静寂」に包まれていた。

教官は、顎が外れそうなほど口を開けて俺の水を凝視している。

(……え? なんで? 今度は普通にただの初級魔法だぞ? 威力も皆無だぞ?)

「……バ、バカな……」

教官が、震える声で呟いた。

「な、なんだあの……一切の『ブレ』がない、完璧な流体力学の制御は……!?」

「は?」

教官は床に這いつくばるようにして、俺の水が流れた跡を凝視した。

「魔術というのは、出力を落とせば落とすほど、魔力の粒子が霧散して軌道がブレるはずなのだ! それを……あいつは、あらかじめ着弾点までの空気抵抗や重力をすべて頭の中で計算し、水分子を極限まで凝縮させて、1ミリの狂いもなく放物線を描かせただと……!?」

(違う! 出力を極限まで落としたら、ただ普通の放物線になっただけだ!!)

「それだけではありませんわ……!」

エレノアが、戦慄したように声を震わせる。

「あの着弾……! 的に当たった瞬間、水は周囲に一切飛び散らずに、すべて真下に流れ落ちましたわ。つまり、ぶつかった衝撃エネルギーを、水の表面張力だけで完璧に相殺したということですの……!? 威力を出すより、何百倍も難しい精密制御ですわ……!」

(違う! 威力がなさすぎて飛び散る元気がなかっただけだ!!)

「……アルベルト。威力に頼る私たちを、嘲笑うかのような圧倒的な『洗練』。……完璧すぎて、鳥肌が立った」

カレンが、自分の両腕を抱きしめながら、興奮で琥珀色の瞳をギラギラと輝かせている。

(だから違うって!! なんでお前ら、手を抜けば抜くほど『至高の技術』として超解釈するんだよおおお!!!)

頭を抱えそうになった俺の隣で、相棒のマルクが、ボソリと呟いた。

「……いや。あいつ、ただ『的を壊して、その後の片付け(掃除)や破片の撤去をするのが面倒くさかった』だけじゃないか?」

「!!」

俺はガタッと肩を震わせ、驚愕の目でマルクを見た。

(気づいた!? こいつ、俺がただ面倒くさがって手抜き(コストカット)しただけだってことに気づいたぞ……!?)

マルクは俺のその反応を見るなり、すべてを察したように、眼鏡の奥の目で、深ーーいため息をついた。そして、自分のこめかみを押さえながら、呆れたように呟く。

「……はぁ。なるほどね。周囲が勝手に神格化してるだけで、中身はただの『プロのサボり魔』か。……とんでもない奴の隣の席になっちゃったな、僕は」

「マルク……! お前、お前って奴は……!!」

初めて、この世界で俺の「本質(サボり癖)」を正しく見抜いてくれた理解者の登場に、俺は全米が泣くほどの感動を覚えていた。これでおっさんの愚痴を言える、最高の『同僚』ができた!

しかし、周囲の「アルベルト様、恐るべき精密コントロール……!」という拍手の嵐は止まない。

前世の「安全第一(手抜き)」が、またしても「神業」として処理されてしまった誠。

味方マルクを得たものの、学校側の評価のハードルはさらに天を突くほどに跳ね上がり、おっさんの「目立たず平穏に定時退社する」という夢は、またしても遥か彼方へと遠ざかっていくのだった。

✍️ 次回予告(第二十話)

マルクという唯一の理解者を得た誠。しかし、そんな彼に次なる試練が訪れる。

それは、学園生活で最もおっさんが避けたいイベント――「放課後の委員会決め(サービス残業の押し付け合い)」。

絶対に目立たず、最も仕事の少ない「幽霊委員会」を狙う誠だったが、ここでも彼の『前世のビジネススキル(交渉術)』が炸裂し、なぜか最重要ポストへと祭り上げられてしまい……!?

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