第十七話『Sクラスの自己紹介と、消えない母親の影』
王立魔導アカデミー中等部では、入学試験の成績順に、優秀な方からS、A、B、C、Dの五つのクラスに振り分けられる。
俺、アルベルト・フォン・ムルターシュがどのクラスになったかと言えば、言うまでもなく、あのバグだらけの首席合格のせいで、最上位の『Sクラス』の教壇の真ん前に座らされていた。
黒板に向かって扇状に並べられた高級な机。その最前列、ど真ん中というこれ以上ない「目立つ席」が俺の指定席だ。
(最悪だ……。前世の社畜時代、社長の目の前の席に配置されたあの息苦しさを思い出すな。できれば一番後ろの、窓際の席で一日中ぼーっと外を眺めて定時(放課後)を待ちたかったのに……)
ため息をつきながら隣の席に目をやると、きっちりと制服を着こなし、眼鏡の奥から真面目そうな一歩引いた瞳でこちらを見つめている少年がいた。
「隣、いいかい? 僕はマルク・フォン・ブライトナー。伯爵家の次男だ。……一応、筆記試験は君に次ぐ二位だったから、君がどんな怪物なのか、少し興味があってね」
(おっ、筆記二位の秀才くんか! 苦労してそうな顔をしてるな、親近感が湧くぞ)
「よろしく、マルク。俺はアルベルト。まあ、試験は運が良かっただけさ」
俺が前世の営業スマイル(子供用)で手を握ると、マルクはフッと息を漏らした。
「運、ね。あの最高難易度の試験で、誰もが時間切れになる中、時間ぴったりに全問を解き終えての『六十点』。狙って調整したとしか思えないよ。君の底が見えないな」
(ゲッ。この国の人間の深読みスキル、高すぎないか……!?)
マルクは「やれやれ」とため息をついた。どうやら彼も俺を「恐るべき神童」だと勘違いしているタイプらしいが、どこか冷めていて、話しやすそうな男だ。
しかし、安らぎの時間はそこまでだった。
俺の斜め後ろの席からは、金髪縦ロール・エレノアの「さあ、教室でも私の実力を見せてあげますわ!」というギラギラした熱い視線と、そのさらに後ろからは、黒髪ショート・カレンの「……アルベルト、ずっと見てる」という、無表情ながらもロックオンされた鋭い視線が背中に突き刺さる。
当然のように、ヒロイン二人もこのSクラスに同乗していた。逃げ場はない。
ガラララッ!
その時、教室の引き戸が勢いよく開き、一人の女性が足音を響かせて入ってきた。
タイトな黒の魔導衣を身に纏い、長い黒髪を夜会巻きにした、いかにも「鉄の女」を体現したような、めちゃくちゃ厳しそうな大人の女性だ。冷徹な双眸が、鋭く生徒たちを射抜く。
一瞬で教室の空気が張り詰めた。
「静粛に。私がこのSクラスの担任を務める、コーデリア・フォン・レンブラントだ」
凛とした冷たい声が教室に響く。前世で言えば、コンプライアンスに死ぬほど厳しい本社の鬼監査役といった風情だ。一歩間違えれば即座に減給処分を食らいそうな威圧感がある。
コーデリア先生は教壇に教科書をドンと置くと、腕を組んで生徒たちを見下ろした。
「我がSクラスは、アカデミーの最高峰だ。生半可な妥協や、サボり、手抜きは一切容認しない。徹底的に規律を遵守してもらう。……では、入学式の代表挨拶も終わったことだし、まずは首席から順に自己紹介をしてもらいましょう。アルベルト・フォン・ムルターシュ、前へ」
(うわ、やっぱり俺からか……。よし、ここはさっきの入学式と同じだ。とにかく『無難』に、何の印象も残さない、コピペのような挨拶をして、さっさと席に戻るぞ!)
俺はトコトコと教壇の前に立ち、前世のやる気のない平社員の顔(死んだ魚の目)を作って、抑揚のない声で口を開いた。
「アルベルト・フォン・ムルターシュです。このクラスの皆さんと共に学べることを嬉しく思います。至らぬ点も多いかと思いますが、規則を遵守し、周囲の模範となるよう静かに精進いたします。どうぞよろしくお願いします」
よし、完璧だ。ユーモアも熱意もゼロ。ただのテンプレートだ。
これなら誰も俺に期待しないし、鬼担任のコーデリア先生からも「覇気のない子供だ」と見放されるはず……。
そう思った瞬間。
コーデリア先生の鋭い視線が、さらに一段と険しくなった。
彼女は教壇をバン!と叩き、俺を睨みつけるようにして言い放ったのだ。
「――いくら貴様が、あのリーゼ先輩の息子で、伝説の全属性の持ち主といえど、容赦はせんからな! 規律を乱せば容赦なく叩き直す! 覚悟しておけっ!」
「ひぇっ……(あ、終わった)」
俺は心の中で悲鳴を上げた。めちゃくちゃキレられてる。完全に目をつけられた。お母様の昔のヤンチャ(?)の被害者なのか知らないが、完全にその復讐の矛先が俺に向いているじゃないか。
しかし、俺が絶望の淵に立たされているその時、コーデリア先生の脳内(心の中)は、全く別のパニックを起こしていた。
(ひ、ひぃぃぃぃ! 言ってやったわ! 言ってやったわよリーゼ先輩!! 『うちのアルをよろしくね(暗黒微笑)』って笑顔で脅迫……ゲホン、お手紙をいただいた時はどうしようかと思ったけれど、教師の威厳は保てたはず……っ! で、でも、本当に怒らせて先輩が殴り込んできたら私の命が危ないわ……! 先輩の息子だし、ここは絶対に粗相のないよう、裏でめちゃくちゃ手厚く目をかけておきましょう、そうしましょう……!!)
そんな先生の必死な内心など知る由もない俺は、ガタガタと震えながら「は、はい……気をつけます」と力なく答えて、トボトコと席に戻った。
完全に「超絶ブラック上司にロックオンされた平社員」の気分である。
席に戻ると、斜め後ろのエレノアが、悔しそうにハンカチを噛み締めながら顔を真っ赤にしていた。
「な、何ですのあの完璧な空気感は……! 担任の先生から直々に『全属性の持ち主』とクラス全員の前でバラされつつ、それでもなお『お前を特別に意識している』と宣戦布告されるなんて……! アルベルト、あなた早くも先生と独自の緊張関係を築いていらっしゃいますのね!?」
「……アルベルト、すごい。先生の威圧感に、1ミリも動じずに受け流した。……さすが、私の婚約者(仮)。あの堂々たる態度、私も見習う」
カレンがいつもより琥珀色の瞳を潤ませて、熱い吐息を漏らしながら俺の背中を見つめている。
(だから違うって!! 先生がめちゃくちゃ怖くて魂が抜けかかってただけだって!!)
「……はぁ」
絶望する俺の隣で、筆記二位の秀才・マルクが、ボソリと呆れたように呟いた。
「……いや。あいつ、ただ目立ちたくなくてテンプレートの挨拶をしただけなのに、お母さんの過去の因縁(?)のせいで先生から勝手に恐怖の特別扱い(忖度)をされてるだけじゃないか?」
「!!」
俺はガタッと肩を震わせ、驚愕の目でマルクを見た。
今、こいつ、俺の本質(ただサボりたくて手抜きしただけ)と、先生が口では厳しく言いつつも「お母様への恐怖で内心ビビり散らかしている」という空気感を、完璧に正しく見抜いたぞ……!?
マルクは俺のその反応を見るなり、すべてを察したように、眼鏡の奥の目で、深ーーいため息をついた。そして、自分のこめかみを押さえながら、同情を込めて呟く。
「……なるほどね。周囲が勝手に神格化してるだけで、中身はただの『平穏にサボりたいだけの男』か。……とんでもない奴の隣の席になっちゃったな。まぁ、その、なんだ……お前のお母さんが一番のバグ(原因)みたいだし、お前の胃の痛さは同情するよ」
「マルク……! お前、お前って奴は……!!」
初めて、この異世界で俺の「本音(サボり魔)」を正しく理解し、親バカな母親への愚痴を言い合える、最高の『同僚』が誕生した瞬間だった。
しかし、教室内では「アルベルト様、あの鬼のレンブラント先生に正面から立ち向かうとは、さすが首席……!」という、他貴族の子息たちからの羨望と畏怖の拍手が鳴り響いている。
前世の「無難な事後報告(手抜き挨拶)」が、お母様の強力なネットワーク(恐怖政治の残滓)と合流した結果、鬼担任から「恐怖と忖度の最優先監視対象」としてロックオンされてしまった誠。
味方(同僚)を一人得たものの、学校生活の労働環境は初日から超絶ブラック(※先生の過剰な見守りつき)化が確定し、おっさんは静かに胃薬を欲しながら、天を仰ぐのだった。




