第十五話『念願の一人暮らし(寮生活)へ』
王立魔導アカデミーは、中等部三年、高等部三年の計六年間にわたる「完全全寮制」の学校だ。
首席合格という想定外のバグをやらかした俺だったが、今日はいよいよその寮への引っ越し当日である。
屋敷の玄関前には、俺の荷物が積まれた馬車と、それを見送る使用人たちがずらりと並んでいた。
「アル……! まさか十歳で、もうあなたと離れて暮らすことになるなんて……! お母さん、寂しくて毎日泣いてしまいそうだわ!」
母親のエルザが、高級なレースのハンカチで目頭を押さえながら、今にも俺に抱きつきそうな勢いで身を乗り出している。我が家はとにかく、この母親からの愛が異様に重い。
「アルベルト様。寮での身の回りのお世話は、すべてこのキャリーにお任せください。坊ちゃまの完璧なスクールライフを、裏から全力でプロデュースいたしますわ」
「私もですぅ! お洗濯も、お部屋の掃除も、命がけで頑張ります!」
専属メイドのキャリーとミーナも、当然のようにお供のメイドとして同行する気満々で拳を握りしめていた。
だが、俺はこれ以上ない「ピュアな子供の笑顔(猫かぶり)」で、首を横に振った。
「ううん。お母様、キャリー、ミーナ。アルね、もう十歳だから、自分のことは自分でやってみたいの。だから、二人ともお家(お屋敷)でお母様の手伝いをしてあげて?」
「「なっ……!?」」
二人がショックを受けたように凍りつく。
だが、これこそが俺の、この五年間温め続けてきた【完全定時退社・独立計画】の第一歩だった。
(よしっ、言ったぞ! メイドが近くにいたら、夜間のステルス自主トレも、昼下がりの全力昼寝も筒抜けだからな。全寮制の利点を最大限に活かして、俺はついに『監視のいない自由な独身スローライフ』を勝ち取るんだ!)
「……なんという自立心、そして優しさかしら……っ!」
案の定、母親のエルザが、今度は感動のあまり胸を押さえて震え出した。
「十歳にして、ムルターシュ家の男として甘えを捨て、一人で修練に励もうというのね……! それだけでなく、残される私の寂しさを気遣って、メイドたちを私の側に残してあげるなんて……。なんて深く、恐ろしいほど健気な深謀遠慮……! 分かったわアル、お前の決意、お母さんは全面的に支持します!」
「奥様!?」「そんな、坊ちゃまぁ!」
キャリーたちの抗議をお母様が涙ながらに押し切ってくれた。よし、勝った! 計画通りだ!
◇
こうして、俺は一人で馬車に揺られ、アカデミーの敷地内にある【中等部・第一寮】へと到着した。
目の前にそびえ立つのは、まるで高級ホテルのような立派な石造りの建物だ。
(ふふふ……ついに手に入れたぞ、誰の目も気にしなくていいマイルーム。前世のワンルームマンション時代を思い出すな。ベッドに入って、一日中ダラダラと読書して過ごしてやる!)
管理人の部屋で鍵と部屋番号を受け取り、期待に胸を膨らませて自室のある最上階の廊下を歩く。このアカデミーの寮は、貴族の子息としてのプライバシーを守るため、基本的に「一人部屋」という最高仕様なのだ。
「ええっと、俺の部屋は……あ、ここか。301号室」
ドアを開け、荷物を運び込もうとした、その時。
カチャ。
廊下の向かい側……ほんの数メートル先にある「302号室」のドアが、同時に開いた。
そこから出てきたのは、動きやすい私服に着替えた、黒髪ショートカットの美少女。
「……あ」
琥珀色の瞳が、じっと俺を捉えた。
(……は? なんでカレンが目の前にいるの? ここ男子寮じゃないの?)
「アルベルト。……部屋、向かい側。よろしく」
カレンは無表情のまま、ぺこりと小さく頭を下げた。
(いや、よろしくじゃなくて! なんで辺境伯家の令嬢がここに住んでんの!?)
混乱する俺の背後から、タッタッタッと軽い足音が響いてきた。
「ちょっとカレン! あなた、抜け駆けは許しませんわよ!?」
廊下の突き当たり、角部屋である「305号室」から姿を現したのは、金髪縦ロールを完璧にセットしたエレノアだった。彼女は俺の姿を見るなり、フンスと胸を張った。
「ふふん、驚いたかしらアルベルト! この中等部第一寮は、王命によって今年から実験的に導入された『男女共同・フロア分けの特待生専用特別棟』ですのよ! 首席のあなたと、次席の私たちが同じフロアに配属されるのは、当然の義務ですわ!」
(男女共同!? 特待生専用フロア……!?)
エレノアは勝ち誇ったように笑い、カレンは静かに俺の隣に一歩歩み寄ってきた。
事の真相はこうだった。
実家の監視から逃れたい一心で、誠が「一人で頑張る」と宣言した結果、アカデミー側はそれを**『実家を頼らず、ライバルたちと切磋琢磨してさらなる高みを目指す、神童の熱きストイックさ』**と超解釈。
さらに息子の自立に大感動した母親のエルザが、裏で公爵家や辺境伯家に「うちのアルがやる気よ!」と連絡を入れたことで外堀がマッハで埋まり、「全属性の神童を刺激し、競わせるための最高環境」として、彼女たちと同じ超エリートフロアに放り込まれてしまったのだ。
「さあアルベルト! ここなら24時間、いつでもあなたに魔法の勝負を挑めますわ!」
「……私は、夜這い(※夜間の剣術の自主練の意)の準備をしておく」
「ちょっとカレン!? 意味が違っていましてよ!?」
(お母様ァァァ!!! 余計なアシスト(連絡)してんじゃねえええ!!! 実家の監視より、200倍くらいタチの悪い包囲網が出来上がってるじゃねえか!!!)
念願の一人暮らし(引きこもり計画)が一瞬で崩壊し、逃げ場のない24時間体制のフラグ地獄へと叩き落とされた誠。
ドアの鍵を開ける俺の手は、これからの激務(修羅場)を予感して、ガタガタと震えが止まらないのだった。




