第十四話『入学試験と、想定外の平均値』
五歳のお披露目パーティーから五年。俺は十歳になった。
この世界の貴族の子息は、十歳になると王国の最高学府である『王立魔導アカデミー』に入学することになっている。当然、俺も例外ではなく、今日はその入学試験の当日だった。
(よし……。この五年間、俺は一日の大半を『猫かぶり』と『気配遮断』に費やしてきた。その成果を、この試験で発揮する時が来た!)
俺の作戦は完璧だ。
目指すは、全受験生の中でちょうど真ん中。
「中の下、もしくは中の上」の、極めて平凡で無難な成績での合格である。特待生や首席なんていう「激務確定ポジション」だけは、何が何でも回避しなければならない。
試験会場であるアカデミーの広大な敷地には、大勢の受験生が集まっていた。
その中には、五年経ってさらに美しさに磨きがかかった金髪縦ロールのエレノアや、無口なままさらに鋭い覇気を放っている黒髪のカレンの姿もあったが、俺は気配を極限まで薄めて彼女たちの視界からフェードアウトした。まずは試験に集中だ。
第一関門は【筆記試験】。
配られた問題用紙を見た瞬間、俺は内心でほくそ笑んだ。
(ふむ……簡単すぎる。歴史、算術、魔導理論……。前世の社畜時代、複雑な契約書や仕様書を毎日ミリ単位でチェックしていた俺の脳からすれば、こんなの問題の意図が透けて見えるぜ)
しかし、ここで満点を取っては意味がない。
俺は前世の経験をフル活動させ、この年齢の子供の平均正答率を予測。わざと全体の4割ほど「間違った答え」を書き込み、計算通り**【正確に60点(超無難)】**になるよう調整して解答用紙を提出した。
続いて、第二関門の【実技試験】。
受験生が一人ずつ、魔力を吸収して数値を測定する頑丈な【測定用の的】に向かって得意な魔法を放ち、その威力を測る試験だ。
前の受験生たちが「ファイアボール!」などと叫び、派手な爆発を起こしている。
エレノアは流石のエリートで、見事な火の魔術で高い数値を叩き出し、カレンは木剣に魔力をまとわせて的を強打していた。二人とも、文句なしのトップクラスだ。
「次、アルベルト・フォン・ムルターシュ!」
名前を呼ばれ、俺はトコトコと前に出た。
(よし。全属性がバレているからといって、ここで張り切る必要は皆無。一番無難な『火属性の初級魔法』を、他の奴らと同じように、平均的な威力で出す。それも、10歳児らしくしっかり詠唱してな!)
俺は右手を前に突き出し、カンペ(前世の記憶)通りにわざとらしく声を張り上げた。
「――集え、火の粉。ファイアボール!」
ボッ、と放たれたのは、他の受験生たちと何も変わらない、ごく一般的な大きさの火の玉。それはまっすぐに飛び、的のど真ん中にパチンと当たって消えた。威力も、爆発も、ごく普通。
(よし! 威力も見た目も完璧に平均値! 筆記の60点と合わせて、これで完全に『中の上』くらいの無難なポジションに収まったはずだ!)
俺は完璧な手抜き計画に大満足し、その日の試験を終えて帰宅した。
◇
数日後。アカデミーの正門前に、巨大な【合格発表】の掲示板が出された。
俺は父親のカイゼン、そしてキャリーたち使用人を伴って、発表を見に来ていた。
「アル、大丈夫ですよ。どんな結果であれ、私の誇りですからね」
カイゼンが優しく俺の肩を抱く。
(いや親父殿、俺は自信満々だよ。なんせ筆記はジャスト60点、実技は平凡なファイアボールだ。名前は……そうだな、真ん中あたりにあるはず——)
「……あ、ありましたわ!! アルベルト様、一番右の上です!!」
キャリーが鋭く声を上げ、掲示板の「最上段」を指差した。
俺は目をゴシゴシと擦り、そこにある文字を凝視した。
『―― 筆記順位:第一位 アルベルト・フォン・ムルターシュ ――』
『―― 実技順位:第一位 アルベルト・フォン・ムルターシュ ――』
『―― 総合順位:第一位(首席合格) ――』
「……は?」
俺の脳内処理が、完全にフリーズした。
何が起きた? 俺は確かに、きっちり普通の魔法を出したはずだ。
「ガハハ! さすがは我が息子アルベルト!」
カイゼンが天を仰いで爆笑し、周囲の貴族たちが「やはり神童……!」と一斉に拍手を送り始める。
のちに判明したことだが、事の真相はこうだった。
筆記試験:
今年の試験問題が「過去最高難易度」であり、平均点がまさかの【30点台】に大暴落していた。その結果、誠が手加減して残した【60点】が、ダトツの最高得点になってしまった。
実技試験:
誠が放ったファイアボールは、確かに威力自体は平均的だった。しかし、中身がおっさんの誠は、前世のコストカット(省エネ)精神の癖で、**『1ミリの無駄もない、魔力消費量ゼロに近い完璧な熱効率』で魔法を構成してしまっていた。測定用の的が計測したのは、威力ではなく「注ぎ込んだ魔力に対して、どれだけ効率よく変換されたか」という魔力効率。他の生徒たちが10の魔力で10の威力を出す中、誠は【0.1の魔力で10の威力】**を出してしまったため、測定器の魔力効率グラフが限界を突破して突き抜けていたのだ。
「アル、普通の魔法であそこまでの効率を叩き出すなんて……! 私、あなたをライバルと認めて本当に良かったわ!」
いつの間にか隣にいたエレノアが、悔しそうにしながらも頬を染めて胸を張り、
「……さすが、私の婚約者(仮)。無駄のない、完璧な魔力軌道だった」
カレンが静かに瞳を輝かせて俺の隣に並んだ。
(違う……違うんだみんな……。俺はただ、前世のエアコンの省エネモードみたいな感覚で、燃費良く火を出しただけなんだ。なんでそれで首席になっちゃうんだよ……!)
前世の社畜スキル(コストカット精神)が、異世界の魔法技術としては「伝説級の精密コントロール」と見なされてしまったせいで、結果的に【首席】という最悪の出世コース(過労死シート)を爆進してしまった誠。
周囲の万雷の拍手の中で、十歳になったおっさんは、入学式での「首席挨拶(強制残業)」が確定したことに、静かに絶望の涙を流すのだった。




