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第十三話『初めての王都散策と、小さなお供の甘い秘密』

家庭教師の座学や、許嫁候補たちの襲来からようやく解放されたある休日。

俺は、初めてムルターシュ侯爵邸の外へと足を踏み出していた。

「アルベルト様〜! はぐれないように、私の手をしっかり握っていてくださいね!」

そう言って、自分のほうがよっぽど迷子になりそうな勢いで周囲をキョロキョロ見回しているのは、今日のお供を務める新人メイドのミーナ(16歳)だ。

いつも優秀なキャリーが屋敷を離れられないため、消去法で彼女が俺の護衛兼お世話係に選ばれたのだった。

(よしよし、ミーナちゃん。君が一緒なら、キャリーみたいに鋭い観察眼で俺の『ステルス』を見破られる心配もないな。今日は純粋に、異世界の市場マーケットというやつをリサーチさせてもらうぞ)

中身が40歳おっさんの俺にとって、王都の賑わいは新鮮だった。

立ち並ぶレンガ造りの建物、珍しいスパイスの香り、魔導具を使った街灯。

(なるほど、この世界の流通は魔導具のコールドボックスが主流なのか。あの露店の並び方、前世の商店街の配置に似ていて面白いな。……おっと)

「わわわっ!?」

案の定、ミーナが石畳のちょっとした窪みに足を取られてすっ転びそうになる。

俺はトコトコと歩くポーズを崩さないまま、彼女の靴の裏の地面へピンポイントで極小の『土魔術』を放ち、一瞬だけ地面を盛り上げて彼女のバランスを戻した。もちろん、無詠唱・無音のステルス残業フォローだ。

「……あれ? おかしいですね、今完全に転ぶと思ったのに、なぜか持ちこたえました! 私、もしかして運動神経が向上しているのでは……!?」

(違うよミーナちゃん。俺が裏で必死に労災ケガ防止の安全管理をしてるからだよ)

色んなお店を見て回り、俺が前世の感覚で「ふむふむ、この国の物価は……」と経済状況を分析していると、ふとミーナの足がピタッと止まった。

彼女の視線の先にあるのは、大通りから一本入ったところにある、白を基調としたお洒落なオープンカフェだった。

テラス席では、王都の貴婦人たちがきらびやかなお菓子を前に談笑している。

「はぅあ……っ! あれが噂の、王都で今一番人気のカフェ『テ・アルカンシェル』の……【特製ベリータルト】……っ!」

ミーナが、これまでに見たことがないほど目を輝かせ、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

その顔は、前世で高級スイーツの限定販売に並ぶOLそのもの、いや、それ以上のガチの「スイーツマニア」の目だった。

(おいおい、ミーナちゃん、よだれが出そうになってるぞ。お供のメイドがお店の前でフリーズしてどうするんだ)

だが、ミーナはすぐにぶんぶんと首を振って、自分を戒めるように胸を張った。

「い、いえ! 私はアルベルト様のお供! 買い食いなんて、メイドの風上にも置けません! さあ、坊ちゃま、あちらの魔導具屋さんへ行きましょう!」

(いや、そこまで我慢されると、逆に元上司として心が痛むというか、福利厚生の一環として奢ってあげたくなるな……)

幸い、父親のカイゼンから「好きなものを買いなさい」と、5歳児には持て余すほどのポケットマネー(お小遣い)を持たされている。

「ミーナ。アル、あんよ(足)が疲れちゃった。あそこのお店で、ちょっと休憩ちたいな」

俺はわざとらしく自分の小さな足をさすりながら、上目遣いでミーナを見上げた。

「ええっ!? 坊ちゃまのお足が!? それは大変です! すぐに休憩しましょう!」

そうして、俺たちはカフェのテラス席へと滑り込んだ。

俺が「紅茶と、あと、そのあかいケーキを二つくだしゃい」と注文すると、ミーナは「えっ、あ、あの、アルベルト様、私のは……!」と慌てて手を振ったが、「ミーナも、いっちょに食べて?」と笑顔で押し切った。

数分後、運ばれてきた真っ赤なベリータルト。

ミーナは恐る恐るそれを口に運んだ。

「……んんんん〜〜〜っ!!! 美味しすぎますぅぅぅ!!! 幸せですぅぅぅ!!!」

一口食べた瞬間、ミーナの顔が完全にふにゃけ、幸せの絶頂といった表情になった。

普段のドジな姿はどこへやら、タルトの生地のサクサク感やベリーの酸味の黄金比について、早口でブツブツと熱弁し始めている。本当にスイーツが好きなんだな、この子。

(ははは、喜んでくれて何よりだ。前世でも、部下にたまに高いケーキ奢ると、次の日からの作業効率が爆上がりしたもんだよな)

俺自身は、甘さ控えめの紅茶をすすりながら、王都ののどかな景色を眺めていた。

これだ。誰も俺の才能に怯えず、勝手な期待もせず、ただ美味しいものを食べてのんびり過ごす時間。これこそが、俺が求めていた理想のスローライフの縮図だった。

「アルベルト様、本当に、本当にありがとうございます! 私、一生アルベルト様についていきますぅ!」

涙目でタルトの最後の一口を惜しそうに食べるミーナを見ながら、俺は優しく微笑んだ。

(よしよし。これでミーナちゃんの胃袋と忠誠心マイルは完全に掴んだな。屋敷での俺のサボり計画に、強力な味方(協力者)が一人増えたわけだ)

こうして、初めての王都散策は、おっさんの計算通りの完璧な「福利厚生(手懐け)」によって、穏やかに幕を閉じたのだった。

使用人の不始末を裏で完璧にフォローしつつ、周りの好感度を無自覚にカンストさせていく誠の日常。

しかし、この「5歳児としての黄金期」も、間もなく終わりを告げる。

5年後10歳になったアルベルトの前に、王国の最高学府である『王立アカデミー』への強制入学という、人生最大の「異動命令(社畜フラグ)」が待ち受けていることを、この時の誠はまだ、知る由もなかった——。

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