第十話『ステルス残業(魔法練習)と使用人たちの包囲網』
家庭教師のエリオット先生による退屈な座学を完璧な猫かぶりで乗り切った俺は、午後、ようやく念願の「自由時間(サボり時間)」を勝ち取っていた。
向かったのは、屋敷の裏手にある、普段は誰も来ない鬱蒼とした木々の広がる裏庭だ。
(よし、ここなら誰も来ないな。5歳になって『全属性』が確定しちまった以上、成人後に向けて、実戦的な魔法のコントロール力を鍛えておかねばならん。ただし、誰にもバレずにな!)
俺の目的はあくまで平穏なスローライフ。そのためには、自分が「すでに実戦レベルの魔法を使える」ことなど、絶対に周囲に知られてはならない。これは、誰にも知られてはならない極秘の『ステルス残業(自主トレ)』なのだ。
俺は周囲をキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認して、小さな右手を前方に突き出した。
(狙うは、あの10メートル先にある枯れ木。火属性の『ファイアボール』……いや、前回の1歳児の時の大暴発の反省を活かすんだ。出力は、前世でいう『100円ライターの火』を、指先からピッと飛ばすイメージ。いくぞ……!)
お腹のプールから、魔力をほんの「一ミクロン」だけ削り取り、指先へと集める。
「……火」
パチン、と小さな音がして、指先からパチンコ玉サイズの小さな火種が飛び出した。火種は弧を描いて飛び、狙い通り枯れ木の表面をチリッと焦がして消えた。
(よしっ! 完璧な出力コントロール! 消防車を呼ぶ羽目になった1歳の頃とは大違いだ。俺の社畜並みの繊細な調整能力、異世界でも健在なり!)
この調子で、次は水属性、その次は風属性、と出力を限界まで絞った「暗殺用か?」と言いたくなるほど静かで地味な魔法の練習を繰り返す。
全属性を使える俺にとって、それぞれの属性の魔力を切り替える感覚は、前世でいう「エクセルのタブを切り替える」くらいの手軽さだった。
だが、そんな俺の極秘残業を遮るように、ガサガサと草むらが揺れた。
「アルベルト様〜! そんなところにいたんですね!」
(しまっ……! 誰か来た!)
現れたのは、専属メイドのキャリー、そしてその後ろからドジっ子メイドのミーナと、庭師のゴードンも一緒だ。どうやら俺が部屋にいないので、みんなで探しにきたらしい。
「まぁ、アルベルト様。お洋服に泥がついていますわ。こんな裏庭で何をされていたのですか?」
キャリーが心配そうに駆け寄ってくる。
俺の手元には、ついさっき風魔法で不自然に刈り取ってしまった足元の雑草の山。
(ヤバい、言い訳を考えろ。3歳児の時は『ばぶぅ』で許されたが、5歳の神童が裏庭で不自然に草を刈ってたら一発で怪しまれる……!)
「あ、キャリー……。あのね、ゴードンしゃんのお手伝いをしたくて、くさを……むしってたの」
俺は両手に泥をわざとつけ、これ以上ない無邪気な笑顔で嘘(営業スマイル)をついた。
「まあ! ゴードンのお手伝いを!? なんて健気で優しい坊ちゃまなのかしら!」
キャリーが胸を押さえて感動している。
「ふえぇぇ、アルベルト様、まだ5歳なのに、もう下々の仕事に理解を示されるなんて……。私、爪の垢を煎じて飲みたいですぅ!」
ミーナがハンカチを握りしめて涙ぐむ。
「ガハハ! 坊ちゃん、ありがてえが、庭師の仕事は男の仕事だ。そんなちっこい手じゃ、この頑丈な雑草を抜くのは大変だったろう?」
ゴードンが笑いながら、俺が魔法でスパッと切った雑草の断面を見た。
(あ、ヤバい。断面が綺麗すぎる。魔法の刃で切ったってバレるか……!?)
ゴードンは首を傾げ、その断面をじっと見つめ——。
「ほほう、手で千切ったんじゃねえな? 坊ちゃん、爪を使って器用にハサミみたいに切り取ったのか。手先が器用だねえ! 将来は名医にでもなるかい?」
(そっちへの解釈!? 助かったぁぁぁ!! ゴードンさんが大雑把なオヤジさんで本当に良かった!!)
俺は心の中で激しくガッツポーズをしながら、「うん! アル、器用なの!」と子供らしく胸を張った。
「さあ、アルベルト様。もうすぐおやつの時間ですから、お部屋に戻って手を洗いましょうね。ミーナ、坊ちゃまのお着替えの準備をして」
「はいっ、キャリー先輩! お任せください、ふえっ、あいたたっ!」(※案の定、何もないところでつまずくミーナ)
使用人たちに囲まれ、賑やかに屋敷へと戻る道すがら、俺は冷や汗を拭った。
(ふぅ……。隠密行動も楽じゃねえな。だけど、この調子で使用人たちの目を盗んで練習を続ければ、成人する頃には『無詠唱・無音・出力自由自在』の完璧な隠密大魔導師になれる。そしたら、誰も俺に仕事を振れなくなるはずだ……!)




