才田皇輔 2
放課後
僕は、死んだ魚のような目をしながら自分の席につき、黒板を凝視していた。頭の中では、モーツァルトのレクイエム二短調が、流れていた。要は、絶望感に苛まれていたのだ。原因は、数時間前に才田によって告げられた一種の「死刑宣告」だった。僕らは、屋上にいた。
数時間前、屋上。
「学校長は、君を殺す」
なにを言ってるんだ? 瞬間的な感情はこれだった。僕は、才田の言ってることが呪文に聞こえ、それでいて文字として認識できない喃語のように思えた。それが段々と認識でき、言葉として一つの意味を成した時、僕は自然と怒りを覚えた。
「そんなわけない! 藤間が、……藤間が僕を殺すはずがない! 証拠を見せろ!」
僕は、怒りに任せて語気を強め、まず証拠を求めた。すると才田は、その場であぐらをかき淡々と語り出した。
「証拠はある。まずは、学校長が君にアドバイスを求めた、これだ。」僕は咄嗟に反論しようとしたが、才田は、人差し指を立てて、僕の発言を封じた。「まぁ聞けって、筋は通ってる」
「学校長が君にアドバイスを求めたのは、恐らくだが試験だろう。けど、本当にアドバイスを求めていたんじゃない。その証拠に、君のアドバイスを真っ当に受け入れ、実践したか?」
「……していない」
「いくら君がろくなアドバイスをしなくても君を呼び続けた理由、それは君の素性を調べ、自らの理想に反した不必要な人材かを観察し、不必要だと判断し且つ実行可能と判断するためだ。今は、いかにして消すか、でも考えている段階とでも言おうか。なぜ君が目をつけられたかはさて置き、君が学校にとって不必要だと判断されてたのは事実だろう」
「もし、本当にそうだとしたら、僕はどうしたらいい?」
「消されると分かっているなら話は早い。消される前に消すだけだ」
それで、僕は今こうして絶望感に打ちのめされながら、思い詰めている。そのあとにも、才田は、周りで聞いた教徳高校の評判や教徳高校の難点など色々と話してはくれたが、いずれも僕の頭には入ってきていない。ただ、自らの転入の経緯、引いては出自について話していなかったことだけは覚えている。藤間と同じだ。彼も、過去については一切語らなかった。
そして、才田は最後にこう言った。
「やるなら、明日がいい。打つ手は早いに限る」と。
気がつくと、僕の手には、サバイバルナイフが渡されていた。それは、片手ほどのサイズだったが、ずしりと重く、僕は落としそうになるのを持ちこたえるので必死だった。だが、意外にもそこに恐怖は感じられなかった。黒い皮のカバーに覆われたナイフは、ただ黙って殺意を陰に潜め、僕の手に抱かれていた。鈍い艶の黒光りが淡々と僕に殺意を仄めかせる。右手に握られたただのサバイバルナイフは、既に僕の心を、恐怖という感情ごと突き刺していた。
その時の情景を思い出して、僕は我に返った。怯えはとうに消え失せていたが、まだ真実を知った時の衝撃が頭の中に残っていた。決して見えることのない、硝子のハンマーで頭を打ち砕かれたような衝撃が、今も走っていた。あ、サバイバルナイフ……。どこやったっけ。左のポケットか、いや右のポケットだ、僕が不意にサバイバルナイフを宛もなく探し始めた、その時、午後5時を知らせる校内チャイムが鳴った。キーンコーン、カーンコーン。聞き慣れたメロディアスな余韻が、脳内にこだまし、時間という概念を思い出させた。もうこんな時間か……。窓を見れば、夕日が沈みかけていた。
「きれいだ」
と、口に出たのは、身に迫ろうとする危機が言わせたのか、僕の本心に基づいた言葉なのか、自分としてもはっきりしなかったが、いつもより確実に夕日が輝いて見えたのは事実だった。果たして、その輝きが希望の光によるものなのか、今の僕にはわからなかった。ただ、出来れば、明日の夕日も見てみたいと、ふと思った。
藤間中流
「夕日はいいものだ。沈みはするが、また昇る。何百年、何千年と人々を照らし、希望に変える。今の私を除いて、誰もがこの夕日を美しいと思っているのだろうな……」
校長室に入ってきたばかりの宰相、立花は、不思議そうな顔でこちらを見ていた。意味が分からないのも無理はない。
「私から呼び出しておきながら、変なことを言ってすまない。今の私には感性がないものでね、色覚のない牛も同然だ。……そして、君に一つ頼みごとがある」
立花は、私の目を見つめながら、少し緊張したような面持ちでいる。目の奥に怪訝の色を隠しながら。
「前に話した件についてだ」
この一言で立花は、先ほどまでの私の言葉の真意を汲み取り、額の汗を拭き愁眉を開いたようだ。優秀な人材として、宰相の名を与えるのに申し分ない立花だが、異常なまでに神経が繊細な面は、私としても頭を悩ませてしまう。年のせいなら、もう少し体を労ってあげてほしいものだ。
「私になにを仰せでありましょうか」
「明日の昼で構わない、校長室に例の生徒を呼んで来てほしい。私が直々に話をする。……と言っても、学校から消えるのは止むを得ないだろう」
「かしこまりました」
この件は、私としても非常に頭が痛い。当初の予定ではこんな生徒が出る心算では無かったというのに。全く、校長という仕事も荷が重い。折角、変革を齎しても、生徒がそれをぶち壊してしまっては、まるで私の変革はシンデレラの魔法ではないか。やはり、粛清はせねばなるまい。
私は、沈みゆく夕日を眺め、橙色の輝きが完全に消えるのを待ち、ブラインドシャッターを閉めた。今日ばかりは、あの輝きが羨ましく、そして煩わしく見えた。




