四月馬鹿 <2> 桃李満門
四月馬鹿 ~亘理伊達家で成実様の正室編。
史実改変・歴女等のタグに嫌悪感を懐かれる御方。
IF設定や作品のタグ等に理解と納得が出来ない方も多々いらっしゃるかと思います。
無理なさらず速やかに退出を御薦め致します。
昼下がりの穏やかな陽気。
薫る風には春の気配、庭先の樹木に新芽が吹く。
遠方にて御待ちの母上に文を認めていると、パタパタと廊下を歩む足音が聞こえた。
迷う事無く真直ぐに向かうは此方。
吐息一つ、思いつくのは兄との喧嘩か父君に叱られたか。
滑る筆先を一端上げて硯箱へ向かわる。
文机から身を放し、開け放たれた襖の先を見つめて……。
「何か哀しい事でも在りましたか?
堪えないで聞かせて下さい、人に話せば哀しさ半分ですよ」
問い掛けに泣いて駆け寄る幼子に、私は両腕を差し出す。
小さな腕が胸元に抱き付き、一層声を張上げ涙を流し。
真っ赤に染まった頬色と潤んだ瞳。
優しく背を撫でては緩く体を揺らし、私は優しく揺れる揺籠となる。
幼い体躯は膝の上、咳込む背中は袖に隠れて。
桃李満門 - 桃李、門に満つ -
掴んだ袖端、拭う目元は良く似ている。
己が旦那様の顔パーツを小さく移植したその具合。
泣いた理由を促せば、赤い鼻先を啜り上げ顛末語るは幼なくも確りした口調。
「兄上が怒るのです。
文武両道でなければ駄目だって、もっとしっかり励めって」
「あらあら、随分と手厳しい」
「剣の稽古も、書の練習もイッパイするのに……。
不甲斐ない私を見ていると心配で堪らない、安心して水沢を継げないと。
亘理の家を継ぐのは…御前なのだから、って……」
兄の言葉を違わず吐き出し、高ぶる感情を一気に伝える。
事を思い出しては涙を浮かべる幼い子、口角上げ嗚咽を堪えて。
慕い敬愛する兄、邪険に扱われるも其の背を追い駆けるのが日常で。
幼い息子が心を痛める姿がひどく愛しく思えた。
頬に流れる髪の毛に指を伸ばし、優しく頭を撫で回す。
「時宗丸は寂しいのですね。
大好きな兄上が水沢の御爺様の家に行ってしまうのが」
「……はい、とても寂しいのです」
「母の実家、水沢の跡継ぎを案じて嗣子(跡取り)へ出す事……。
それを決意なされたのは、貴方の父上様なのです。
納得が出来ませんか?」
その言葉に頭を上げれば涙が落ちる。
膝上の時宗丸を抱きしめ、悲哀を浮かべる彼に謝罪する。
正室に嫁し二年後、男子を出産した際に成実様は宣してくれた“嫡男養子”と。
伊達十五代当主の晴宗公と栽松院の例に倣いて、水沢の父上に子を差し出す事を。
授かった嫡男を手放すなどと、眉を顰める一門家中の声を鎮めて下さってまで。
「現御当主様より、水沢を継ぐは兄たる白寿。
亘理を継ぐは弟の時宗丸と公認賜った今、其れを覆す事など出来ません。
時宗丸あなたは、父上と母を恨みますか?」
その言葉に驚き戸惑い、緩々と頭を振っては堪え切れない嗚咽を流す。
愛らしい感情は隠す必要の無い心の痛み、幼き故の素直な悲しみ。
大人の事情で定められた約束は、我侭では覆せぬ願い事だった。
「母は女性で一人っ子。
父上も一人っ子故に、水沢に御婿に来てもらえなかったのです」
「ち、父上にも母上にも御兄弟が居ない、のですか?」
「あら、一人っ子は珍しくないのですよ。
貴方の曾祖母である栽松院様、それに御当主様の正室である田村夫人も」
膝上の泣き虫と一緒に揺られて私は語り出す。
抱きしめる腕に力を込め、兄上と離れるのは寂しい哀しいと嘆く児を宥めながら。
そして、温かな眼差しを襖裏に認めて淡く微笑むのだ。
「うふふ……」
なんとまぁ、御互い本当に兄弟思いなのであろう。
膝上に回し抱く児から片腕を離し、私はその相手を優しく手招いた。
「此方へいらっしゃいませ、兄上殿?」
「母上は甘い、それでは時宗丸が一人立ちできませんよ!!」
「あらあら、母も叱られてしまいました。
困りましたねー時宗丸?」
襖裏に隠れていたのは話題の人。
手招きに憮然として現れてくれた、彼の兄君は眉間に皺を寄せて。
声音に膝上に座して涙していた時宗丸が身を離す。
その慌てぶりか可愛らしい。
「政宗様と父上が剣の稽古を付けてくれるそうだ。
時宗丸、御二人の気が御代わりになる前に早く支度しなさい。
滅多に無い機会を逃してしまう」
「は、はいぃ!!」
その申し出に驚喜し、時宗丸が兄に向かい駆けて出る。
腰に抱きつき兄を見上げて、嬉しさを満面の笑みに変えて喜んでいた。
対するは、皺を寄せ襖の前に憮然と佇む上の息子。
溜息一つで欄干を仰ぎ見る様は、我が旦那様に瓜二つ。
「母上も直ぐ来て下さい。
父上と政宗様が剣呑な会話を繰り広げられて御居でです。
控える家臣達が、部屋に漂う雰囲気に怯えてしまって……」
「あらあら、御当主様も殿も大人気ない」
袖端で口元を隠すも、笑みは零れる。
御二人とも会いも変わらず仲がよい。
ふざけ合う御姿、御言葉は年月重ねて益々深みを増すが様。
周囲は真意を捉えられぬとは、これ如何に治めれば宜しいのか。
私は息子の問いかけに小さく頷く。
小袖の裾を片手で払い押さえ、打掛を裁いて緩やかに立ち上がった。
急がず慌てず、流れる所作で歩みだす。
「母上、先ほど私は政宗様より御言葉を賜りました。
“元服を心待ちにしている。
弟と揃い仕えるは李桃満門、烏帽子役を引き受けようと”と……」
廊下に立ち止まり誇らしげに語る息子の姿。
嬉しさと意気込みで頬を高揚させ、近い未来に胸を膨らませて歓喜していた。
私は頷く、其れは目出度い事、目出度い話だと何度も何度も。
武芸に優れ、書を好む上の息子は成実様に良く似た気性である。
奢らず常に高みを目指す、知性を秘めた眼孔も又ソックリ。
弟へと差し出す右手には、此れから掴むであろう名誉と栄光があるのだ……。
喧噪に包まれた彼の未知、若く頼もしい背が進む先に私は胸踊らす。
四月馬鹿 亘理伊達家の正室編。
白寿、最上義光公の幼名を拝借しました。
拍手御礼用の拙い話にお付き合い下さり、有難う御座います。
負け犬は尻尾巻いて帰ります。




