四、
3年前の夏、父親の福岡への転勤が突然決まった。
母親はまだ小学校低学年の弟に1日の大半を費やす始末。
そういうのも、弟が生まれつき、脳に重い障害を負っていたからや。
弟が生まれてから、私は、ほとんど母親から相手にしてもらえなくなったし
テストで頑張っても頑張らなくても、
褒められたり叱られたりすることもなく
学校での楽しかったこと、悲しかったことを聞いてもらうでもない。
私が少しずつクラスでも壁を作るようになったのも、この頃からや。
唯一、休みの日なんかは父親と話す機会があったけど、
単身赴任となると、その、唯一の相手も身近におらへんようになった。
クリスマスはもちろん、うちにはサンタも来やんし、
時間が無かったんやろうけど、母親にぺっと5000円札をそのまま貰うだけ。
誕生日も、お雛さんも、うちにはそれといった特別イベントは何もあらへんかった。
誰も、私の存在を気にした様子もない。
そういう中で育ったせいか、
何でか1人でおる方が気が落ち着くねん。
無理に会話を合わす必要なんかないし、
嫌われたくない、なんていう阿呆な感情に支配されることもないし。
人を信じたり、疑ったり、
なんていうか、面倒くさいことばっかりやし、
所詮世の中は。
そんなことを思いながら、私はポケットの中のピンクの石を指先で触った。
ざらざらとした感触。
これ、絶対安物やわ。
「今日は、一緒に探してくれてありがとう。」
雪美が、白いセーターの袖で、目を擦りながら言った。
「ええよ。別に。」
ぶっきら棒な私の声。いつから、こんな感情のない話し方しかできへんようになったんやろか。
「篠原さんてさ、浅野さんと付き合ってたん?」
何を口走ってるのか。
他人の事なんかに首突っ込んだら、碌な事ないのに。
「あ、うん。1ヶ月くらい前に別れたけどな。」
雪美は、驚く程あっさりと答えた。
指先に、あのピンクの石が触れる。
「皆にバレてしもてな、優ちゃんが、皆に変な目で見られるの嫌やねんて。」
くすっと笑った雪美の頬を、つうと一筋の涙が伝った。
「まだ好きなん?」
「ううん、もう好きやないよ。」
それは嘘や。ほんなら、何でこんなとこに、キーホルダー落とすねん。
しょっちゅうここに来てこっそり浅野の姿見に来てたんやろう。
体育館の裏の窓から、少しだけやけど、中が見えるのは、私でも知っている。
「それは良かった。」
人を好きになる気持ちは私には解らへん。でも、好きにならへんっていうこと程無難なことはあらへん。
「じゃあ、私はもう帰るから。
あんたも暗くならんうちに帰りや。」
私は、雪美と目を合わせることなく、その場を後にした。
どうでもいい、人の事なんか。




