第5話 こもれび公園と見知らぬ小さな精霊
ひより食堂の定休日。ひよりは朝から少し浮かれていた。
「たまには三人で出かけようよ」
カツ葉は跳ねるように喜ぶ。
「御意っ! 拙者、遠征でござる!」
みそらは静かにため息をつく。
「……歩く距離が長くなりそうですね」
三人は湖のほとりにある大きな『こもれび公園』へ向かった。
広い道、風の匂い、遠くに見える遊園地。ひよりは二人の反応を楽しみにしていた。
遊園地の入口が見えた瞬間、カツ葉が爆発した。
「ジェットコースターでござる! 拙者、乗るでござる!」
みそらは乗る前から顔をしかめる。
「……嫌です。絶対に嫌です」
ひよりは笑いながら二人をなだめる。
「二人とも、ちゃんとついてきてよ?」
「御意!」
「……できれば私は、ここで待っています」
「だめ。一緒に来たんだから」
結局、カツ葉はひよりの肩のあたりで大騒ぎし、みそらは終始ひよりの後ろに隠れていた。
次はメリーゴーラウンドに三人並んで向かう。
カツ葉は馬の上で仁王立ちしようとしてひよりに止められ、みそらはゆっくり揺れる馬の背で静かに座っていた。
「みそら、こういうのは平気なんだね」
「……上下するだけなら、まだ……」
「拙者はもっと速いのが良いでござる!」
メリーゴーラウンドを降りたあと、カツ葉が次の乗り物を見つけて叫ぶ。
「ひより殿! あれでござる! ぐるぐる回るでござる!」
コーヒーカップだった。
カツ葉はカップの縁ぎりぎりに立ちながら、
「もっと回すでござる!」
と大はしゃぎ。
みそらはカップの端にちょこんと座り、
「……私は、回転は苦手です」
と完全に動かない。
ひよりは笑いながらカップを回す。
「ちょっとだけだよ!」
「もっとでござる!」
「……もう十分です」
コーヒーカップを降りるころには、みそらはすっかり疲れた顔をしていた。
「ちょっと休もうか」
三人は園内の休憩所へ向かい、ひよりはベンチに座ってソフトクリームを食べた。
「遊園地なんて、久しぶりだなあ」
「ひより殿、溶けているでござる!」
「分かってるって」
みそらはソフトクリームをじっと見つめた。
「……私たちと、少し似ていますね」
「どこが?」
「放っておくと、形がなくなるところが」
「急に怖いこと言わないでよ」
次に園内を歩いていると、子ども向けのミニ汽車が走っていた。
「ひより殿! これは園内を偵察する乗り物でござるな!」
「普通に一周するだけだよ」
「……これは、ただの乗り物です」
「こういうの、のんびりしてていいね」
三人はミニ汽車に乗り、園内をゆっくり一周する。
カツ葉は煙突をじっと見つめ、
「むむ……煙突があるのに、煙が出ておらぬでござる」
と真剣に分析。
みそらは窓から外を見ながら、
「環境が変わると、こういう乗り物も悪くありませんね」
と珍しく前向きなコメントをしていて、なんだかおかしい。
ひよりは二人の様子を見て、
「観覧車も楽しみだね」
と笑う。
園内の奥に、古い蒸気機関車の展示があった。黒い車体は少し錆びているが、存在感は大きい。
カツ葉が目を輝かせる。
「みそら殿! 巨大な湯気の仲間でござる!」
みそらはじっと見つめて、首を振った。
「……たぶん、違います」
ひよりは吹き出した。
「でも、確かに湯気っぽいね」
三人はしばらく蒸気機関車の周りを歩き、夕方の風を感じながら観覧車へ向かった。
夕暮れの湖がきれいだった。観覧車のゴンドラがゆっくりと上がっていく。
「こうして三人で出かけるの、なんかいいね」
カツ葉は窓際で騒ぎ、みそらは静かに座っていた。
そのみそらが、突然指をさす。
「……ひよりさん。あそこ」
ひよりも目を凝らす。人影の少なくなった夕暮れの園内。その古い蒸気機関車のそばに、小さな子どもがぽつんと立っていた。
カツ葉が低い声で言う。
「むむ……拙者たちと、同じ気配でござる」
ひよりは息をのんだ。
カツ葉とみそら以外にも、こんな存在がいる――。
ひよりが目にするのは、初めてだった。
三人は観覧車を降りて、すぐに蒸気機関車のそばへ向かった。
小さなその子は、人間の子どものような姿で立っていた。
「こんにちは。ここにいたの?」
その子は小さくうなずく。
みそらがその子をじっと見つめた。
「……私たちとは、少し違いますね」
「違う?」
「はい。でも……私にも、よく分かりません」
カツ葉が腕を組む。
「御意! 拙者も分からんでござる!」
精霊のようなその子は言葉を多く話さない。
ただ、古い蒸気機関車を見上げるその表情は、まるでずっと昔からここにいたように見えた。
ひよりは優しく聞いた。
「また遊びに来てもいい?」
その子は、ほんの少しだけうなずいた。その仕草が、夕暮れの光に溶けていく。
公園を出る道。湖の風が少し冷たくなっていた。
「世界には、まだまだ拙者の知らぬ精霊がおるのでござるな!」
「……私も、少し知りたくなりました」
ひよりは二人を見て笑う。
「じゃあ、また三人で出かけようか」
夕暮れの道に、三人の影が並んで伸びていく。
ひより食堂の定休日は、いつもより少しだけ新しい世界を見せてくれた。




