第4話 ふくらむパンとひより食堂の待ち時間
朝の仕込みを終え、ひよりは粉を量ってボウルに入れた。
小麦粉の白さが朝の光を受けて、少しまぶしく見えた。
「今日は何を作るでござる?」
カツ葉が湯気を揺らしながら飛び出してきた。
「パンを焼いてみようと思って」
ひよりは粉を混ぜながら答えた。
みそらも静かに現れる。
「パン……いいですね。朝に合います」
カツ葉は胸を張った。
「拙者、発酵の達人でござる!」
「達人なの?」
「達人でござる!」
勢いだけは本物だった。
ひよりは生地をこね始めた。
手のひらに伝わる柔らかさを確かめながら、丁寧にこねていく。
「生地は、ゆっくり休ませるのが大事ですよ」
みそらが静かに言った。
「御意っ! ならば拙者も静かに待つでござる!」
カツ葉は胸を張って、じっと生地を見つめる。
……三秒後。
「まだでござるか?」
「早すぎるよ」
「むむむ……!」
ひよりは思わず笑った。
やがて、生地を発酵させる時間になった。
ところが――。
「……あれ?」
しばらくしても、生地がなかなか膨らまない。
ひよりが首をかしげる。
「どうしよう。少し温度が足りなかったのかな」
カツ葉が勢いよく前に出た。
「ここは拙者に任せるでござる!」
「何するの?」
「気合を送るでござる!」
「待って、待って!」
カツ葉が湯気をぶわっと膨らませる。
すると、生地のまわりの湯気がぷるぷると揺れた。
「わっ!」
「拙者の気合が効いておるでござる!」
「生地じゃなくて、湯気が揺れてるだけだよ……」
みそらが静かに生地を見つめる。
「もう少しだけ、待ってみましょう」
みそらに言われ、ひよりは生地をもう少し暖かい場所へ移した。
三人でしばらく待っていると、生地が少しずつ膨らみ始めた。
「おおっ!」
カツ葉が嬉しそうに湯気を揺らす。
「拙者の気合でござる!」
「暖かいところに移したからだよ」
「むむっ!」
ひよりは笑った。
焼き上がったパンは、こんがりと色づいていた。
その香りが食堂いっぱいに広がる。
そこへ、常連の一人の男性客が入ってきた。
「おはようございます、いい匂いですね」
「おはようございます。今日はパンなんです」
ひよりが焼きたてのパンを見せる。
男性は少し驚いた顔をして、それから笑った。
「じゃあ、今日はそれをお願いします」
ひよりはパンとスープをカウンターに並べた。
男性はパンを一口食べる。
「……おいしいですね」
「ありがとうございます」
男性はもう一口食べて、少し意外そうに笑った。
「和食の食堂で焼きたてのパンが出てくるとは思いませんでした」
「私も、たまには違うものを作ってみようかなって」
「いいですね。次は何が出てくるのか楽しみになります」
ひよりは嬉しそうに笑った。
カツ葉は湯気を揺らして胸を張る。
「拙者の気合も役立ったでござろう!」
「……待ってただけだけどね」
みそらがくすっと笑った。
「それでも、今日は静かに待てましたね」
「むむむ……褒められておるのか?」
ひよりが吹き出すと、男性客もつられて笑った。
食堂の朝に、またひとつ小さな笑い声が増えた。
やがて男性客を見送ったあと、ひよりは残ったパンを眺めた。
「次はもっと上手に焼けるかな」
「御意! 次こそ拙者の気合で――」
「だから気合はいらないって」
「むむっ!」
焼きたてのパンの香りと一緒に、三人の笑い声が食堂に広がった。




