7
屋敷に戻ったヴィオラは、
寝室の窓辺に腰掛けたまま、
白み始める空を眺めていた。
エマはとうに下がらせている。
誰にも見せられない顔をしている自覚が、
自分でもあった。
(アルノルトは、着替えだけに戻ると言っていた)
深夜に一度、屋敷の門を叩いた騎士からそう
伝言があった。
事件処理が長引く、
着替えを終えたらすぐにまた王宮へ戻る、と。
待つ間、ヴィオラの頭の中は、
先ほど目にした光景でいっぱいだった。
剣を抜く姿。迷いのない太刀筋。
命懸けで真実を追っていた、あの背中。
(強かった)
普段の、少し浮かれた顔しか知らなかった。
だが今夜見たのは、まったく違う男の顔だった。
(かっこよかった)
素直にそう思った瞬間、頬が熱くなる自分に、
ヴィオラは戸惑った。
(私、今――)
暗殺者として、幾人もの命を狩ってきた。
任務に感情を挟んだことなど、
一度もなかった。
それなのに、今、この胸の高鳴りは何なのか。
(怖かった。
彼が傷つくかもしれないと思ったら、怖かった)
そして、それ以上に。
(疑ってしまった自分が、許せない)
商人と密会する姿を見た日から、
ずっと胸の奥に澱のように溜まっていた不安。
それが今夜、跡形もなく消え去った。
アルノルトは、誰も知らないところで、
たった一人、真実を追い続けていた。
ヴィオラと同じように。
いや、ヴィオラよりもずっと早く。
(ごめんなさい。それから――)
ヴィオラは、自分の胸に手を当てた。
早鐘のような鼓動が、まだ収まらない。
(ありがとう)
窓の外、空が徐々に白んでいく。
夜明けが近い。
不意に、階下で扉の開く音がした。
ヴィオラの心臓が、大きく跳ねた。
慌てて立ち上がり、部屋を出る。
階段を登ってくるアルノルトの姿が見えた瞬間、
胸の奥から込み上げてくるものがあった。
土埃で汚れた騎士服、乱れた髪、隠しきれない疲労。
それでも、ヴィオラの姿を見つけた瞬間、
彼の顔にはいつもの、あの浮かれた笑みが浮かんだ。
「起きていたのか。すまない、こんな時間に」
「……お帰りなさい」
声が、思っていたよりも震えていた。
アルノルトが小さく首を傾げる。
「どうした? 顔が赤いが」
「なんでも――」
言いかけて、ヴィオラは言葉を失った。
目の前にいるこの人が、たまらなく愛おしい。
その事実に、
今さらのように押し潰されそうになっている。
これが、恋なのだと。
生まれて初めて知る感情に、
ヴィオラはただ、立ち尽くすことしかできなかった。




