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【完結】暗殺一家の令嬢ですが、政略結婚した騎士団副団長の愛が重すぎます。  作者: ほしよみ


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4

騎士団主催のアフタヌーンパーティは、

王宮庭園で開かれていた。


色とりどりの花々が咲き誇る庭園には、

着飾った貴婦人たちの笑い声が響く。


主催者の挨拶が終わると、

楽団が穏やかな音楽を奏で始めた。


それを合図に、夫人たちは夫人同士の茶席へ、

騎士や官僚たちは情報交換の輪へと自然に

分かれていく。


社交とは、夫婦で寄り添う時間ではなく、

それぞれが家を代表して人脈を広げる場でもあった。


ヴィオラもまた、

「アルノルト・フォン・シュタイン副団長夫人」

として、その輪の中にいた。


「シュタイン夫人、結婚生活はいかがですか?」

「アルノルト様が、

とても大切にしてくださっていますわ」


柔らかな笑みを浮かべながらも、

ヴィオラは会話の端々に探りを忍ばせる。


「そういえば、

本日は財務省の方々もいらしているとか」

「ええ。補佐官のグレイソン様もお見えですよ。

最近は少し塞ぎ込んでいらっしゃるようですが」


(塞ぎ込んでいる……)

(何かを抱えているのかもしれない)


婦人たちが菓子や紅茶に夢中になった隙を見計らい、

ヴィオラは静かに席を立った。


「少し、離れます」


誰にも怪しまれることなく庭園を離れる。

笑い声が遠ざかるにつれ、

令嬢の歩みは、

任務を遂行する暗殺者の足取りへと変わっていく。


王宮は幾度となく訪れている。


だが、今日ほど人の視線が気になったことはなかった。 


ここは王の居城。

一歩間違えれば、

侵入者として拘束されても不思議ではない。


(落ち着いて)

(今日は侯爵夫人。誰も私を疑わない)


そう自分に言い聞かせながら、

回廊へ足を踏み入れる。


警備の騎士が二人、向こう側を横切った。


ヴィオラは窓辺へ歩み寄り、

庭園の花々を眺める夫人を装う。


騎士たちは軽く一礼し、

そのまま通り過ぎていった。


(……よし)


小さく息を吐く。


再び歩き出し、

人目を避けるように角を曲がる。


目指すは財務省執務棟。

グレイソン補佐官の執務室まで、あとわずか。


その時だった。


ヴィオラの耳が、微かな靴音を拾う。


(……一人)


革靴。

歩幅は一定。

隠れる気配はない。

官僚。

距離、十五歩。

こちらへ向かってくる。

ヴィオラは逃げることも隠れることもせず、

静かに振り返った。


「――そこで何をしている」


低く鋭い声が廊下に響く。

ヴィオラの足が止まった。

鼓動が一つ、大きく跳ねる。


見知らぬ壮年の男が立っていた。

胸元には財務省高官を示す紋章。

その目は獲物を見つけた鷹のように鋭い。


「こちらは関係者以外立ち入り禁止だ」


(さて……)


逃げることはできる。

だが、それでは疑いが決定的になる。

ヴィオラは静かに微笑み、一礼した。


「申し訳ございません。

少し道に迷ってしまいまして……」

「迷った?」


男は明らかに信じていない。


「庭園からここまで来る婦人など聞いたことがない」


一歩。

また一歩。

男が距離を詰めてくる。


(まずい)

(あと数歩で名前を聞かれる)


名前を名乗れば身元を調べられる。

そうなれば、この任務そのものが危うい。

ヴィオラは袖の中に忍ばせた細い針へ、

そっと指を伸ばした。

眠らせるだけなら一瞬。


だが、ここは王宮。

高官を襲えば、すべてが終わる。


(殺るか……)


その瞬間だった。


「ああ、シュタイン夫人」


穏やかな声が廊下へ響いた。

回廊の奥から、

一人の壮年の男がゆっくりと歩いてくる。


宰相エドヴァルド・フォン・ローゼンベルク。


その姿を見た瞬間、

財務省高官の顔色が変わった。


「これは宰相閣下」

「夫人は王妃陛下への言伝を預かっておられてね」


柔らかな笑みを浮かべながら、

宰相は自然な動きでヴィオラの前へ立つ。


「少し道に迷われたようだ」

「……申し訳ございません」

「こちらです」


まるで最初から約束していたかのような自然さだった。


財務省高官はなおも怪訝そうな視線を向けていたが、

宰相にそれ以上口を挟むことはできず、

静かに一礼して去っていく。


足音が完全に消えた瞬間。


ヴィオラはようやく張り詰めていた息を静かに吐いた。


足音が完全に消えたのを確認すると、

宰相の表情から笑みが消える。


「……随分と危ない橋を渡るものだ」


ヴィオラは息を呑んだ。


「宰相様は……」

「王命については一部承知している」


その一言で十分だった。

王直属の密命。

宰相もまた、

その存在を知る数少ない人物なのだ。


「グレイソン補佐官を探っていたのだろう」


図星だった。


「彼は無実だ」

「……え?」

「脅されている」


宰相は周囲を見渡し、さらに声を潜める。


「家族を人質に取られているという情報がある」


ヴィオラの表情が変わる。


「本当に探るべき相手は、もっと上だ」

「もっと上……」

「財務省の裏帳簿に手を加えられる立場の者は

限られる」


苦々しく宰相は続けた。


「王宮も独自に調査している。

しかし証拠が足りない」

「だから私たち一家が……」

「あぁ」


宰相は静かに頷いた。


「表立って動けぬ案件だからこそ、

影が必要なのだ」


ヴィオラはようやく、

今回の任務の全容を理解した。


「グレイソン補佐官には極秘裏に接触を試みます。

そこから黒幕へ辿ります」

「その通り」


そして宰相は、一拍置いて言った。


「ただし……夫には悟られるな」


ヴィオラの胸が小さく痛む。


「副団長は勘が鋭い」


さらに続ける。

「そして、君を危険に晒すくらいなら、

この任務そのものを止める男だ」


その言葉に、ヴィオラは思わず視線を伏せた。


「……承知しております」


庭園へ戻る道すがら、笑い声が再び耳に届く。


何事もなかったように夫人たちの輪へ戻りながらも、

ヴィオラの胸には新たな疑念が芽生えていた。


(黒幕は、王宮の中にいる)


その視線の先では、

若い騎士たちに囲まれたアルノルトが、

いつものように穏やかに笑っていた。


(違う)


ヴィオラは心の中で静かに首を振る。


(あの人が関わっているはずがない)


だからこそ、不安になる。


(もし知らないところで

利用されているのだとしたら……)


胸の奥に残った小さな痛みを隠すように、

ヴィオラは静かに微笑み、

再び夫人としての仮面をかぶった。

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