アルノルト1
玉座の間に進むと、王は簡潔に告げた。
「いつも任務御苦労。今日はお前に縁談を勧めたい。
国としては、その家とは繋がりを強めていたい
のが本音だ。お前、嫁にもらってくれないか?」
アルノルトは一瞬、
言葉の意味を噛み砕くのに時間を要した。
「うん?
侯爵に確認したがまだ婚約者がいないと
申しておったが?何か不満か?」
「いえ、ただ、
ここで結婚を進められるとは思ってもいなかったので」
「そうか。だがいい家だ。
お前の家にも釣り合う。
明日、顔合わせがある。
会ってみるといい。
返事はここで言う必要はない。
ゆっくり考えてみてくれ」
王の言い方は、あくまでも親切な勧め。
だがその奥には、絶対の命令が隠されている。
「かしこまりました」
アルノルトは深く頭を下げた。
(結婚か······)
大きなため息共に騎士団本部へと戻った。
◆
顔合わせが終わった帰り道。
馬車に揺られながらも、 アルノルトの頭の中には、
先ほどの令嬢の姿しか残っていなかった。
(……何だ、あれは)
アメジストの瞳。
白百合のような美しさ。
誰にも媚びず、
ただ静かにそこへ立っていた姿。
目が合った一瞬、
胸を射抜かれたような衝撃が、 今も消えない。
(嫁に欲しい)
その言葉だけが、 頭の中で何度も繰り返される。
いや。
欲しいでは足りない。
(誰にも渡したくない)
そう思った瞬間、 自分でも笑ってしまった。
一度会っただけだ。
名前を呼んだのも数回。
それなのに、 もう他の男の隣に立つ姿など、
想像しただけで胸がざわつく。
(……重症だな)
苦笑したまま、
アルノルトは真っ直ぐ王城へ馬を走らせた。
「陛下。 縁談、お受けいたします」
王は書類から顔を上げる。
「返事が早いな」
「逃したくありません」
あまりに即答だった。
王は思わず笑う。
「気に入ったか」
「はい」
迷いは一切なかった。
「分かった。 では侯爵家にも話を通そう」
「可能でしたら……」
アルノルトは珍しく言い淀む。
「式は早い方がありがたいのですが」
「早い?」
「できれば、一週間ほどで」
「一週間!?」
王は思わず立ち上がった。
「普通は数か月かけるものだぞ」
「待てません」
即答だった。
王は額を押さえ、
しばらく黙ったあと吹き出す。
「……お前がそこまで言うとはな」
翌日には ナハル侯爵邸にいた。
「式を早めたいと?」
侯爵は目を丸くする。
「普通なら半年は準備が必要ですが?」
「必要なものは全て私が用意します」
「…………」
「不足する費用も、人員も、 すべてこちらで」
「ヴィオラ嬢には王都で一番の美しいドレスを
ご用意致します」
侯爵は思わず笑った。
「そんなに娘が気に入りましたか」
アルノルトは少しだけ耳を赤くし、 静かに頷く。
「はい」
「大切にしてくださるので?」
「命に代えても」
その一言だけで十分だった。
侯爵は深く息を吐き、 微笑む。
「……分かりました」
侯爵は嬉しそうにそう答えた。
そして一週間後。
王都中が驚くほどの速さで、
結婚式の日取りが決まり決行された。
ただ一人。
ヴィオラだけが知らなかった。
その異例の速さは、 王命でも、
侯爵家の事情でもない。
アルノルト・フォン・シュタインという男が、
恋に落ちて暴走した結果だったことを。




