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【完結】あなたが泉に突き落としたのは、政務に秀でた王太子ですか?それとも、あなたを生涯溺愛する王太子ですか?  作者: 木風


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3/4

第三話 少しは成長なさいましたね

 翌朝から、王太子ローレンスの再教育が始まった。


「こちらが来月の領地視察に関する報告書です」

「こんなにあるのか?」

「あなたが半年間お読みにならなかった分ですわ」

「この山は?」

「孤児院と救貧院から届いた陳情書です」

「では、こちらの山は?」

「隣国との交易交渉に関する資料です」

「……君はこれを一人で?」

「ええ。あなたがイザベラ様と観劇なさっている間に」


 ローレンスはしばらく書類の山を見つめたあと、両手で顔を覆った。


「僕をもう一度、泉へ沈めてくれないか」

「仕事から逃げるためでしたら、今度は引き上げませんわよ」

「やる。すぐにやる」


 それからのローレンスは、驚くほど素直だった。

 分からない箇所は質問し、間違えれば指摘を受け入れ、夜になっても書類を投げ出さない。

 もっとも、動機は分かりやすかった。


「この報告書を正しくまとめられたら、少しは見直してくれるだろうか」

「仕事をしただけで褒められると思わないでくださいませ」

「では、百枚まとめたら?」

「量ではなく中身です」

「視察計画まで立てたら?」

「当然のお仕事です」

「……一度くらい、よくできましたと」

「殿下」

「はい。続けます」


 リノアのが眉を上げるだけで、ローレンスは背筋を伸ばして書類へ戻った。

 イザベラとの関係も、自ら清算した。


「殿下、お待ちしておりましたわ」

「イザベラ嬢。君に謝罪しなければならない」


 いつものように甘い声で近づいてきたイザベラに対し、ローレンスは深く頭を下げた。


「謝罪?」

「僕は婚約者がありながら君を誘い、正妃にすると期待させた。すべて僕の軽率さと不誠実さが招いたことだ」

「リノア様に何か言われたのですか?」

「違う。僕自身の意志だ」


 イザベラの表情が強張る。


「では、わたくしを捨てると?」

「君との関係は終わりにする。ただし、僕が約束した支援や、君の名誉を守るために必要な手続きは責任を持って行う。君一人に罪を負わせるつもりはない」


 イザベラは唇を噛み、ローレンスの頬を平手で打った。

 乾いた音が室内に響く。


「最低ですわ」

「ああ。その通りだ」


 ローレンスは頬を押さえず、もう一度頭を下げた。

 少し離れた場所で見届けていたリノアは、黙ってその姿を見つめていた。


 過去は消えない。

 傷つけた相手へ謝ったからといって、何もかも許されるわけでもない。

 それでも、自分のしたことから逃げずに責任を負おうとする姿勢だけは、以前のローレンスにはなかったものだ。




 ローレンスの溺愛は、日を追うごとに激しくなった。

 朝になると、必ずリノアの部屋へ花が届く。

 執務室へ向かえば、廊下の途中で待っている。

 夜会で令息が話しかければ、いつの間にか背後に立っている。


「殿下。先ほどから、近すぎませんか?」

「何かあったとき、すぐに君を守れる距離にいたい」

「ここは王宮の夜会です。衛兵も控えています」

「王宮だから安全とは限らない」

「あなたが背後に張りついている方が落ち着きませんわ」

「では、隣に立とう」

「そういう問題ではありません」


 さらに、ローレンスはリノアが担当していた公務まで、すべて取り上げようとした。


「今まで僕が押しつけていた分、君は休むべきだ」

「お断りします」

「なぜ?」

「わたくしは公務が嫌いなのではありません。あなたの遊ぶ時間を作るために、当然のように押しつけられていたことが嫌だったのです」


 リノアは、ローレンスが持ち去ろうとした書類を取り返した。


「わたくしの仕事まで奪わないでください」

「だが、君を楽にしたい」

「わたくしの意思を無視して何もさせないことは、大切にすることとは違いますわ」


 ローレンスは、はっと目を見開いた。


「愛しているからこそ、相手の望みを聞くべきです。分かりまして?」

「……分かった。君の仕事は奪わない。ただし、無理をしているときは止める」

「それは許可します」

「夜会で君に近づく男は?」

「それはわたくしが判断します」

「そこは許可してもらえないだろうか」

「なぜ、あなたが許可を求める側なのに、許可する立場のように仰るのです?」

「……勉強します」


 仕事だけではなく、愛し方まで教育が必要らしい。

 けれどローレンスは、リノアの言葉を聞いた。




 翌日から、執務室の椅子を勝手に隣へ寄せることはなく、代わりに、少し離れた机で自分の仕事をするようになった。


 夜更けにリノアの手が止まれば、温かい紅茶を淹れる。

 疲れた顔をしていれば、休むよう勧める。

 けれど、彼女が続けると言えば、それ以上は取り上げない。


「少しは成長なさいましたね」


 ある夜、リノアがそう口にすると、ローレンスは手にしていた書類を取り落とした。


「今、何と?」

「聞こえなかったのなら結構です」

「待ってくれ。もう一度」

「よくできました。と」

「今の言葉だけで、あと百枚は処理できる」

「では、二百枚お願いします」

「任せてくれ」


 本当に二百枚処理したため、それ以降、リノアは褒める回数を少し増やした。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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