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【完結】あなたが泉に突き落としたのは、政務に秀でた王太子ですか?それとも、あなたを生涯溺愛する王太子ですか?  作者: 木風


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第四話 あの日のことには感謝している

 季節が巡る頃には、ローレンスは見違えるほど働く王太子になっていた。


 誰よりも早く執務室へ入り、必要な資料を読み込み、臣下の意見を聞く。

 以前は退屈そうに座っているだけだった会議でも、自ら問題点を指摘し、改善策を提案するようになった。

 領地視察では農民の話へ耳を傾け、孤児院では不足している予算をその場で確認した。

 隣国との晩餐会では、リノアが口を挟む必要もないほど、堂々と交渉を進めてみせた。


 晩餐会のあと、人気のない回廊で、ローレンスは期待を隠せない顔でリノアを見つめた。


「今日の僕は、どうだった?」

「王太子らしく振る舞えていましたわ」

「それだけ?」

「交渉も見事でした」


 ローレンスの顔が明るくなる。


「本当に?」

「ええ。よくできました」


 その瞬間、ローレンスは両手で顔を覆った。


「殿下?」

「嬉しすぎて、顔を見られたくない」

「大げさですわ」

「君に褒められるために、この一年間働いてきたんだ」

「国のために働いてくださいませ」

「もちろん国のためでもある。だが、君に見直してもらうことが、最も大きな原動力だった」


 指の隙間から覗く耳が、赤く染まっている。

 以前のローレンスなら、臣下や婚約者に褒められても当然のこととして受け取っていただろう。

 今の彼は、リノアの短い言葉ひとつを、大切そうに抱えている。

 胸の奥が、ゆっくりと温かくなった。


「……嫌いではありませんわ」


 ローレンスが顔を上げた。


「今、何と?」

「何も」

「嫌いではないと聞こえた」

「空耳ですわ」

「もう一度言ってくれないか」

「申しません」


 リノアが先に歩き出すと、ローレンスは嬉しそうに後を追った。


 泉へ突き落とした日から、ちょうど一年。

 ローレンスはリノアを、あの古い泉へ誘った。

 初夏の風が木々を揺らし、水面には柔らかな光が落ちている。


「懐かしいな」

「また私が突き落とそうとしたら、どうなさいますか?」

「それは遠慮したい。ただ、あの日のことには感謝している」


 ローレンスは泉を見つめた。


「あの日がなければ、僕は君の優しさに甘え続けていただろう。君がどれほど傷ついているかも知らず、自分が愛されて当然だと思い込んだまま」


 リノアは黙って隣を歩いた。

 ローレンスは足を止め、彼女へ向き直った。


「女神様の力がなければ、僕は君への気持ちにも気づけなかった。だから、この愛がすべて自分の力で生まれたものだとは言えない」

「殿下……」

「それでも、君に教わって働いたことも、過ちから逃げずに向き合おうとしたことも、君の意思を尊重したいと考えるようになったことも、僕自身が選んだことだ」


 ローレンスの声が、かすかに震えた。


「あの日から一年経った」

「ええ」

「約束通り、君に決めてほしい。僕との婚約を続けるか。それとも、ここで終わりにするか」


 リノアは、目の前の男を見つめた。

 かつては公務を押しつけ、別の女性へ甘い言葉を囁き、リノアなら何をしても離れないと思い上がっていた王太子。


 今はもう、彼女の答えを決めつけない。

 逃げ道も塞がない。

 ただ、選ばれるのを待っている。


「その前に、一つお聞きしても?」

「何でも」

「女神様に選ばれたのは、溺愛する王太子だったはずです。いつの間に、シゴデキ王太子にまでなったのです?」


 ローレンスは目を瞬いたあと、苦笑した。


「君が叩き込んだんだろう」

「そうでしたわね」

「女神様は一人しかくれなかったが、君がもう一人分を育ててくれた」


 リノアは、思わず笑った。

 ローレンスもつられるように笑い、それから懐へ手を入れた。


 取り出したのは、小さな箱。

 泉の前で片膝をつき、蓋を開ける。

 中には、泉の水を閉じ込めたような蒼い宝石の指輪が輝いていた。


「リノア・ヴァレンフィールド」


 ローレンスが彼女を見上げる。


「以前の婚約は、王家と公爵家が決めたものだった。だから今度は、僕自身の意志で君に求婚したい」


 風が止み、泉の水音だけが耳に届く。


「仕事は、これからも学び続ける。君の意思を尊重することも忘れない。それでも間違えたときは、何度でも叱ってほしい」

「叱られる前提なのですね」

「君ほど立派にはなれないから」

「そこは努力すると仰ってくださいませ」

「努力する。生涯かけて」


 ローレンスは、小さく息を吸った。


「誠実さも、働く力も、君への愛情も、すべて僕の意志で持ち続ける。だから、僕を君の夫にしてくれないか」


 リノアは彼を見下ろしたまま、しばらく答えなかった。

 ローレンスの額に、うっすらと汗が浮かぶ。

 待たせるのも、少しくらいは仕返しになるだろう。

 そう思ったが、彼の顔があまりにも必死だったため、リノアはそれ以上意地悪をするのをやめた。


「よろしいですわ」

「本当に?」

「ただし、今後公務を押しつけて浮気相手と遊び歩いた場合は、今度こそ泉の底から引き上げません」

「二度としない。君以外を愛するつもりもない」

「では、喜んでお受けします」


 ローレンスの顔に、眩しいほどの笑みが広がった。

 立ち上がると、震える手でリノアの指へ指輪をはめる。


「抱き締めても?」

「許可を取れるようになったのですね」

「一年間、学んだから」

「では、許可します」


 ローレンスの腕が、そっとリノアの背へ回る。

 強引ではなく、逃げようと思えばいつでも逃げられるほど慎重な抱擁。

 リノアは自分から一歩近づき、その胸元へ頬を寄せた。


「愛しています、リノア」

「存じております」

「君からも聞きたい」

「欲張りですこと」

「溺愛する王太子を選んだのは君だ」


 それを言われると、反論できない。

 リノアは小さく息を吐き、ローレンスの胸元を指でつまんだ。


「わたくしも、今のあなたを愛していますわ」


 腕に力が籠もる。


「今の、ということは、昔の僕は?」

「泉へ沈めたくなる程度には嫌いでした」

「心に刻んでおく」

「そうなさいませ」


 二人の笑い声が、泉の水音に重なった。

 そのとき、水面が淡く光った。

 振り返ると、泉の中央に女神が姿を現している。


「お久しぶりですね、公爵令嬢リノア」

「女神様」

「見事、溺愛王太子をシゴデキ王太子へ育て上げたようですね」

「一年かかりましたわ」

「君はもう少し手加減しても良かったと思う」

「聞こえませんでした」


 女神は楽しそうに笑った。


「正直なあなたには、本来一人しか差し上げられませんでした。ですが、自らの手で望んだ相手を育てたのなら、それは規則には反しません」

「最初から、それを狙っていたのですか?」

「さて、どうでしょう」


 女神は答えず、光の粒となって泉へ溶けていった。

 あとには静かな水面だけが残る。


「結局、女神様にしてやられた気がしますわ」

「僕は感謝している」

「わたくしは、この一年ずいぶん働きましたけれど」

「では、これから一生かけて恩を返す」

「仕事もしてくださいませ」

「もちろんだ。仕事を片づけなければ、君と過ごす時間が減ってしまう」


 リノアはローレンスを見上げた。

 愛する婚約者との時間を増やしたい。

 その一心で仕事を覚えた王太子は、今では誰よりも早く公務を終える。

 どうやら、選択は間違っていなかったらしい。


 かつて浮気性で身勝手だった王太子は、妻を生涯ただ一人愛し続ける夫となった。


 そして、公務を押しつけられていた公爵令嬢は、王太子へ容赦なく仕事を叩き込み、誰もが認める優秀な王へと育て上げた。

 後にローレンスは、歴代でも屈指の賢王と呼ばれることになる。

 その理由を問われるたび、彼は誇らしげにこう答えた。


「愛する妻に見限られたくなくて、必死に働いただけだ」


 その隣で王妃リノアは、優雅に微笑みながら付け加えた。


「仕事は叩き込めば、何とかなりますもの」

最後までお付き合いありがとうございました。

みなさんでしたら、「シゴデキ王太子」と「溺愛王太子」どちらを選びますか?

私は…やっぱり溺愛かな!?

ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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― 新着の感想 ―
親指立てて沈んでいく王太子がターミネーターすぎて駄目だった。選んだ方が仕事できないままだったらデデンデン♪て音楽付きでしれっと戻ってきそう。
読みやすくて、無理やりな印象もなく、おもしろかったww 浮気相手やそこまでに至った経緯(まだ未婚で浮気相手を正妃にする非常識な口約束)それを甘えた感情だけでは可能にはならないはず。半年は長く、公務を婚…
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