白線の向こう
空気を裂くようにエメラルド色が駆けていく。纏った風は晴斗の前髪を右から左に乱暴に撫でた。
卒業式から早くも一ヵ月が経ち、今日で三月も終わりだった。一ヵ月前より薄くなったアウターと、驚くほどに重い背中のかばん。妙な高揚と虚脱。潮目の様に混ざり合った胸中のままに、晴斗は新幹線へと乗り込む。
同じ新幹線だというのに、修学旅行の時とも遠征の時とも、車内はまるで違った。ずっと無機質で冷たい。無人の部屋のような感触だった。
右列の窓側、12列目。ポケットに突っ込んでいた大きめの切符をもう一度だけ確認して、腰を下ろす。かばんは足元に無造作に置いた。
新幹線はすぐに動き出す。
覆われたホームを出ると、ゆっくりと仙台の街並みが見えた。あれもこれも知っている景色。旅立ちには似合わぬ曇天の中を晴斗は食い入るように見つめる。
加速を始めるとすぐに、こんもりとした小さな山が映った。広瀬川の向こう、街の先。
三年間、毎日のように通ったそれはやけに遠く、小さい。
感傷に浸る間もなく、山は後ろの景色へ溶けてしまう。
車体を小刻みに震わせながら、車両はぐんぐん加速していく。高校よりもずっと遠く。別の山。なんども通った病院は見えない。あの白く新しい病棟も、日差しを乱す自動ドアも、ジオラマのような中庭も、それを囲む古びた壁も。もう行くことは無い。病室からの景色も、車いすも、病院の横の公園も。二度と晴斗の人生に登場はしないのだ。順序のばらばらなハイライトが浮かんでは消えていく。
待ってくれ、もっと見せて。そう叫びそうになる。それでも記憶は刹那で、それなのに鮮明だった。彼女がいた街が、時間が、空間が、遠ざかっていく。
気付けば晴斗は顔を窓に押し付けている。もう車両は名取川を越えてしまう。彼女は景色と共に向こうへ見えなくなる。
何かに突き動かされるかのように、晴斗は立ち上がっている。足元のリュックを蹴るように押しのけ、通路へ出た。そのままデッキに続く扉の前へ歩み寄る。夏希がいた時間がまだそこにあるような気がした。後ろに行けば、あの街に戻れば。
じれったいほどゆっくりと扉が開いて、無理やり体をねじ込むように晴斗はデッキに出る。足がもつれて転びそうになって、慌てて手を壁に突き出す。ガンと掌に痛みが走った。
窓の向こうの景色は、彼女のいない世界に変わっていて、それすらもどんどん離れていく。その窓の中に、薄く自分が見える。
歪んだ顔は、それでもその中に小さな強さをたたえている。それが覚悟なのか、諦観なのかは分からないけれど。
ふいに窓ガラスに横一線、亀裂が走った。それは見る見るうちに増えて、透明な板を覆っていく。生き物のように、によろにょろと蠢きながら。
やっぱりこんな天気は旅立ちにはふさわしくない。
それでも晴斗はその景色をただ、眺めていた。




