白南風
開け放った窓から風が吹き込む。その風はゆっくりと置かれたプリントを波のように揺らした。
梅雨が終わった。そしてもうすぐ、熱い夏が来る。そのわずかな間隙を縫うかのような、かすかに涼しい風だった。
職員室の端、莉子は思わず空を見上げる。清々しいほどの晴天が目を眩ませた。強い日差しはそれでも、これから訪れる夏よりもずっと柔らかに思える。
「弁当、こぼすわよ」
遠藤の声だ。顔を向ける。いつものように整った佇まいで、そこに遠藤はいた。
「昼ごはんぐらい、ゆっくり食べたらいいのに」
呆れるように息を吐く。ただその目は少し笑ってる。
「何があるの?」
教師ではない、遠藤伽耶の顔だ。誰に対しても少し厳しい遠藤先生の、生徒は知らないお茶目な瞳。同性だというのに、そのギャップにいつも莉子はたじろいでばかりだ。
ただ…………
「実は今日、ご飯に行くんですよ」
わざとほのめかすように、遠藤を見つめる。
「誰とぉ?」
莉子を見下ろす茶色の瞳が輝く。
「残念ですけど、恋人とかじゃないですよ。教え子のクラス会に呼ばれているんです」
「なんだー、そういうことね。」
その顔は残念そうにも、それでいて安堵しているようにも見えた。
「じゃあ、残業できない後輩の仕事の邪魔はここまで! 楽しんできてね」
優しく微笑んで、遠藤は莉子に背を向ける。
「はい」
その背に軽く返事をして、夏希はまた正面に向き直った。
卒業生の一人から突然メールが来たのは一ヵ月ほど前、ちょうど梅雨の盛りだった。夏の初めにクラス会をするから来てくれないかという、決して長くはない文。それなのに一瞬で当時が蘇って、新人の気落ちが思い出された。
毎日が挑戦で、新鮮さに満ち溢れていた。同じくらい失敗ばかりでへこんでいた自分が、たった数年前のことなのに随分懐かしく思えた。
だからなのだろう、ほとんど時間を置くことなく莉子が返信を打ち込んでいたのは。
そしてつい先刻、もう一度メールが来ていた。また三桜晴斗の名で。
再確認のメールを送るような性格だったかな。いや、きっと違う。時が彼の中を駆けたのだ。私と同じように。
思わず口角が上がっていた。自分でもちょっと意外なほどに私は楽しみにしているのだ。彼と久しぶりに会うことを。
でも、まずは仕事を片付けないと。
最後の卵焼きを口に入れ、弁当箱をしまう。視界の隅で雲が動く。
「よし」
キーボードに手を置いた刹那、思い出したようにまた風が吹いた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
こちらのお話はこれで完結となります。これが私にとって初めての物語の完結であり、小さな達成感に浸っております。
作中を通して稚拙な点も少なからずあったと存じますが、多くの方に読んでいただいたことが大きな励みとなりました。
今後も一層良い作品を創れますよう努めてまいりますので、もしよろしければ感想や評価等、お願いいたします。




