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その秒針が錆びるなら  作者: 鷹羽諒
第十六章 三桜晴斗 錦見夏希
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緑廊

外に出たい、そう告げた時、医者はもう夏希を止めはしなかった。そのことが何よりも残酷に夏希へ迫った。



 足を動かしてもいないのに景色は後ろへと流れていく。そんな不思議な感覚は、後ろで車椅子を押す看護師の存在を思い出すと、急に消え去ってしまい、冷酷な現実だけが残る。

「中庭に着いたら、少しだけ一人になってもいいですか?」

もうすっかり顔なじみになった看護師にそう聞く。

「えぇ、もちろん。外で待つので、帰るときに呼んでくださいね」

優しく微笑みながら、そう答える凛々しいその顔に、夏希は思わず羨望を覚えた。30代くらいだろうか、きれいな人だ。お世辞も無く、本当に純粋に夏希はそう思う。整った顔立ちも、透けてしまいそうな黒髪も、大きな瞳も。全てが彼女を際立たせている。


 でも、違う。そんなことじゃない、夏希が彼女に見るのは。首を回して、後ろで揺れるその顔をこっそり盗み見る。この顔だ。時折見せる《《仕事の顔》》。その美しさが、羨ましかった。

「どうしましたか?」

大きい目をもう少しだけ広げて、夏希に視線を合わせてくれる。

「いえ、なんでもないんです」

少し不思議そうな顔をしたまま、それでも彼女は頷いた。




「それでは」

そう言って看護師は、ハンドルから手を離した。

「ありがとうございます」

小さく会釈をしながら、重い扉を彼女はもう一度潜っていった。 




夏希は一人、中庭にいる。

冷たい空気をどうにか温めようと頑張る弱々しい日差しが、緑廊の木材の隙間から夏希を包む。緑の少ない三月の東北の中で、ここだけが違う空間のようで夏希は心地よさを覚える。



日差しも、葉の無い枝も、夏希を取り囲む城壁のような古びた病棟も。夏希よりもはるかに長く、この世界に生きるものに満たされた世界。その全てが陽光に輝く。






不意に静寂を切り裂いて、耳をつんざくような金属の擦れる音が響いた。それは扉を開いた音だ。





顔を向けるまでもなく、夏希はもう分かっている。





これが彼と逢う最後だと。



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