後ろ髪
声が広い教室に響く。講義室というのだろうか。すり鉢状のその部屋のちょうど中段、晴斗はゆっくりとシャーペンを置いた。木とペンがコツンと音を立てて、それが時間の一区切りを晴斗に意識させる。
年が変わった。それを感じる間もないほどにすぐ、晴斗は受験の最初の関所に出会う。二日という気の遠くなりそうな永遠と、一科目、わずか一時間程度の刹那。それがようやく終わった。
今日はもう塾に行く気にもなれない。行ったところでまともに勉強もできないだろう。合理性を装った言い訳を引っ提げて、晴斗は家の最寄り駅で降りた。
マックに入ったのに理由なんてない。なんとなくそのまま家に帰る気にはなれなかった、それだけ。屁理屈と直感生まれた束の間の休息に晴斗は浸る。
四時前の店内は人影もまばらで、急ぐことも無く晴斗はポテトをつまむ。窓からは黒に青、茶色のランドセルを背負ってじゃれ合う子供たちが見えた。まだ高いその声は時折、二階の窓の向こうにいる晴斗にまで届く。
はしゃぐ彼らの周囲に広がる景色、もう晴斗には見慣れたそれとも、もうじきお別れになるのだ。妙な実感と寂しさが胸に込み上げる。それを押し戻そうと、晴斗はポテトを一気に飲み込んだ。
号砲はもう鳴り終わり、試験という名の連戦を晴斗は控える。同時にそれは卒業へのカウントダウンで、その先に広がる春は未だ闇の中だ。
だが一つ確かなことがある。それは、もうこの風景を毎日見ることは無くなるということだった。晴斗の志望校リストに、宮城の大学は一つもない。上から下までその全部が県外の大学。故に、輪郭の見えないままの春をこの地以外で見ること、それはもう避けようがなかった。
唾を飲む。塩っぽい香りが喉に残る。
真っ白な未来、まだ見たことのない自分。そんな広告でしか見たことの無いような将来は漠然とした不安と色付いた期待でいっぱいだった。あと少し頑張った先に広がるそんな世界。それが晴斗を浮足立たせ、夢見心地にすらさせる。
それなのにどこか後ろ髪を引かれるような感覚から抜け出せずにいるのはどうしてなのだろうか。期待にも不安にも心残りが付きまとい、足枷のように身体にのしかかる。振り払おうとしてもずっとそこにあって、解けないままだ。
そしてきっと自分はその正体にもう気付いている。いやきっとじゃない。知っているのだ、俺はもう。ただそのことから目を背けているだけで。
また唾を飲む。今度はさっきよりも強く。
窓の外に視線を戻す。そこにランドセルを背負った影はもう見えなかった。




