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その秒針が錆びるなら  作者: 鷹羽諒
第十章 町田莉子
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視座

 食堂と校舎を繋ぐ外通路に、受け持ちの生徒の姿が見えた。炎天下の中コンクリートに座って、木のスプーンでアイスをすくっている。

「いや、今授業中なんだけど……」

堪えきれずに、小さく声が漏れた。



「あ、先生!」

近付いた莉子に気付き、声を出したのは錦見夏希の方だった。全く悪びれる様子もなく、のんきにスプーンを咥えている。一方の三桜晴斗はというと、いたずらが見つかった子供のように苦笑いをしていた。錦見はともかく三桜は注意しなければいけない。そう分かっているのに、彼の《《優等生》》じゃない姿にむしろ安心してしまう。

「一応言っておくと、今授業中なのよ」

それでも教員らしく、軽い注意は入れる。自分を学生の頃に指導していた教員たちも、こんな気持ちだったのだろうか。

「はい!」

錦見は少し元気にそう返し、勢いそのままに溶け始めたアイスにスプーンを深く差し込む。

「はい」

少し部活らしさを滲ませて三桜も続けた。

「食べ終わったら教室に戻るのよ」

それだけ言って、莉子は校舎へと踵を返す。僅かに砂っぽい通路を靴がこすって、足を少しの不快感が包んだ。後ろからまた二つ、返事が聞えた。



校舎の扉を潜ると、一気に視界が暗転した。九月になってもいまだ強い日差しは遮られ、窓の無い廊下が広がる。わずかに薄気味の悪い暗がりを莉子は進む。


理由は分からないが、この夏を経て、二人はかすかに変化したように思う。

錦見は以前よりも学校に来るようになったし、三桜は優等生を少しだけやめた。夏休みが明けて学校が再開すると、二人は前よりもずっと一緒にいるようになり、時々こうやって授業を抜け出すようになっていた。本人たちが言うには、その行先はせいぜい図書館だとか学食だとか、屋上だとか、そういう程度なのだが。


勿論そのたびに三桜だけが生徒指導の教員から説教を受けるのだが、彼はそこまで気にならないという風だった。



二人の受け持ちである莉子にも当然小言は届くのだが、それでも莉子は三桜を止める気になれなかった。担任の莉子は錦見の病気のことを聞いていたし、それだけに三桜の気持ちが痛いほど分かった。そしてそれ以上に夏休み明けにかかってきた一本の電話が、莉子の口を強く閉ざそうとするのだった。





いや本当は、そうじゃないはずだ。本心は違う。古びた階段に足をかけながらそう思う。教師失格だと思うようなその感情を莉子は抱えている。いくら目を逸らしても、どうしようもなくそこにあって、二人を、いや三桜を前にするとその感情が胸を支配する。理由すら分からないままに。



階段が終わる。気付けば莉子は屋上に上がっていた。授業中の誰もいない屋上の扉を開ける、強い日差しがまた莉子に刺さり、ただ今度は心地よい風が吹いた。背の高い松の向こうに、仙台の町が広がり、海が見え、小さく船が浮かんでいる。世界に自分一人しかいないような解放感と孤独感、そんな気持ち。


もしかしたら私は独りになってしまった自分のようになってほしくないのかもしれない。急にそう悟る。自分のようにならないで欲しいと、身勝手にも。


ゴォっと強く風が吹いた。




だから私は





だから私は、三桜と自分を重ねてしまうのだろうか。







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