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受話器
雪原の名を冠した画面が急にスマホに現われた時、瞬間的に焦燥が体を駆けた。彼からの初めての電話、時間は深夜。恐怖で体が強張って、それなのにしなしなと次は力が抜けていく。震える手で、夏希はどうにか画面の上で指を滑らせた。
「夜遅くにごめんね、雪原です」
電話の向こうで、か細い彼の声がした。
向こう側で電話が切られて、ツーツーと連続する耳障りな電子音だけが残った。言葉にならない音が少し口から洩れて、どこにも届かずに消える。重力に吸い込まれるようにスマホが掌を滑り、ゴツンと鈍い音を立てて床へ落ちた。何も考えられないまま、全身からまた力が抜けていく。どうにか壁に背を預けて、ずるずると体を下ろす。それでもなお、夏希は右手を耳から動かせなかった。そうしなければどうにかなってしまうかのように。
目頭は熱く、鼻の奥は痛い。喉は嗚咽を漏らしている。それなのに、涙は出なかった。その理由を夏希はまるで知らない。
風邪をひいて熱でもあるかのように、頭がぼうっとして、それなのにたった一つのことだけははっきり分かる。
雪原はもういない。そして私も死ぬのだ、彼のように。




