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その秒針が錆びるなら  作者: 鷹羽諒
第六章 町田莉子
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廊下

 「持ち上がり」となった莉子にとって、受け持ちの生徒は見知った顔の方が多かった。一年の時に担任を務めたクラスの生徒だけでなく、国語で受け持った生徒もいる。勿論、授業中に会うだけの生徒と受け持ちの生徒では関係も変わってくるのだが、初対面に比べればずっと楽だ。だいたいの性格は授業中の態度で想像がつくし、名前と顔が一致しているだけで指導の負担の負担も減る。


「町田先生!さっよならー!!!」

 追い越すように走っていったのは三宅京子だ。去年から莉子が莉子が受け持っている女子生徒。明るく、まさに天真爛漫といった性格の彼女は、同性の莉子ですら惚れ惚れするような可愛さを持っていた。その性格も、その顔も、一部の女子から過剰に嫌われそうな(さま)だったが、奇跡的にもその二つを併せ持っていた彼女は女子からの人気も高く、その上生まれ持った才に人生を預けることなく勉強にもちゃんと力を入れていた。県内トップのこの高校で50位程度を保っているその努力には驚かされ、その度に莉子は世界はつくづく不公平だと現実を覚えることになった。

 ただ一つ、年上の生徒にかなり強力な片思いをしていることを除けば、彼女に一切不安要素は無く、莉子にとって安心して見ていられる生徒の1人だった。

「気を付けて帰るのよー!」

階段の方へ曲がる彼女に向って声を張ると、彼女はくるっと振り返ってニコッと笑いそのまま消えていった。

まるで映画のワンシーンかのようなその笑顔に、気付けば莉子の足は止まっている。

「やっぱり世界って不公平よね」

誰にも聞こえないように、三宅の消えた廊下に1人そう呟く。



そう言えば彼女はあの二人、錦見と三桜と仲が良かった。そんなことを思い出したのは、莉子自身が階段に差し掛かってからだった。



今年から莉子のクラスとなった錦見のことを、未だに莉子はほとんど知らない。理由はすごく単純で、会う機会が他の生徒に比べて極端に少ないからだ。一時の完全な不登校という状況は改善し、週に二回ほどには学校に来るようになった彼女だが、教室にいることは少なかった。彼女は多くの時間を図書館か、自習室かで過ごす。無論授業はほとんど受けていないし、教科書すらも持ってきているのか怪しかった。当然のように彼女に対する不満の声は噴出したようだが、すぐに掻き消えることとなった。莉子はその裏に、遠藤の強力な後ろ盾があったと風の噂で聞いたが、実際のところは知らないままだ。


いずれにしても錦見の自由奔放な学校生活は新学年になっても続いたままで、莉子は時に一部の教員に咎められることとなった。すぐに遠藤がフォローし、その後根回しをしてくれているようだが、それなら遠藤が担任をすればよかったのではないかと、最近よく思う。


一方の三桜も相変わらず、態の良い優等生を演じていた。授業も部活も頑張ります!と言いたげな彼の爽やかさには最近女子の人気も急上昇しているようだ。もっともこれは三宅がノリノリで話していた内容であって、流石の莉子もその言葉を鵜吞みにするつもりはない。まぁ、人気というのは人望の裏返しであろうし、良いことなのだが。

むしろ、莉子の彼に対する懸念はそういった表面的なところには無かった。彼の内面、優等生の裏に潜む本音が莉子にとって心配の種だった。何よりも心配なのは進路で、進路希望調査のたびに莉子は胃を痛めていた。去年の夏に指導して以降、白紙での提出こそしなくなったものの、今でも欄は一つしか埋められず、学部すら書かれないままなのだ。


だが呼び出してそのことを伝えても彼にはきっと躱されてしまう。すっといつもの笑顔で、すみませんとか言って、適当に欄を埋めるのだろう。

 

結局莉子はどうすればいいのかを決めかねたまま、一年を終えてしまった。



やっぱり教師は向いてないのかもしれない。習慣のようになったその思いを抱えながら莉子はようやく着いた職員室のドアに手をかけた。

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