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その秒針が錆びるなら  作者: 鷹羽諒
第五章 三桜晴斗
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15/50

相反

冬が見える。そんなことをふと思ったのは学校に着いて自転車を停めた時だった。部活用のジャージの上に羽織ったウィンドブレーカー。最近になって羽織るようになったそれを今日の結人はその時まで着たままだったのだ。

これまでならそれを学校に着くよりもはやく脱いでいたのに、今日はそうしなかった。

「寒くなったのか」

そう呟いた先の空気は少しずつ乾燥を帯びてきたいるし、駐輪場の角にはカサカサとした落ち葉が溜まっている。秋を抜けたというよりも、本格的な冬を待つ、そんな季節になっていた。



昇降口を潜って靴を脱ぎ、下駄箱から取り出した上靴を放る。小さく乾いた音を無人の廊下に響かせ、それから少しだけ転がって靴は止まった。右を履き、横向きになったもう片方も足で直して、そのまま入れる。まるでそれを合図にするかのように、浮足立つような軽さと、重力のような息苦しさを同時に覚えた。相反(あいはん)する二つの感情の狭間で今日がはじまる。





「…今日来てるってよー」

不意に飛んできた声に振り返ると、三宅の大きな瞳がすぐ横に見えた。昼休みの騒々しい教室の中で彼女が《《浮いている》》ように見えるのは、距離が近いせいではないのだろう。他の男子のちらちらとした視線が結人の目に映るのだから、勘違いでもないようだ。

「ねぇ、聞いてるの?」

覗き込むようにして三宅の髪が揺れる。

「あぁ、聞いてる聞いてる………………で、なんだっけ?」

「聞いてないじゃん!」

「違う、忘れたんだよ」

そう言いながら数秒前の記憶をもう一度探るが、やはり三宅の言葉は思い出せなかった。歳だろうか、冗談のようにそう思う。

「夏希!今日来てるんだってよ?」

わずかに語気を強めて彼女はそう、おそらく言い直した。

「おぉ、そっか」

「え?……それだけ?」

怪訝そうな顔で彼女がそう尋ねる。

「それだけって、言われても」

「仲良しの友達が久しぶりに来たんだから、もっと喜びなさいよ」

説教するかのような三宅の口調に思わず笑ってしまう。

「久しぶりって、一昨日も来てただろ」

一昨日、そう火曜日。会ったから間違いないはずだ。そうだけど、と三宅は口を窄ませる。

「まぁ、とにかく!私は今日、先輩と二人で帰るから。晴斗は夏希と一緒に帰ること!」

そう宣言すると勢いそのままに三宅は背を向けた。《《先輩》》という言葉がクラスに巻き起こしたさざ波に気付かないまま。そんな三宅の性格を晴斗は好ましく思っている。勿論友人として、だが。そんなことを思っている合間に三宅の背中は廊下の方へと消えていった。





夏希が学校に戻って来たのは、秋の中頃だった。予告も大々的な前置きもなく、ふらっと彼女は現れた。そして

「おはよう」

朝練を終え、教室に戻るところだっだ結人に彼女はそう声をかけたのだ。

「え?」

そんな間抜けな声が聞こえ、遅れてそれが自分のものだと気付く。僅か先に恥ずかしそうに笑う彼女の唇が見えた。目の下に痛々しいほどの隈を抱え、頬はほんのりと薄くなっている。それでも間違いなくそれは錦見夏希だった。

「おはよう」

返事を待つかのように夏希は繰り返す。わずかに疲れを滲ませた微笑をたたえながら。


その後何を話したのか、晴斗はまるで覚えていない。ただそれから夏希は多い時で週に2度ほどは学校へと来るようになった。



毎日会えるようになったわけじゃない。それでも時々にならもう会えるのだ。それなのに、喜ばしいことなはずなのに、素直に喜べない晴斗がいた。学校で彼女の姿を見て、嬉しさが込み上げて、それが別の感情に染まってしまう。そんなことを何度も繰り返した。

 理由は分かっている、怖いのだ。病気のことを未だ晴斗に話していない彼女の口が、痛々しいほどの笑みが。

その裏に潜む彼女の深層を覗けば、知ってしまえば引き返せなくなる。それが怖い。





鐘が鳴る。その音で教室のざわめきが一瞬萎縮し、それが予鈴だったことを思い出して再び爆ぜる。その渦中、思いを断ち切るように晴斗はトイレへ向かって席を立った。



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