再会、そして、復讐
ドアを開けると、そこはお城の中とは思えないほど、植物に覆われた空間が現れました。
どうやら小さな温室のようになっているようです。天井はガラスになっており、大きく開口部がありました。なんの部屋なのでしょうか。
少し歩いてみると、わずかに物音が聞こえました。
耳を澄ますと、それは大きな大きな風音を思わせる音がしていました。
私は音のする方に向かってみることにしました。
そっと、植物をかき分けると、なにやら銀色の大きな壁が目に入りました。
私は不思議に思って、どんどん植物をかき分けて中に入っていきます。
さらに近づくと、その壁は何やら僅かに動いているように見えました。
壁が風で揺れているのでしょうか?
でも、私はそれが何なのか、一瞬にして分かってしまいました。
大きな壁が動いているように見えたのは……
ーー竜でした。
それも、見覚えがあります。
だって、忘れもしない、星のマークが見えたからです。
あの首輪にあの星のマーク。
お師匠さまをさらった竜です。
風のような音とは、竜の息でした。
「あ、あなたは……」
私は思わず声を出してしまいました。私が口を押えたものの、すでに遅かったようです。
声に気づいて、竜の顔がこちらを向いてしまいました。
「なんだ君は」
低い声が頭上に響きます。
竜は私の存在に気付くと、とても眠そうに見下ろしました。
「こんな所で何をしているのだ。見たところ貴族ではなさそうだが……君の来るような所ではない。さては私の睡眠の邪魔をしに来たのか?」
「め、滅相もございません」
「まあいい、私も暇を持て余していたところだ。話し相手にでもなってもらおう」
低く足がすくむような声ではありますが、攻撃してくる気配はなさそうです。あの事件の時は、すぐにでも攻撃をしそうな怖さがありましたが、今は比較的穏やかな話し方をしているようにも感じます。
これは、お師匠さまの行方を探る絶好の機会かもしれません。私は恐々ながらも、勇気を振り絞って聞いてみることにしました。
「ここに入ったのには理由があります。私は……人探しをしているのです」
「ほう、誰だ」
「クラートをご存知ですか?」
「クラート?」
竜は首をかしげたあと、すぐに思い出したように目を見開きました。
ただ、私はそこで信じられない言葉を聞いてしまいました。
「……ああ、あの情報屋か。領主の依頼通り捕まえてやったわ」
ーーやはり、この竜がお師匠さまを……
ーー待ってください。
ーー依頼?
「……いま、なんと?」
「捕まえたといったが?」
「いま……領主の命令とおっしゃいましたか?」
「ああ。そうだが?」
「領主様の命令ですか?」
私がもう一度聞くと、竜はさも当然とばかりに頷きました。
「ああ、私は領主に飼われている身だからな。ほら、この首輪の印。これは領主の私有物に施しているものだ」
「で、では今の話から推測するに、領主様はあなたにクラートを攫うよう命令をしたというのでしょうか? でもクラートは現地に行く際に領主様から竜を調べるようにとも命令が下ったはずです」
領主の命令で竜の調査に出ていたあの時を思い出しました。領主の命令で調査したのに、竜に攫われたのであれば、あの命令はいったいなんなのでしょう。領主を装った別人の依頼だったのでしょうか?
すると、竜が煩わしそうに続けました。
「何も知らないのだな。あれは目障りだったクラートを排除するために、領主が自作自演をしたのだ」
「……なんですって?」
ーー領主様の、自作自演?
考えもしていなかった情報が入り、私の手が小刻みに震えはじめました。
私がとても驚き、ただならぬ様子であるのを竜が気づきました。
「どうした、そんなにまでクラートのことを知りたいのか。……いやまてよ。あいつには確か弟子がいたな。……さてはお前、あいつの弟子か?」
「……はい」
「……余計なことを話してしまったようだな」
今の話が本当なら、お師匠さまを連れ去った犯人は領主様だということになるのですね。
「この話は事実なのですね?」
「ああ、そうだ」
私は絶望で血の気が引いたような感覚になりました。一方でお腹の辺りが煮えくり返るような感覚も覚えます。これは涙でしょうか。目の前が少しぼやけて見えました。
次の瞬間、私は竜に背を向けて思わず駆け出していました。
行き先は領主の待つ部屋です。
領主の部屋の前にいる使用人を振り払い、私は必死に扉を掴みます。
勢いよく扉を開け中に入ると、領主が立っていました。誰かと談笑しているようです。
しかし、私はその状況を遮るように、叫びました。
「「よくも、私のお師匠さまを!」」
勢いよく開かれたドアと私の声にに驚いた領主がこちらに振り向きました。
「何事だ? いや、君は……フィリーか」
領主は私だと分かると、警戒する様子もなくそのままこちらに体を向けました。
私はツカツカと領主の前に進みながら問います。
「あなたのせいだったのですね」
私が問うと領主は首を傾げました。
「どうしたんだ?」
「とぼけないで。貴方がお師匠さま……クラートを攫うよう命令をしたのですか」
「クラートを?」
すると、領主はしばらく黙りました。
しかし無表情だったその顔は、徐々に口角が上がりはじめます。
領主は不敵な笑みを浮かべはじめました。
「……あれのことか」
やはり……否定派しないのですね。
「あなたが竜に命令を下し、クラートにも視察に行くよう取り計らったのですか?」
「……そんなこともあったな」
「では、事実なのですね」
私は鋭く睨み付けました。手に力が入ります。
「……なるほど、その様子ではついに真実を知ったわけだ。なら、私からも一つ答えを教えよう。……私を詮索したので申し訳ないが手荒にさせてもらった。」
悪ぶれる様子もなく、当然のように領主は返答しました。
「……っ!」
今まで、よくも何事もなかったかのように私と話せましたね。
この人がお師匠さまを……
そう思うと、身体が勝手に動きだしました。
周りの衛兵が動き出す音が聞こえますが、私はそれよりも早く動きだします。
気づけば、手元にあったペーパーナイフを領主に向けていました。
「お師匠さまの恨み!」
私が手を振り上げたその時です
――だめ! 傷つけちゃだめ!
突如、頭の中で声がしました。手は直前で止まり、それよりも動きません。
「どうした、私が憎くないのか?」
領主が私を煽るようにこう言いました。また怒りが込み上げ、腕を振り上げます。
しかし、再び頭の中で何度の声がしました。
――人はいかなる理由があろうと、傷つけてはならない
でも、この人は私のお師匠さまを!
――お前は何のために情報を得てきたのか? 感情を、痛みを知ってきたのか?
でも、でも……
何度かこのやり取りをして、ついに私は我に返りました。
ナイフが音をたてて床に落ちました。
そう、人は弱く傷つくのです。傷つけてはいけないのです。
「「うわああああああああああああああ!」」
やるせない思いと、悔しさに思わず叫んでしまいました。
パチパチパチ。
しばらくして、静まった部屋に拍手が聞こえました。
「いや、見事だったよ。フィリー」
――? この声は?
私はこの声を知っています。
次回、最終回です。




