機械仕掛けの情報屋
声の主はレイバーでした。
「なぜ……あなたが……ここに?」
囚われていたはずのレイバーが、拘束もされず、綺麗な身なりで立っていました。
その顔は満面の笑みです。
パチパチパチ……
すると、今度は領主も拍手をしだしました。
「これは紛れもなく合格だろう」
「そうだね、よく耐えたよ」
領主とレイバーがとても満足そうに話しをしだしました。
……これはどういう状況なのですか?
それに、あなた方は初対面のはず。そのように親しげに話す間柄でもないはずです。
どうやら、先ほど領主が談笑していた相手はレイバーだったのだけ分かりました。
では、会ったことがないと言っていたはずの二人が、敬語も使わず、互いに談笑しているのですか?
「なぜ……?」
状況がつかめずボーっとしていると、レイバーが近寄りました。
「そうだね、君は記憶をリセットされているんだったね。もう思い出していいよ。
フィリー。
……いや、f3(エフスリー)。」
――F3?
その瞬間、私の頭の中に膨大なデータがいきなり流れ込んできました。
私の脳内辞書が組み替えられるような感覚です。
大昔の記憶が蘇ってきます。
――ここはどこでしょうか。領地にこんな場所あったでしょうか。機械ばかりの部屋にいます。
ああ、ちがいますね。これは領地に来る前の景色ですね。
あれ? 領地に来る前? 領地に来る前の記憶があるのですか?
そもそも……私は何故領地に来たのでしょうか。
会話が勝手に再生されます。
◇◇
「フィリー」
振り向いた視線の先にお師匠さまの顔が現れました。
――お師匠さま!
あれ、でもなんでしょうかこの違和感は。クラートの顔をしていますが、この人は私の知るクラートではない。別の人です。別の人だと分かります。ではこの方は誰?
「いいかい、フィリー。君は今から試験を受けるんだ」
「試験ですか?」
「ああ、最終試験は倫理試験だ」
――試験?
「君がアンドロイドとして適正があるかを判断するんだ」
私がアンドロイドとして?
――そう、そうでした。
私は人間ではないのでした。
今思い出しました。私は人間の形をした機械。アンドロイドだったのです。
機械仕掛けの情報屋です。
徐々に記憶が鮮明になってきます。この方はクラートさんですね。でもお師匠さまではなく同じ名前と見た目をした別人。博士です。
記憶は私の理解を待たず、次々に再生されます。
「機械は時に計算結果で、間違った答えを出す恐れがあるんだ。特に人の命。これだけは決して奪ったり傷つけてはならない。人は脆く、傷つきやすい。だからこそ守らなければならないんだ」
「はい」
「特に君は特殊任務に就く身だ」
「きっと、痛覚や感情について知識があればそれを認識して、防ごうと思うだろう。しかし、個々に痛覚や感覚を備える技術は備わっていない。
そこで、この最新鋭の機器だ。これを使い君には仮想空間で本物の人間として、感情や五感などを体験してもらう。人を傷つけないと分かった時点で合格となる」
◇◇
ーー全て思い出しました。
「私はずっと試験を受けていたのですね」
レイバーと呼ばれた男性がにこりと微笑みます。
「ああ、全て思い出したんだね」
「私はシミュレーターを使い仮想空間にいて、人間の感情や感覚を学んでいました。そして、今まさに試験結果を言い渡されているということですね」
「そうだ。君は今、憎い相手でも傷つけることはなかった。それは即ち合格となる」
「今の話の流れでは、わざとお師匠さまを攫い、怒りや恨みを募らせて私を領主様の下に送るように仕向けたということでしょうか」
「そうなるね」
「私がここにたどり着くのは想定済みだったのですね」
「ああ、君に搭載されたAIがどのような方法をとるのか実験をさせてもらった」
私が竜を求めて探し回り、領主の下へ向かうこと、全ては試験のシナリオだったというわけですね。
そもそも起こる事件すべて起こるべくして起こったこと。そう言われてみれば、辻褄が合います。
現実に存在しない竜、この設定時代にはないであろう物体。記憶の消失なんて記録データをただ消しただけでしょう。
きっとお師匠さまの捜査もシナリオの内……
お師匠さま……?
まって、ください。私が焦れて探したお師匠さまは……?
「もしや……お師匠さまも実はシミュレーターの中での人物で、私は架空の人物を探していたのですか?」
震えながら問うと、レイバーがニコリとほほ笑みました。
「そこは安心したまえ。クラートは実在する。君の言うクラート師匠と僕の中身は同じなんだ」
「え?」
「僕は試験監視員として、君の監視をしていたんだ。初めはクラートとして。その後はレイバーとして」
「じゃあ、私への詮索は行動監視の意味を含んでいたのですか?」
「ああ、たまに君を試すような言動をしていたのはそういうことさ」
なんということでしょうか。シナリオ以外にも、登場人物なども試験の内だったようです。
過去の自分はきっとそれを承諾した上で試験に参加したのだと思いますが、いざ全てを思いだすといきなり現実に直面し、少し理解に苦しみます。
恐らくショックを受けたのでしょう。私はその場でへたり込みました。力なく倒れたので、膝を強打しました。体がひんやりとして、膝には激痛が走ります。
ーーああ、この痛みもシミュレーションだということですね。
「さて。そろそろ起きる時間だよ」
レイバーが指をパチンと鳴らしました。
すると、周りの景色が、みるみるうちに黒く変化します。先ほどまで周りにいた領主など人物も姿を消し、ただの黒い空間へと変化します。
◇◇
次に光を感知した時には、私は機械ばかりの環境に横たわっていました。
ここは実験棟ですね。私の記憶……いえ、視覚データがそう認識しています。
ついに私は仮想空間から帰還したようです。
分かってはいましたが、もう、あの世界で情報屋アトリアをすることは無いのですね。
作られた世界であると理解しましたが、どこか違和感があります。それぞれの空間の記憶が混在してまだ整理できていないのだと考えられます。
見上げると目の前にはずっと会いたいと思っていたお師匠さまの顔。クラート博士だと分かっていてもどこか懐かしく、再開の感動でドキドキとしてしまいそうです。
しかし、ここで私は自分の異変に気付きました。
――感覚がありません。
「あの、お師匠さま。私ドキドキしているはずなのに、ドキドキしているような気がしているのに……ドキドキしていません」
私からは……ただの無機質な機械の音だけが響きました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
優しい世界になるために、優しい世界を作るために生まれたアンドロイドのお話でした。




