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05 父の姿は

 馬渕陽平の父、陽一はいともあっさりと見つかった。

 きっかけは、東京都内で収録、放送されたグルメ番組での奥多摩特集だ。

 お笑い芸人とタレントが歩きながら、地域の隠れた名店を探して食べ歩き、わいわいと騒がしく話すだけというよくある番組。


 芸人とタレントの一団が歩いていた店のひとつ、その奥で店員として働いていたであろう男が、馬渕陽一であった。

 戌井刑事がテレビ局に問い合わせたところ、あっさりと日にちと場所も特定され、陽平が警察署を訪れた翌週には、戌井は陽一の働く店を訪れていた。


「馬渕陽一さん、ですね」

「いえ、違いますが」


 壮年というよりは初老、と言える年代であろうか。

 男はあっさりと否定する。


「恐れ入りますが、身分証明書は何かお持ちですか」

「いえ何も」

「免許証は?」

「いや、車の運転もしませんので」

「何もありませんか?」

「はぁ、何もないですが……」


 男は明らかに、意図的に戌井から視線をそらした。

 事前に陽平から受け取っていた馬渕陽一の写真は、手帳に挟んである。

 手帳を開いて顔写真を確認したが、どう考えても同一人物だ。


「あの、すみません、この人が何か?」


 店の奥からでてきたのは中年の女である。

 女は、明らかに馬渕陽一であろう男の妻を名乗った。が、陽平が見せてくれた家族写真に映っていた女、つまり陽平の母とは似ても似つかない。

 陽平の母よりも、明らかにはるかに整った顔立ちだった。


「馬渕、陽一ですか? いえ、特に心当たりはありませんが」

「では、馬渕陽平という名前にお心あたりは?」


 ぴくり、と初老の男の表情が動いた。

 警察官として、刑事としてベテランの域に達している戌井は即座に見抜いた。

 この男は、馬渕陽平を知っている。

 やはり、この初老の男は馬渕陽一で間違いない。


「馬渕陽平さんは、7年間ずっと父親を探していたんですよ。今もずっとね。お母さんは一昨年亡くなられたそうです。オーバードーズ、自殺だったそうです」


 初老の男の指先が震え始めた。

 視線が泳ぐ。

 少しうつむいて、せわしなく両手を組んだり指を動かしたりし始めた。


 ——決まりだな——戌井は確信した。

 眼の前の妙に老けた男は、家族を捨てて突如行方をくらました男、馬渕陽一である。


「あの、刑事さん? 何かこう、礼状とかそういうの無いんでしょう? この人が何か悪いことやったわけじゃないんだったら、もう良いじゃないですか。いきなり失礼ですよ?」

「馬渕陽一さんには捜索願がでていましてね。息子さんの陽平さんがテレビでみたんだそうですよ。間違いなく父親だと、そう申し出て来ました。再捜索の許可も出ましてね」

「お引き取りください。この人はその、馬渕ナントカって人じゃありません」

「そうですか。では今日のところは失礼します。しかし——残念ですね。陽平くんは落胆するでしょうね。7年ぶりの親子の対面が出来ると思ったら、また振り出しか。彼の精神が持てば良いんですが——」

「お引き取りください! 何なんですかあなた、警察呼びますよ!」

「えぇ、なにか思い出したら是非、警察にご連絡ください」


 戌井はそう言い残し、踵を返して店を出ていった。

 よくある土産物店だ。

 パッケージが違うだけで中身がほぼ同じまんじゅうであったりクッキーの類を取り扱っている、そこらの観光地に履いて捨てるほどある土産物店。


 だが、その店の一角にある、奇妙な像が戌井の視界に入ってきた。

 

 この日の朝、熊川は出発前の戌井にいくつかの資料を手渡してきた。

 ここ1年ほど頻発している連続失踪で、まだ確証はないものの、とある宗教団体が関係している可能性がある、という内容だ。

 仏教系の新興宗教で『歓喜観音会』という、令和になってから作られたもので、強引な勧誘や寄付集めが問題視されている。

 警察にも『家族を拉致された』『遺産や退職金を、家族が無断で献金した』という相談が舞い込んできている。

 象頭人身の奇妙な観音像を本尊とする宗教団体であり、大規模ではないにせよ徐々に勢力を伸ばしつつあるという話だった。


 戌井が出掛けに見かけたのは、観音菩薩像のクビから上が象の長い鼻と大きな耳を持つ、実に気味の悪い仏像だ。


 奥多摩の山中に本拠地があるとかで、一部の出家信者は山中のコミュニティで自給自足の共同生活を送っているという。

 問題は、拉致同然に信者を『出家』させ、さらには薬物を用いた洗脳をしている、という噂があることだ。


「拉致に洗脳か……ったく、カルトかよ」


 誰にも聞こえないようにそう呟いて、戌井はパトカーに乗り込んだ。

 周囲の土産物店はほとんど客もおらず、物珍しげにパトカーへと視線を送っている。


「確か商売繁盛のカミサマで、現世利益だの何だののがあるとか言ってたか……世も末だな、ったく」


 エンジンをかけ、ゆっくりと奥多摩から東へ向けて走り出した。

 戌井から馬渕陽平への連絡はまだ控えるように、という熊川の指示がなければ、途中コンビニの休憩中に電話をかけていたところだ。


「見付けたは良いが、アレじゃなぁ……まともな話は出来んだろうし、さてどうしたもんか」


 コンビニで缶コーヒーを買い込んだ戌井は、領収書をジャケットの内ポケットにねじ込むと、タバコに手を伸ばす。


「あぁすみません、お客様。うちのコンビニ、店先も禁煙なんです」

「あ——そうですか。すんません」


 喫煙者には肩身の狭い世の中になったもんだ、そうひとりボヤきながら、缶コーヒーを一息に飲み干した。

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