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04 足かせ

 刑事課に所属する警部補、熊川はメガネを外し、太い指で眉間をもみ始める。


「戌井さん、残念ですが——」

「熊川さん、関係者から捜査再開の要望があって、それに今回新しい情報もあったんです! 何でダメなんですか」

「ダメとは言っていません。ですがすぐに捜査再開OKとは言えないんですよ」


 身長199センチ、体重130キロの巨漢、熊川は困り果てた様子で書類に目を落とす。


「生活安全課に話を通して、それからです。それから、新しい証拠があるのであればその証拠も確保しておいてください」

「熊川さん……?」

「7年前でしたか……この事件、ひょっとしたら最近急増してる失踪事件と何らかの関わりがある可能性もあります。とりあえず上には話をしておきますから、戌井さんはその、馬渕陽平さんから詳しい最新情報を聞いておいてください。良いですね? 最近ただでさえ薬物の事件も増えて人手が足りません。あまり人員は割けないかもしれませんよ」

「わかりました! ありがとうございます!」


 警察署のオフィスから戌井が勢いよく飛び出たちょうどその頃だった。

 東京都の西部にオフィスを構える印刷会社、アニマルプリントサービスでは、中年のベテランと若者が向かい合って缶コーヒーを飲んでいた。


「へぇ、親父さんが」

「そうなんです……それでその、昨日お休みいただいたのはそれで、警察署に」

「なるほどねぇ……大変だったんだな、マブちゃんも。で? 警察は動いてくれそうなの? 親父さんの捜索って」

「一応、7年前に担当してくれた人は動いてくれるって話でした。この人なんですけど——」


 若い社員、馬渕陽平が差し出した名刺に記された名前を目にした中年のベテラン、田貫譲治は硬直した。

 彼はひどく驚いたりした時に、こうして硬直し動きが停まってしまう妙な癖があった。


「タヌさん、どうしたんです?」

「——あ、いや、あの、この人……ほら、前さ? 私警察で事情聴取受けたって話、したじゃない?」

「はい、なんかタヌさんが、行ったこともない奥多摩でスイカ泥棒したっていうアレですか」

「そうそう。そのときにね、取調べした人だよ、この戌井って人」

「えっ? そうなんですか!? そんな事あるんですか」

「いやぁ、びっくりだよ……世間って狭いよねぇ」


 田貫は思い出したくもない、あの取調室での光景を思い出してしまっていた。

 眼の前に迫る、牙を向いたドーベルマンか狼かのようなあの獰猛な顔。

 机を叩いたときの『バン』という激しい音。

 ライトを顔に向けられたときの眩しさ。

 まるで昭和の刑事ドラマのような、平成の世を通り越してあんな取り調べがまだあったんだ、と感心してしまうような取り調べだった。


「大変でしたよね、タヌさんも」

「まったくだよ……ってマブちゃん大丈夫なの? この刑事さんが担当って。なんかこう、怒鳴られたりとかしてない?」

「いや、僕は全然です。7年前に、父が失踪したときに親身になってくれたおまわりさんで、今は刑事さんっぽいですけど」

「そ、そうなんだ……いやぁ、なんていうかこう、お互い大変だよね。仕事の方はさ、まぁ何とかなるから。なんか力になれることがあったらさ、教えてよ」

「ありがとうございます。でも、できるだけ仕事に穴開けないようにします」

「そっか。まぁ無理しないで」


 アニマルプリントサービス株式会社で、印刷機械のメンテナンスを担当する部署、整備課で係長を務める田貫と、その部下馬渕はコンビを組んで3年になる。

 工業高校を卒業したばかりの馬渕が新卒で入社した際、配属先の部署で指導係を務めたのが田貫だった。

 以来、マブちゃんにタヌさんと言い合う仲で、田貫にとって馬渕は数少ない『気軽に話せる同僚』、馬渕にとっても、田貫は『何かと相談に乗ってくれる頼れる先輩兼上司』である。


「マブちゃんの親父さん、元気でいてくれると良いね」

「はぁ……まぁそれも、元気なら元気で、何で手紙のひとつもよこさなかったんだ、ってなりますけど」

「あっ、そ、そうか。だよねぇ。ゴメンねぇ、無神経なこと言っちゃって……」

「あ、いやいや、違うんです。そうじゃないんですよ、すんません。父はもう何ていうんですかね、法的には死亡扱いになってて……今更元気もクソもないっていうとこなんですけど、ただ、何があって居なくなったのか、何で僕と母を捨てたのか、それだけ聞きたいんです」

「そっかぁ……な、何にしてもさ? その、親父さん? 元気じゃないと話もできないしさ? まぁ、その——」


 田貫が必死に取り繕おうとしたタイミングで、まるで助け舟のように内線電話のベルがなった。

 電話機に近かった馬渕が受話器を持ち上げる。


「はい、整備係の馬渕です。——あ、はい、2号機ですね。わかりました、すぐ行きます」


 かちゃ、と丁寧に受話器をおいて、行き場のない手を持ち上げたままの田貫に視線を向ける。


「タヌさん、2号機またセンサーエラーみたいです。ちょっと行って対応してきます」

「あ、うん。了解。2号機なんか最近調子悪いねぇ……今度メーカーに来てもらおっか」

「それが良いと思います。とりあえず、対応してきますんで」

「うん、頼むね」


 田貫はちらりと時計を見上げる。

 就業時刻である17時半まであと1時間と少し。

 今日はスナック『FOX』に寄ってから帰る予定だ。お気に入りのミマちゃんこと白美真が出勤する日であるはずだ。


 昨年、彼女の実家の事業がうまく行かないとかで、仕送りがストップしたらしい。

 その時はかなりお金に困っていたようなので、なけなしのボーナスから数万円をミマに渡してある。

 それ以来、ミマは田貫のことを少なからず特別扱いするようになっていた。

 田貫も、40歳目前で独身、おまけにもう10年近く恋人もいない身の上だ。二十代と若いミマとの会話はいい刺激になっている。


「さぁて、きょうも残業無しでアガるかなぁ。ミマちゃんに何か買っていこうかね」


 そう呟いて、缶コーヒーの残りを一気に飲み干した。

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